第133話 素敵な家族

─ソロモン・アハトの部屋


 ソロモンの個室を与えられたアハトは、リハビリをしながら記憶の整理と、情報のすり合わせをすると言う毎日を送っていた。


 あいにくインスマス湾の港沖の教会施設ゴルゴナに居た頃の記憶は殆どと言って良いほど残ってはいなかった。

 記憶にあるのは闘技場での数日間とクロの記憶だけだった。


 グライアイの義眼の経緯も記憶されておらず、片目が視えないのは魔力過多のためではなく、先天的なものらしい。

 ほぼシロのクローンではあるが、数パーセントの違う遺伝子の影響だろうとマキナさんは言う。

 マキナさんはアハトさんに選択肢を与え、そのまま眼帯で過ごすか、義眼を入れるかを尋ねたら、即答で義眼を選択したらしい。

 現在アハトさんの右目には、が入っている。

 当然見た目は義眼だとは、まるでわからないくらいに精巧に出来ている。

 僕がビームとか出ませんよね!? って聴いたら、その手があったかって、逆に危ない思考を植え付けてしまったみたいだが、全力で阻止した。


 シロはアハトさんが目覚めてからと言うもの、ずっとつきっきりでアハトさんの側にいる。

 リハビリの時もずっと寄り添って、まるで本当の姉妹のようにしている。 そんな二人を少し憂いのある顔で見守っていたのはマキナさんだ。

 僕はマキナさんの隣りに座って、仲良く話をしているシロとアハトさんを眺めた。



「……姉さん」


「ん」


「僕は姉さんの弟になれて、本当に幸せです」


「な、何だクロ、ボクの身体が目当てなのか!?」


「僕はそんな見返りなんて求めていません。 マキナ姉さんの為ならこの生命いのちも投げ出せますよ!?」 


「クロ」


「はい姉さん」


「ボクの前で二度とそんな事を言うな!!」


「ね、姉さん!?」


「ボクはキミの生命いのちの方が惜しい!! 私の為に生命いのちを無駄遣いするな、投げ出す様な真似は絶対にするな!! 解ったか!?」



 マキナさんは大粒の涙をボロボロ流して言う。 ……本気のヤツだ。 しまったな、失言だった。



「すみません、姉さん、二度と言いません……」


「うん……グズッ……、絶対にだぞ!? ズビビッ!」


「はい、絶対に僕は生命いのちを無駄にしません、投げ出しません。 大切にします。 自分も、姉さんも、シロも、アハトさんも……」


「ん。 ぎゅっとしてくれ……」


「……はい」



 僕はマキナさんをぎゅっと抱きしめた。 シロも駆けつけてきてマキナさんにしがみついた。 アハトさんは少し戸惑っているようだ……。



「アハトさんも……」


「はい……」


「クロ?」


「ん?」


「アハトのことも『アハト』って呼んで?」


「あ……。 うん、わかった。 ごめんね、アハト? もっと君に寄り添うべきだったよ。 勝手に蘇らせておいて、淋しい思いをさせるところだった、すまない」


「ううん。 私はまだここに来たばかりだし……」


「きて、アハト」


「シロ……うん!」



 皆でぎゅっとして、ぎゅっとされて、とても、とても温かだ。 また、素敵な家族が出来た。


 …………………。



「マキナさん?」


「何だ、弟よ?」


「ドサクサに紛れて変なところをぎゅっとしないでくださいっ!?」


「何だ、少し興奮していたくせに生意気な事を言う」


「へ、変なことを言わないでくださいよっ!?」


「クロ、コーフンしてたの?」


「クロ、コーフンしてた?」


「同じ顔でそんな目で見ないでくれ〜!!」


─アハハハハハハハ!!


 もうっ……台無しだ!!


 でも、良かった。 この笑顔がいつまでも咲き乱れるように、僕は頑張ろう!!



