第132話 決意と覚醒

 ナーストレンドの街のヨルムンガンド鉄道の駅前に『ビューティーサロン・アマデウス』と言うエカチェリーナ御用達のお店がある。

 店主アインとその妻クライネ、その他数名の店員で完全予約制の運営を行っている美容室だ。


 店の表には美容室と判る看板が掲げられているが、外観はカフェのように門戸が広く、内装も雑貨や絵画などが飾られていて、クラシック調の優雅な音楽が流れるお洒落なお店だ。

 どことなく『カノン』を思わせるが決してカフェと言う訳ではない。


─♪


 入店するとメロディが流れて来客を知らせる。



「いらっしゃいませ、エカチェリーナ様。 ご友人の方々も、どうぞお入りください」


「ご機嫌よう、アイン、クライネ、性急な来店に対応していただいて感謝いたしますわ!」


「いえいえ、エカチェリーナ様がお越しとあっては、何をおいても優先させて頂きますとも!」


「ありがとう。 今日は趣向がございまして、あたくしを含めて皆さんのイメージチェンジをしていただきたいの。 イメージについては貴方に一任するわ! やれるかしら?」


「いっ……!? ええ!もちろんですとも! お任せ下さい!!」



 店主アインは、背中に変な汗が伝うのを感じながらも、格別の笑顔で快諾する。 


 一同入口で上着と荷物を預けるとそれぞれのスタイリングチェアに案内される。


 アインはエカチェリーナのスタイリング剤を洗い流して鏡越しにエカチェリーナの顔を窺うと……エカチェリーナはそれに気付いて言う。

 

「アインさん、あたくしは縦巻きロールを卒業いたしますわ!! それ以外であなたのセンスを光らせてくださいな!!」


「……か、かしこまりました!」



 しかし、さすがプロと言うべきか、鋏を持たせるととたんに瞳に光が灯り、ふっと息を吐くと迷いもなく鋏がエカチェリーナの髪を舞い上げる。


 チョキチョキチョキチョキと小気味の良い音とともにパラパラと降り積もる髪。


 あっちでも、こっちでも、チョキチョキチョキチョキ。


─クオオオオオオオ……


 やがてそれぞれの席で髪をブローする音が聞こえ始めて、一人、また一人とスタイリングまで終えて待合い席へと案内される。


 他の人のセットが終わるまでの間、飲み物が提供されてそれぞれの髪型を見てはワイのワイのと盛り上がっている。


 一人一人見ていこう。


エカチェリーナ

縦巻きロング→ふんわりエアリーカール


ノラ

ナチュラルストレート→ゆるふわボブ


ロゼ

ストレートロング→ショートボブ


ノワール

ナチュラルロング→ワイルドパーマミディアム


ピコ

メディアムストレート→波巻きパーマ


 となった。 それぞれ鏡を見たり、人のを見たりとソワソワしながらあれこれと会話が弾む。



「ロゼたん、思い切ったわねぇ〜! てか、めちゃくちゃ可愛いんだけど♡」


「ピコさんはちょっとヤンチャな感じがしますね♪」


「や、ヤンチャ……そう言うノラさんはふんわりした優しい感じがしますね♪」


「え…そ、そうですか!? 私なんかよりチェリーさんの方が大人っぽくなって綺麗ですよ?」


「わ、わわわ、そ、そんなことございませんことよ? おほほほほほほほ!! ノワたんなんてスッキリして良くなったんじゃないかしら?」


「の、ノワールかっこいい!」


「うん、良い……です」


「な、何を言ってんだ、ピコ君のがインテリイケメンだぞ!?」


「ちょっ!? ノラたんなんて髪型関係なく可愛いんだぞ!? 猫耳は正義だ!!」


「えっ!? そんなこと……ふにゅん……」


「まあ、皆さんイメチェン成功ってことで!!」


─イエ──イッ♪ パシャリ!


 思わず学生のノリで皆で写真を撮って、そのままノラさんのバイト先まで直行して、また駄弁ると言う……アオハルかっ!?



◆◆◆


─ソロモン・錬成室



─コポポ……



「どうですか?」


「魂の残滓は解析しておるし、ちゃんと定着してもおる」


「身体の方も見る限りは元通りと言った感じでしょうか?」


「そうだな。 少し遺伝子をいじった程度だが、外見は変わらんだろう」


「何だか……僕が異世界こちらに来た時の事を思い出しますね……あまり思い出したくはないんですが……」


「あれは事故……いや、事件か。 巻き込まれたもんは仕方あるまい。 良くも悪くもキミはここにいるのだ。 エクスには悪いが、どうにもならんのだ……どうにもな……しかし」


「……しかし?」


「断じて」


「……断じて?」


「帝国は許さん!!」



 いつもと雰囲気が違うマキナさんに、少し戸惑いを感じながらも、僕も他人事では無いのだと再確認する。



「ええ。 許しません、断じて!! 僕は学園で何かしらの力を必ず手に入れます。 そして、手始めにゴルゴンの奪還! そこから全てが始まります」


「ああ。

 ボクは帝国を潰せるなら、法を犯すこともいとわない。 

 いや!

 倫理も!

 真理だって!

 クソ食らえだ!!

 帝国は!

 命をもてあそび!

 私腹を肥やし!

 人に恐怖を植え付け!

 世界を混沌に陥れた!

 弟よ!

 クロよ!

 よく聴け!

 ボクには大いなる野望がある!」


「はい!」


「マーナガルムを解放し!

