結局、神様ってサイコロ振ってるわけ?

干月

サイコロを振ってもらいたいなら、六面ダイスじゃなく百面ダイスにこっちがしてやらなきゃな

「うーん、だからさ。結局は運なんだよな」


 春川颯真はるかわそうまは、制服のネクタイを緩めながら言った。隣を歩く冬野大和ふゆのやまとは、冷めた目で颯真を見やる。


「運ってなんだよ」


 大和は、不満げにボヤいた。大和はたった今、颯真に進路の相談をしたところだった。高校三年生になって、進路選択を迫られた大和は、九月になっても未だ決めかねていた。


「カミサマの気まぐれってやつだよ。生まれた時からさ、俺らの人生は決まってんの」

「何十億人もの人生を決めるのか?」

「そんなの、サイコロでもふりゃいいよ。百面ダイスとかさ、あるだろ。人生六通りじゃない」

「神はサイコロを振らないんじゃなかったか?」


 大和は颯真から以前聞いた言葉を思わず口にした。

 アルベルト・アインシュタインがそう言って量子力学を否定した。

 そう語ったのは他でもない颯真だった。

 颯真はからからと笑って、「ああ、そうだ。その通りだ」と満足そうに頷いた。


「もし本当にサイコロなんかで人の人生が決められているのなら、犯罪者は可哀想だ」

「被害者じゃなくてか」

「被害者は救われるが、犯罪者は救われない」


 宗教的な話だということは、大和にも分かった。


「生まれる前から既に、死んだ後に神様に許されるか許されないかが決まっているなんて、そんなのあんまりだ」

「決まっているから運命があるんじゃないのか」

「運命なんて錯覚だ。ただの生殖本能だよ」

「お前は神様を信じているのかいないのかどっちなんだ」

「全ての物事を説明できる世の中に、神様なんて存在しないよ」

「けれど、神様のおかげでラマヌジャンはあれだけの数式を証明して見せた」

「証明したんじゃあない。公式を導き出しただけだ」

「同じことだ」

「違う。けれども、その公式をなんの証明もなしに大量にあげていったのは確かに天才だ。ハーディを称えねばならない」


 大和はため息をつきたくなった。こうしてコロコロと考えを変える颯真にゲンナリしたとも言える。

 大和にとっては神様がいるとかいないとか、そんなことはどうでもよかった。

 颯真はあらゆる現象という現象を愛していたし、全ての現象を公式で説明できると確信していた。そんな颯真は既に東京大学への進路を決めていた。海外には行かないのか、という問いには、「どこにいたって物理現象は変わらない」とあっけらかんとして話した。


「大学には進むんだろ?」


 颯真は大和に問うた。大和はまあ、と曖昧に答える。


「でも、どこの大学に進むかは決めてない」

「東大にすればいいじゃんか。そうしたら、就職は選び放題だ。IT産業だろうと、ブルーカラーだろうと、フリーターだろうと。理科三類に進んで医者を目指すのだって不可能じゃないだろう」

「何浪すればいいと思ってるんだ」

「浪人生活なんて人生の八十分の一にも満たないさ。三浪したって八十分の三だ。六十で死んだって二十分の一。どうだ?少ない年数だろ。むしろ、将来のことを考えられる猶予が増えるとも言える。二年や三年浪人したって、東大に入れたら全てパーだ。その努力は無駄な努力から賞賛へと変貌する」


 大和はまたもため息をついた。簡単に言ってくれるが、大和はそこまで己に浪人生活に耐え切れるだけの根性があるとは思えなかった。


「お前は俺に同じ大学に進んで欲しいのか?」

「俺は寂しがり屋なんだ」

「自分で言うなよ、気持ち悪いな」

「気持ち悪いとはまた辛辣な」


 颯真は朗らかに笑った。眼鏡越しに大和の目を見据える。


「進路に迷っているなら、選べる選択肢が多い方に進むべきだ。上から下には簡単に行けるが、下から上に行くのは大変だからな」

「……お、おう」

「今のうちに悩めるというのは、いいことだ。今のうちに選択をした俺は、他の選択肢を見るのに労力がいる。テストでだって、一つを決め打ちしてしまったら他の選択肢なんてろくに見ないだろ?その決め打ったものが間違いであっても。俺はその事を後悔はしていないが、色々な選択肢を見て悩む人生というのも悪くないんだろうなと思う」


 大和は黙って、颯真を見返した。


「どの道を選んだって、苦労の一つや二つはある。問題は、楽しいと思える数が増えるかどうかだ。八十分の一苦労をして、二分の一、三分の二を楽しく生きられるなら、それに越したことはないだろ。貯金だよ。楽しい貯金」


 颯真は、太陽を指さした。もう日が暮れてきたからか、夕日に近かったが。


「どんな人生を歩もうと、あいつはずっと同じ周期で俺らの前に現れるんだ。五十年後も俺らはあの光を拝める。その時に、答え合わせをしようじゃないか」

「五十年後?随分遠いな」

「人生がいいものだったか悪いものだったかなんて、歳を取らないと分からないもんだ」


 大和は、肩を竦めた。


「三十二」

「ん?」

「ラマヌジャンの享年だ。五十年後生きてるかどうかなんて分からないぞ」

「なるほど、神の力を使い切ったんだな。なら俺たちは努力でのし上がるしかないということだ」

「お前は本当に弁が立つな」

「文系がなくば理系も成り立たないというひとつの証明になったな」

「なってないな、全くもって」

「手厳しい」


 颯真はまたも、朗らかに笑った。


「結局は運なんだよな、人生なんて」

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結局、神様ってサイコロ振ってるわけ? 干月 @conanodo

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