第2話 胸あつ展開

「師匠、よろしくお願いします」

「おう、よろしくな。で、ねーちゃんの名前は?」


「アイリスです」

「ほな、アイリス。スキル渡すから行こか」


「どこへ? ここじゃだめなの?」

「ここやと渡しにくいがな」


(どこかで特訓でもするのかしら?)


「じゃあ、どこならいいの?」

「ワイをアイリスの家へ連れて行ってくれ」


「え⁉ 私の家? 嫌よ。別にここでいいじゃない」

「いや、ワイはええねんけど。アイリスがここじゃ嫌かな思うて」


「別に嫌じゃないわ」

「分かった。ほんなら床に寝そべってくれ」


「嫌よ。この床は、冒険者たちが汚れた靴で歩き回るもの。制服が汚れちゃうじゃない。……もしかしてスキルを覚えるのに寝る必要があるの?」

「そうや。寝ている間に受け渡すんや」


「寝るならベッドがいいわ」

「せやろ? ひっついて一緒に寝なあかんねん」


「一緒に寝るって誰と?」

「ワイとや」


「ゴミ箱と!?」

「ええから早くワイを家へ持って帰ってくれるか」


 こうして私は他人を家へ……じゃなく、よそのゴミ箱を家へ入れた。


「男を家へ入れたことないのに」

「ゴミ箱やから男とか性別ないで」


「でも、口調が男よね」

「まあ前世が男やったからな。カッコよかったで」


(前世がイケメンでも、いまがゴミ箱じゃなぁ)


 ゴミ箱を床に置いたが、椅子に乗せろとうるさい。


「だって師匠汚いじゃん。椅子が汚れちゃうよ」

「おまっ、師匠を汚いとか!」


「それに中もちょっと臭うし」

「そりゃゴミ箱やからな。ゴミ入れられてたし」


 もちろん家へ持って入る前に、中身をゴミ置き場に捨ててきた。

 それでも内側は匂いがするし、外側はロビーに置いていたので汚れている。

 ロビーのゴミ箱なので、生ゴミが捨てられていないだけマシだ。


「仕方ない、洗おっか」

「なら一緒に風呂入ろうや」


「ゴミ箱と入るわけないでしょ!」


 だいたい私の家にお風呂なんてない。

 タオルで体を拭いたり、オケで髪を洗うくらいだ。


 私は外の水場にゴミ箱を運ぶと、中も外もたわしでゴシゴシ洗ってやった。


「あ、痛い、やめ、おほうっ、あはんっ」


 途中で変な声を上げだしたので叩こうとしたら、スキルで避けられた。

 暗い中、頑張ってキレイにしたのは自分のためだ。


「寝る準備ができたけど、憂鬱だわ」

「よっしゃ。そしたら素肌で抱きついて寝るんや」


「ゴミ箱に⁉」

「もうそのくだりはええって! ひっついて一緒に寝るん、分かってたやろ? はよ素肌でひっつけ」


 私は言われたとおりにシャツを脱いで、上半身だけ裸になるとゴミ箱に抱きついて寝た。


 なぜか胸が触れるのに抵抗がなかった。

 きれいに洗ったからとかではなく、気分的に何となく安心できる気がしたのだ。


 あと、金属製のゴミ箱はヒンヤリしてて、胸がちょっと気持ちよかった。



「んんっ」

「おい、苦しいねん。アイリス! 朝や、起きろ!」


「な、何、この長い筒……」

「ワイや、師匠や」


「あ、そうか。ゴミ箱と寝たんだった」

「コラ、ちゃんと師匠と言え。それに胸を押し付け過ぎで苦しいわ」


 半分覆いかぶさるように抱きついていた。

 ゆっくり上体を起こして、乱れた髪をかき上げる。


「ごめん。ヒンヤリしてて密着しちゃった」

「最初はむにゅむにゅして気持ちよかったけど、途中から胸圧強くて少し歪んだやないか」


 筒状のゴミ箱を上から見ると少し楕円化している。

 スキルで逃げられたのに、歪んでも我慢していたようだ。

 私がスキルを得られるように耐えてくれたらしい。


「うふ。師匠っ、ありがと」

「ア、アイリス。あの……あのな、ちょっと刺激が強いからシャツ着てくれ」


「何言ってんの。さんざんナマで密着したじゃない」

「いや、夜は暗かったやろ。それに、肌に触れたんはスキル渡すために必要やったから……」


 なんとなくゴミ箱が赤くなったような気がした。


(結構、可愛い性格してるのね)


 素直にシャツを着て、ゴミ箱を椅子に乗せる。


「ねえ。これで伝説のスキルを覚えられたの?」

「よっしゃ、確認したる」


「どう?」

「初歩やけどな。ばっちり渡せてるで」


「使ってみたいんだけど」

「使いたい思うだけで使えるんや。決めゼリフもセットで勝手に言うてしまうぞ」


 必死に使いたいと念じたけど何も起こらない。


「ねえ、使えないんだけど!」

「あ、攻撃されな無理やな。回避スキルやもん」


「じゃあ、師匠が攻撃して!」

「いや、無理やろ。ワイはごみ箱やで?」


「師匠の上位スキルは攻撃もできるんでしょ?」

「ワイのスキルかて同じ回避スキルや。カウンターで攻撃できるけど、自分からは発動できひんねん」


「私が師匠に攻撃して、それのカウンターで私に攻撃してもらうのはどう?」

「伝説スキルから伝説スキルのコンボはできんのや」


 これじゃ、本当に伝説のスキルを使えるようになったか分からない。

 私はとりあえず、ゴミ箱を抱えて冒険者ギルドへ出勤した。

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