 シン・バベルを圧し折って!

 アスガルド皇国を解放し!

 マ・ゴグやOZオズも天帝ごとぶっ潰す!!」



 マキナさんは壊れたわけではない。


 まして、フザケて言っているのではない。


 マキナさんは本気だ。


 僕がかけるべき言葉は。



「ええ、やりましょう。 僕はあなたの野望の先駆けとなりますよ。 帝国の土手っ腹に風穴を空けてやります!」



 僕だって壊れた訳では無い。


 眼の前の培養器で眠る一人の少女に目をやる。


 白い肌、白い髪、黒い翼は遺伝子操作の影響かシロと同じ様に手のひら大の大きさしかない。


 彼女の様な存在をこれ以上増やしてはいけない。


 そのためには帝国の癌を切除する必要がある。


 ニヴルヘル冥国と帝国の癒着を考えると、あるいは世界中に転移しているかも知れない。


 別に僕は勇者ではないし、世界を救う必要なんてない。


 ただ、僕の大切な人たちが何の不安もなく暮らせる世の中にしたい。


 それだけだ。


 だがしかし!



「マキナさん? 今なんて言いました!?」


「ん? 何か言ったか?」


「いや、マ・ゴグやOZオズって何ですかっ!? 聞いた事無いんですけどっ!?」


「何だクロ、そんな事も知らんのか!?」


「知りませんよ!!」


「まあ、追々話すがな。 言ってみれば帝国の腹黒い施設だ」


「マヂっすか……。 マキナさんの頭の中、どーなってるのか見てみたいっすね!?」


「スキャンして観てみるか?」


「いや、そんな物理的に観てみたい訳では……」


「では、脳波か? データか?」


「まあ……数値的なものも別に……」


「ボクはキミのモフモフと匂いだけで満足だがな!!」


「さて、そんな事よりも、アハトさんは見た目ほぼ元通りですが、実際のところ目覚めるでしょうか? 目覚めたとして以前の記憶は残っていると思いますか?」


「軽く流しおって、卑怯だぞ!?」


「で、どうなんですか?」


「ぐぬぬ……、まあ、五分五分と言ったところだ。 あまり期待し過ぎるでないぞ!?」


「それは……はい、解っています」


「………………」


「シロ?」


「……うん、だいじょぶ。 アハトちゃんもきっと、だいじょぶ」



 シロが培養器のガラスに手をついて額を当てた。 目を閉じて、何かを祈っているのか、言葉をかけているのか、静かに額を離してアハトの顔を見つめた。


 僕らは皆、独りぼっちだ。


 だけどこうして、寄り添う事ができる仲間がいる。


 それだけでいい。



「シロ、マキナさん、僕は学園を卒業したらバベルへ行きます。 ゴルゴンを奪還します」


「シロも行くよ!?」


「ああ、一緒だ。 僕が守ってあげる」


「ちがうよ! まもるのはロゼ! クロはやっつけて!!」


「お、おう。 そうか、頑張ろうな」


「ボクも援護は惜しまない。 キミの後ろには必ずボクが居るからな。 思う存分暴れてくれて構わない!」


「ええ、頼りにしてます!」



─コポポ…



 アハトさん、君の居場所は僕が作ります。 戻って来てください。 そして、あなたの人生のやり直しです! 取り戻しましょう!! 帝国に奪われたあなたの時間を!! あなたの笑顔を!!


─パチリ…コポポ……


 アハトさんの目が大きく見開かれる。 シロと同じ真っ赤な瞳が現れた。



「「「─っ!?」」」


「……………」


「心拍も脳波も正常だ。 培養液を抜くぞ」


「「はい(うん)」」



─ガコン……コオオオオオッゴポッゴポポッ……


 培養液がぐんぐん減って行き、アハトさんの身体が培養器の中でぐったりとする。 だが目は開いたままだ。



「ボクは肺に入った培養液を抜く! クロはストレッチャーの用意をしてくれ! シロはバスタオルとガウンを!!」


「「はいっ!!」」



─コッココオオオオ……



「ゲフッ! オエエ……」


「シロ、培養液を拭き取ってガウンを着せてやってくれ! クロ、手伝え!」


「「はいっ!!」」



 シロがアハトさんの身体をキレイに拭いてガウンを着せてゆく。 ボクはストレッチャーを下げてマキナさんに手伝ってもらい、アハトさんをストレッチャーに乗せていく。



「さあ、運ぼう!!」


「「はいっ!!」」



 僕たちはストレッチャーを押してICU集中治療室へと移動する。 念の為の措置だ。



「─────ロ?」


「何か言ったか……?」


「今はいいから急げ!」


「──ケホッ…ク…ロ⁉」


「アハトさん!? クロって言いました!?」


「いいから急げ! 挿管するぞ!!」


「はい!!」

  


 それからアハトさんは再び眠りに就いた。


 しかし確かに聴こえた声は紛れもなくアハトさんの声で、僕の名前を呼んでいた。

 今はベッドの中で眠っているが、時々目や口元が動く。

 魂の残滓からの記憶が大量に脳へと流れ込んでいるために、すぐに目覚める事はないのだとマキナさんは言う。

 僕の名前を呼んだであろうことから、ある程度の記憶の回復は見込めるそうだ。 余計な事は忘れてくれていて良いのだが……。



─おかえりアハトさん。



──────────────



アハト視点のお話はこちら


https://kakuyomu.jp/works/16818093073658952485/episodes/16818093073669945420

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