◆◆◆



─リリーズ・キャッスル



 マダムのプライベートルームは広い。 謁見の間の奥はマダムのプライベートルームになっていて、軽くパーティーが開けるくらいの広さはある。


 巨大なベッドがどかりとあって、部屋の中央には何十人も座れそうな、高級ラウンジの様にラグジュアリーなソファが配置されている。


 しかし、室内は調度品や骨董品などでゴテゴテと飾られていているのではなく、まるでギャルの汚部屋に近いアバンギャルドな部屋だった。


 大きなドラゴンのぬいぐるみやベノムやメイガスのオリジナルポスター、特注のオーディオセットなど一般的ではないが。


 中央に設けられた大きなソファには、ヒョウ柄のモフモフソファカバーが被せられている。


 そのソファにひとりマダムは寝そべって、周囲にいくつかのモニターを展開している。

 その映像をポリポリとローテーブルに置いたナッツを食べながら観ている。


 国中に設置されたマダムの監視カメラは、つぶさに城の情報処理室まで送られて精査され、マダムの手元に送られてくる。


 マダムでも唯一入り込めない場所があるとすれば、それはニーズヘッグ級飛竜艦ドラグーンソロモンだ。

 画像が乱れたり、制御不能になったり、通信不能になったりと、その症状は様々だが、送り込んだドローンと言うドローンが全ておかしくなって帰って来ない。

 王室だって潜り込めるメイド・イン・ミッドガルドの高性能なドローンだが役に立たない。 試しにメイド・イン・ドヴェルグのドローンも送ってはみたが、結果は同じだったのだ。



「ハンス」


「はっ!」



 何も無い場所に影が生まれ、そこから人影が突如として現れた。 現れたはピチピチのスキニーな黒のレザーで、ボンデージ風の衣装を身に着けている。



「アナタ、この飛竜艦ドラグーンに潜り込む事は可能かしら?」


「愚問ですわマダム」


「……そう、じゃあ少し探ってもらえるかしら?」


「お任せあれ♡」


「おねがい」



 ハンスは一時間もしないうちにマダムの部屋に帰って来た。



「………………」



 見たこともないドローンに吊るされて!!


 戻って来たハンスはあられもない姿で昇天している様子だ。


 マダムはメイドにソレを片付けさせて、顎に手を当てた。



「あのコたちいったい何者で、何をしようと言うのかしら? 本当に興味が尽きない……尽きないけれども末恐ろしくもある……とても危険だわ」



 マダムはゴクリと唾を飲み込むと、ふうと息を吐いて少し考え込む。



─パチン!



◆◆◆



─リリーズアカデミー・理事長室



「マダム!?」


「ご機嫌よう、クラリス」


「お越しになるときは連絡をください。 何もおもてなし出来ませんわ!?」


「そんなものはけっこうよ?」


「では、どの様なご用事で?」


「その後……ノワールの様子はどう?」


「どうと申されましても……成績も学習態度も至って普通……まあ、少し良いくらいでしょうか?」


「そう。 専攻は何を選んでましたっけ?」


「はい、彼は特殊魔法と魔法薬学ですね。 妹とされているロゼさんにあっては魔法生物と召喚魔法です」


「そう。 この二人の情報はつぶさに私に寄越しなさい。 そして、学外への漏洩は許しません。 他の先生方にもよく言い聞かせて、私からの指示だと言うことは他言無用でお願いしますよ?」


「かしこまりました。 マダム、今回は珍しくかなり入れ込んでおられますね?」


「彼らは危ういわ。 きっと次元魔法、ゆくは深淵魔法に行き着くと私は予想してるかしら」


「しっ、深淵!? まさかそんな……まだ魔法をかじったばかりの生徒ですが?」


「あら、このマダムの目が節穴だとでも言いた気ね?」


「そんな!? 滅相もございません!!」


「ふふふ、冗談よ。 彼ら、彼の周辺は全て異質だわ。

 斯くいう私も巻き込まれそうになっているのだけれど、それで彼らの身辺を漁っているの……ある程度の情報は集まるのだけれど、彼のバックボーンには手が届いていないと思うわ。

 闇ギルドで手に入る情報くらいしか有用なモノは見当たらないのよ」


「マダム、僭越ながら申し上げますが、そんなに深入りされて大丈夫なのですか?」


「どうかしらね? もう後戻り出来ない気もするけれど、不思議と嫌な気分でもないのよね?

 ん〜……エルサリオン教授は何か仰っていましたか?」


「いえ、特に何も言及しておりませんでしたが……?」


「……そう。 となると、もしかすると私の買いかぶり過ぎかも知れませんが、注意しておくに越したことはないでしょう。 よろしく頼みましたわよ?」


「かしこまりました!」


「それから……」



 マダムはクラリスへ耳打ちするとパチン!と言う音とともに消えた。

 残されたクラリスは目を丸くして、驚きの様子を隠せないでいた。





──────────────


素敵な家族挿絵


https://kakuyomu.jp/users/dark-unknown/news/16818023214309269550

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