バカめ、残像だ!~誰もが知るあのチートスキルで巨乳受付嬢が無双する!~

ただ巻き芳賀

第1話 バカめ、残像だ!

「あ、あれ?」


 冒険者ギルドの受付業務に嫌気がさして、ロビーのゴミ箱を華麗に蹴り飛ばした……はずだった。

 なのに私の脚は空を切った。

 確かに長い筒状のゴミ箱を蹴り上げたのに。

 ゴミ箱はそこにあるのに、私の脚は当たることなく通過したのだ。


「バカめ、残像だ!」


 ふいに後ろから声が聞こえた。

 振り返ると、私の後ろにさっきのゴミ箱がある。

 筒状のゴミ箱は、金属特有の鈍い光を放っていた。


(えっ、えぇぇーーーー!)


 蹴り上げたはずのゴミ箱は、なんと私の後ろにあったのだ。

 慌てて蹴った場所へ視線をやると、あったはずのゴミ箱がなくなっていた。


「ど、どういうことなの?」


 ぼう然としてつぶやくと、また声が聞こえる。


「物に当たるなや」


 私の後ろにあった、ゴミ箱の方向から聞こえた。

 でもいまここに、私以外は誰もいない。


(……ゴ、ゴミ箱から聞こえた?)


「えっと、誰かいるの?」

「いやお前、気づいとるやろ。ゴミ箱の声やって」


「……しゃべってるの? ……ゴミ箱が?」

「おう、しゃべるゴミ箱やな」


 ゴミ箱に口などないが、声が聞こえてくる。

 私は疲れているのかと目頭を押さえた。


「おかしいな、まだ声が聞こえる。さっきは蹴ったはずなのに後ろにあったし」

「お前な。誰もおらんからって、ああやって物に当たるんは、やめた方がええで」


 間違いなくゴミ箱から聞こえる。

 異常事態だけど、恐怖より興味の方が上回った。


「えっとゴミ箱さん? 私、あなたを蹴ったよね?」

「ゴミ箱さんって! ゴミ箱にさん付けとか自分おもろ! ああ、確かにワイを蹴りよったな。まあ避けたけど」


「避けたの? どうやって?」

「女神にもろた伝説のスキル『バカめ、残像だ!』を使ったんよ」


 ここは冒険者ギルド。

 魔物の盗伐や薬草採集などの仕事を、その日暮らしの冒険者にあっせんする場所だ。


 私はここの職員で、胸が大きいからというバカな理由で受付をやらされている。

 胸が大きいと冒険者が鼻の下を伸ばして素直に従うけど、その分セクハラも多い。

 冒険者たちは悪びれず、あいさつ代わりに胸を触ろうとしてたちが悪い。


 この職場で唯一いいのは、制服が可愛いこと。

 でも誰が選んだのか、胸元が少し開き過ぎと思う。


 客も最悪だけど、上司はもっと最悪だ。

 すでに営業時間が終わっているのに、私だけ残っているのは、上司が掃除やら資料の整理やらを押しつけて定時で帰ったからだ。

 毎日毎日、私だけが残業。

 ほかの受付嬢には残業をさせないのに、なんで私にばっかりさせるのよ。


 しかもこの上司、冒険者以上にセクハラしてくる。

 同僚たちはなかば諦めて触られるのを我慢しているけど、私は嫌なので断固として拒否している。


 上司のせいであまりに職場環境が悪い。

 困り果てた私は、査察に来て欲しいと冒険者ギルドの責任者宛てで手紙を書いた。

 でも一向に音沙汰がなく、改善する見通しは立たない。


 固定給なのでいくら残業してもお金はもらえないし、休みもほとんどもらえない。

 セクハラ冒険者ばかりで、まともな出会いもない。


 だからと言って取り柄のない私ができる仕事は多くないので、辞めるに辞められない。


 ストレスが溜まりに溜まってむしゃくしゃした私は、ロビーにあったゴミ箱に八つ当たりしたけど、蹴りを避けられたのだ。


「スキル? スキルって何? 女神様がくれたの⁉」

「そうそう。元は人間なんやけど、ちょっと天界のミスで死なされたんや。そんでお詫びにスキル付きで転生さしてもろた」


 私には少しも話が飲み込めなかった。


 そもそも、天界がミスなんてするんだろうか。

 スキルって何? 特別な力?

 転生とかも普通じゃ信じられない。

 だいたい、転生なのに人じゃなくてゴミ箱だし。


「ゴミ箱に転生したの?」

「転生するときに呪われたんや。まあ、ひとことで言うと天界のミスやな」


「天界ミスしすぎでしょ!」

「お、ねーちゃんナイスツッコミや。ワイもそう思うとんねん」


「ねえ、ゴミ箱さん。そのスキルっていうの、頼んだら教えてくれたりする?」

「……」


 この最悪職場から抜け出せればと図々しく頼んでみたけど、急にゴミ箱は黙ってしまった。


「ごめん。ちょっと図々しかった?」

「いやまあ別にええで。けど、こっちにも何か見返りをもらおかな思うて」


「見返り?」

「だって最強やねんぞ。どんな攻撃も絶対回避やぞ。ちょっとやそっとでは、渡すと言われへんな」


(なんだろう見返りって。ゴミ箱にしてあげられることなんて限られてるけど)


「何をすればいいの?」

「弟子になれ」


「え? 弟子? 誰の弟子になるの?」

「ワイのや」


「ゴミ箱の!?」

「嫌ならスキルは渡してやらん」


「でもそのスキルっていうのは、教えてもらったら終わりでしょ?」

「実はあのスキルな、あれで初歩やねん」


「えっ!」

「ワイは天界で一気に全部もろたけど、普通は段階を経て増やしていくんや。階段みたいにな。増えたスキルの熟練度が上がらんと、上位スキルは増やされへんねん」


 ……驚いた。

 あれだけじゃないんだ。

 この職場を辞められればと思ったけど、もしかしてこのスキルで私、幸せになれるかもしれない。

 素敵な結婚相手と出会えるかもしれない。

 幸い、このゴミ箱には教える気がありそうだし。


「あ、あの。弟子って何をすればいいの?」

「ワイの言うことを聞いてもらおか」


「なんか言い方がいやらしいわね。例えば何なの?」

「まず、常にワイを持ち歩いてもらう」


「ゴミ箱を⁉」

「ワイ、移動できひんねん」


「いや、ゴミ箱を移動させたら、みんながゴミを捨てにくいでしょ?」

「ゴミ箱としての人生……人ちゃうな。ゴミ箱生はもうええねん。十分やった。もう十分ゴミ入れてもろた。でも、せっかく異世界に転生したんやから、スキル使って無双したいねん」


 ゴミ箱が無双とか……。

 いくら避けられても、攻撃できないでしょ。

 ……ま、まさか攻撃できるの?


「ちゃんと私にその伝説スキルを……えーと、なんだっけ?」

「『バカめ、残像だ!』やで」


「そう、その『バカめ、残像だ!』を教えてくれるんなら弟子になるわよ」

「よっしゃ。ほんなら今日からワイは、ねーちゃんの師匠やな。ちゃんと師匠って呼ぶんやで」


「ゴミ箱を⁉」

「師匠やからな」


 ああ。

 流れでゴミ箱に弟子入りしてしまった。

 なんだか、人として最底辺に堕ちた気分。

 でも伝説スキルを覚えて、最悪な職場から抜け出すにはしょうがないよね。

 自尊心はゴミ箱に捨てよう。



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※残り三話で完結します!

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