第3話 バカね、残像よ!
「おら、ねーちゃん。出発前に乳揉ませろや」
「だめです。ほら、お仲間が待ってますよ」
「ちっ。減るもんじゃなしにもったいぶりやがって」
「頑張ってくださいね~」
(やっと行ってくれた。まったく。何が『減るもんじゃなしに』よ! あなたはこの胸を触れないの。触らせるのは私がいいと思った相手だけだから!)
いつものように、冒険者からセクハラを受けながら受付業務をこなす。
私に残業を押し付けた上司は、また仕事もせずに別の受付嬢と無駄話をしていた。
会話しながら受付嬢のお尻を触ったり、胸を突いたりしている。
彼女たちはよく我慢できるわね。
ありえないわ。
上司に軽蔑のまなざしを向けていると、気づいてこっちにやってきた。
「おい、アイリス。悪いが今日も残業を頼むぞ」
「なんでですか! 私は昨日も残業したじゃないですか! おとといもその前も、毎日毎日!」
「お前だけを残業させれば、彼女たちは俺が触っても受け入れんだよ」
「みんなへセクハラするために、私だけ残業させてるの⁉」
さらに上司はニヤニヤすると小声でつぶやく。
「でもな、本当に触りたいのはアイリスの胸だよ」
(キ、キキキキモッッ!)
上司がじっと胸を見てくるので、恥ずかしくて両手で隠した。
限界だ、もう限界だ!
どうして、私ばっかり貧乏くじ引かなきゃいけないのよ。
風俗店じゃあるまいし、胸やお尻を触らせるなんて嫌よ!
辞めてやる、こんな職場辞めてやる!
今日で退職する、そう覚悟を決めたときだった。
「ねえちゃんたち、俺らと大人の遊びをしようぜ!」
「きゃぁ!」
「や、やめて!」
「ふたりは私の仲間です。やめてください」
ロビーでいざこざが始まった。
態度の悪さで有名な荒くれ男ふたりが、若手パーティにからんでいる。
若手パーティの方は見たことがないので、多分新人だろう。
(ほら! 早く止めなさいよ、バカ上司!)
もめごとをなんとかするのが上司の役目。
でも、このセクハラ男は受付のカウンターに隠れてガタガタ震えるだけだ。
格好から僧侶と魔道士らしい女性ふたりが、荒くれ男ふたりに腰を抱かれて抵抗している。
仲間を守るべき男剣士は、腹を殴られたのかうずくまっていた。
数人いるほかの冒険者たちは助けに入らない。
助けてもメリットがないからだろう。
仕方ない。
上司も役に立たないし、また私が言って聞かせるしかないな。
じゃなきゃ、あの女僧侶と女魔道士が不憫だもの。
「やめてください。冒険者ギルドで騒ぎを起こさないでください」
「なんだぁ、受付嬢のくせに俺らに文句あんのか」
ひとりが女僧侶を開放すると私に近づいた。
足元から舐めるように見上げると、開いた制服の胸元をジロジロと見てくる。
「じゃあ、巨乳のねえちゃんに相手をしてもらおうか? 俺らふたり相手じゃ大変だぜ? なあ?」
話を振られたもうひとりは、ニヤリと笑って女魔道士を開放すると無言で腰をクイクイ動かした。
下品にもほどがある。
いつもなら、少し触られるくらいは覚悟する。
触ってくる手を払いながら、刺激しないように帰ってくれと頼むしかない。
でもこの職場はどうせ辞めるんだし、丁寧に対応することもない。
それに、今日は試したいことがある。
奴らの後ろに置いたゴミ箱へ視線を送る。
(師匠、大丈夫だよね?)
