第95話 配信者
助けた二人は抱き合って泣いていたが、しばらくして泣き止やんだ。
二人は何かを小声で話すと颯太たちの方を向いた。
「私たちはダンジョン動画配信者のリコリズといいます。私がリコで」
「私がリズです」
「「助けていただいて本当にありがとうございました」」
二人は深く頭を下げた。
「えっ? リコリズって、あの?」
「嘘でしょ? すごーい!!」
急にテンションが上がったみずきと飛鳥の横で颯太はぽかんとしていた。正直な話、颯太はあまり動画サイトなどを見ることはなかった。
それよりも普通に地上波で流れている番組を見るのが好きだったため、動画配信者と言われてもいまいちピンと来なかった。
「みずきと飛鳥さん、二人を知ってるの?」
「当たり前じゃない! リコリズって言ったらかなり有名だよ」
「知らない方がおかしいよ! 確か登録者も百万人近くいたような……」
二人の言葉を聞いて颯太は、社長の方をチラと見たが社長も颯太と同じようにぽかんとしている。
「今九十三万人くらいです!」
「九十三万人!? 」
リコの言葉に颯太も驚きの声を上げる。
「はい。もう少しで百万人なんです」
笑顔でリズが答えた。
(九十三万人って、九十三万人だよな!! 九十三万人がこの人たちのチャンネルを見てるってことだよな? 凄すぎるだろ。芸能人じゃん!)
「す、すごいですね!」
颯太はその数字を聞いてやっとすごさが実感した。それと同時に変な緊張感も込み上げてきた。今目の前に立っているのは紛れもなく有名人だ。颯太は今までにテレビや画面の中の存在の人にあったことがなく不思議と胸が高鳴ってくる。
改めて見るとリコと名乗った女性はアイドルのような可愛らしい顔立ちをしていた。瞳が大きく見ていると吸い込まれそうになってくる。金髪のショートヘアに一部分だけピンク色に染めているのも印象的だ。その顔立ちから明るく快活な印象を受ける。
リコの隣に立っているリズは黒髪のショートヘアでリコと同じ髪型をしている。リコの髪と同じように一部緑色のメッシュが入っている。リコと同様に瞳は大きいが、リズの眼は少しだけ垂れているため優しく穏やかな印象を受ける。
二人とも背は百五十五センチくらいでやや小柄だが、有名人だと認識した颯太からみたらやけに大きく見えた。有名配信者というだけあり、とてつもなく容姿が整った二人だった。
颯太が二人に一瞬目を奪われていると、後ろの恋人たちがつめたいオーラを放ち始めたが、颯太はそれには全く気が付かない。
「みなさん、助けていただいて本当にありがとうございました。私たちは五十七階の虹リンゴを手に入れて食べてみたいなと思っていたんですけど、この階であのモンスターに出くわしちゃったんです。逃げようとしたんですけど、挟まれちゃって……。仕方がなく戦ったんです。大抵のモンスターは私とリズちゃんのスキルでなんとかなるんですけど、あいつらにはあまり効かなくて……」
そう言うとリコは自分の右手を前に突き出し、そこに白色のオーラを集中させていく。次の瞬間、一瞬で右手が凍りつくとともに、手の周りに氷が出現した。
そしてリズも同じように、左手を前に突き出すと、黄色のオーラを手に集中させた。次の瞬間、「バチッバチッ」という激しい音を立てながら手の周りに電流が流れ始めた。
(うわー、氷属性スキルと雷属性スキルだ!!いいなぁー!!)
二人が発動させたスキルはどちらも颯太が昔から憧れてきたものであった。特に氷属性スキルは親友である久遠寺大河も使っている能力であり、その強さと有用性を肌で実感したことがあるためより羨ましかった。
(まぁ、でも俺も憧れていた炎属性スキルが発現したからな。贅沢言うのはやめよう……)
颯太がそんなことを考えていると社長が口を開いた。
「なるほど! 属性系スキルか! いいスキルだな! でも少しついてなかったな。ダークナイトベアは確か氷属性と雷属性スキルに耐性があるからな。あまり効かなかっただろう」
「そうなんです。何度急所を攻撃しても全く効かなくて……」
そこまでリコが話していると、リズがリコの肩をつんつんして、耳元で何かをささやいた。するとリコは何かを思い出したように口を開いた。
「そういえば大切なことをお聞きするのを忘れてました。私たちを助けていただいた皆さんって……」
「ああ、俺たちは……」
「ごめんなさい。紹介するのを忘れてましたね。私たちは株式会社ベルガの社員です」
社長が言いかけたところをみずきがわって入り、社名を口にした。その会社名を聞いた瞬間、颯太は飛鳥の顔をちらっと見たが飛鳥は颯太をにらみ返してきたため、颯太はみずきの意図を理解した。
(ああ、そういうことか。今世間では、俺の正体が注目の的になっているからな……。それを隠すつもりなんだ。この二人は、うちの会社のことを顔ではわからなかったみたいだけど、社名を聞いたらニュースで知ったことを思い出しちゃうかもしれない。一時期は毎日報じられていたし……。俺は今仮面をかぶっていないからな。九十三万人も登録者がいる配信者に正体を知られるのは確かにあまり好ましくない)
颯太が社長と飛鳥の方を見ると二人もみずきの意図を理解したようでいたって平然を装っていた。
「あ、そうなんですね。株式会社ベルガの皆さんですか。皆さん、本当にすごい能力者なんですね。そこのお兄さんは一人でダークナイトベアを二頭も倒しちゃうし、お姉さんは私たちの怪我を完璧に治しちゃうなんて。本当にすごいです!」
「えっ? たった一人であいつらを倒したの? 嘘でしょ? あんなに強いのに……」
金髪ショートのリコの言葉を聞いて黒髪ショートのリズは驚きの表情を浮かべる。
「嘘じゃないよ。地面に倒れてから見てたもん。いや、正確には動きが速すぎて何をしているかはわからなかったんだけどね。お兄さんが動いた後にあいつらが消滅したのが見えたよ」
「すっご! お兄さん、本当に強いんですね。ダークナイトベアはA級モンスターの中でも上位の強さですよ。一人で倒すにはかなりの実力がいりますよ! その……名前はなんて言うんですか?」
リコの話を聞いたリズは目を輝かせて颯太を見てきた。だんだんと飛鳥とみずきの表情から笑みが消えていくのが颯太にはなんとなくわかった。なぜ二人がそうなるのかは全くわからないが……。
颯太は一瞬なんて答えようか迷いちらっとみずきの顔を見た。みずきは何かを伝えるかのように颯太にウインクした。
(わかったよ……)
みずきとは長い付き合いでだ。ちょっと視線を交わしただけで大体のことは読み取ることができた。
「佐々木祐介といいます」
「そっかー、祐介くんっていうんですね! 本当にありがとうございました。あなたは命の恩人です!」
「はは、それほどでも……」
「謙遜しないでください。本当に助かったのですから」
黒髪緑メッシュのリズは満面の笑みで颯太に近づいてきて颯太の手を両手で掴んできた。リコも颯太のそばに近づいてきて微笑みを向けてくる。あまりに近いため颯太はどうしていいかわからない。なにか怖い気配を背後に感じるが振り向くのはやめておいた。
ハズレ能力のせいで進路を絶たれた俺は仕方がなくブラック企業に就職したが、イカれた女上司に開発され真の力を解放し、いつの間にか能力者業界を無双していた。 彼方 @neroma
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