私にはゴミ箱がうなずいたように感じられた。
なんだか安心できたので覚悟を決める。
「私があんたたちなんか相手にする訳ないでしょ」
「なんだとぉ」
「てめぇ、受付嬢の分際で!」
「逆に言わせてもらうわ。女に手を出すセクハラ冒険者なんかゴミ以下よ。弱い者イジメして楽しいの?」
「おい、誰がゴミ以下だと?」
「俺らの実力分かってて言ってんのか?」
もちろん受付嬢だから知っている。
こいつらの冒険者ランクは下級、でもステータスは中級レベル。
実力があるのにランクが低いのは素行が悪いから。
「受付嬢として言わせてもらうけど、あなたたちは威張るほどじゃないわ。どうせ、私に攻撃しても当てることすらできないわよ」
「おーい、お前ら、聞いたよな?」
「挑発したのはこいつだぜ? 腕っぷしで生きる冒険者としちゃあ、実力を見せてやらないとなぁ?」
ふたりが居合わせた冒険者たちに声をかけた。
でも、誰もうんともすんとも言わない。
煽ることも止めることもしないのだ。
私にもファンが少しはいると期待したけど、こいつらがいつも見ていたのは私じゃなく胸だったんだ。
いまので完全に職場への未練がなくなった。
「ふたり同時でいいわよ。私は強いから。それにみんなが見てる前で、女相手に外したんじゃ恥だものね」
「最初っからそのつもりだ!」
「後悔しやがれ!」
とことん煽られた男ふたりが拳を振りかぶる。
目線や拳の位置から、私の顔を狙っているようだ。
(だ、大丈夫よね? ちゃんと避けられるよね?)
怖くて顔を手でかばいながら、スキルを使うと必死に念じた。
「喰らえ!」
「おらぁ!」
ふたつの拳がこちらに届くと思った瞬間だった。
私はいつの間にか、彼らの後ろに回り込んでいた。
「バカね、残像よ!」
知らずに言葉が口から出た。
一瞬だけ、見えるはずのない自分の姿が見えた気がした。
奴らは攻撃が空を切って体制を崩している。
当たることが前提で、反撃が来ない前提で殴りかかったので前のめりにずっこけた。
「いててて。な、何だ? 何が起こった⁉」
「当たったよな? いま、当たったよな? なのになんで当たらなかったんだ?」
彼らの目には、私がゴミ箱を蹴り損なったときと同じように、残像が見えたようだ。
(やった! 私にも伝説のスキルが使えた!)
ゴミ箱は本当にスキルを与えてくれたのだ。
私が移動した場所はゴミ箱のちょうど横だった。
感謝の思いでそっとゴミ箱に触れる。
音を出すだけなら魔導具にもできるけど、このゴミ箱は意思を持って話せるし、結構気遣いもする。
絶対回避の伝説スキルも使える。
凄いゴミ箱なのかもしれない。
「なんかよく分からん魔法を使いやがったな?」
「奇跡は二度起こらねぇ。覚悟しやがれ!」
「とりあえず、また避けるしかないわよね」
私がぼそりとつぶやくと、ゴミ箱がささやく。
「おい、アイリス。いま使えるんは初歩の回避スキルだけやぞ。いくら逃げ続けても問題は解決せえへん」
「じゃあ、どうすればいいの?」
「その初歩スキルはな、攻撃が当たる寸前に顔が向いとる方向へ一定距離転移するんや」
「私が奴らの後ろへ転移したのは、攻撃を見ていたからね」
「転移後は体の向きが反転する。反撃できるんや」
なるほど。
スキルを使ってみて初めてその凄さが分かる。
敵が残像を攻撃中に、真後ろへ回り込めるのだ。
隙だらけの相手へ死角から反撃できてしまう。
「アイリスは戦闘経験ないやろ? 素手でやり返すんは無理そうやな。武器が欲しい」
「ないわよ、武器なんて」
冒険者が使う武器なんてどれもそれなりに重い。
私でも持てる武器なんて都合よく近くに――。
「ここにあるやろ」
「どこに?」
「ふたり同時に攻撃できる長さで、アイリスでも持てて、しかも丈夫な金属製や」
「まさか! で、でも……」
「弟子のデビュー戦やで。師匠なら派手に勝たせてやりたいと思うもんや」
「……分かったわ。師匠、体を貸してね」
私はゴミ箱を持ち上げた。
横にして頭の上に。
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