第94話 救出

「ぎゃああああああああああああああああああああああああああ」

「助けてくれぇええええ」

 耳を刺すような甲高い叫び声が聞こえた瞬間、颯太は持っていたコップを即座に置き急いでダンジョンの奥に向かって走り出した。後ろを三人もついてくる。


 誰かが命の危機に瀕している……。颯太がそうすぐに想像してしまうほどその声は尋常ならざる響きをしていた。


 能力者である颯太の速度はスキルを使わなくても時速八十キロを軽く超える。かがり火が線の輝きに見えるほどの速さで颯太はかけていった。

 ダンジョンの通路は薄暗い。

 通路は床が壊れていて凸凹になっていたり、水たまりがたまっていたりするところがあるが、そんな地面には目もくれず颯太は駆けていった。


 あるフロアの奥に到着した時、颯太は足を止めた。後ろを振り向くと、やや遅れて三人が追いついてくる。四人の前には三つの分かれ道があった。

「飛鳥さん」

「はい」


 颯太の声を聞くと飛鳥はすぐにスキルを発動させた。

 それぞれの薄暗い通路の奥に素早くオーラを伸ばしていく。

「一番右の通路です。まだ姿は見えませんが、ネズミや蝙蝠たちが興奮した様子で逃げ回っています。何かあったのは間違いないと思います」

 飛鳥の声を聞くと颯太はいち早く駆け出した。


 薄暗い一本道を進んでいくと、確かに地面や空中を逃げ回るネズミや蝙蝠たちの姿を颯太は捉えた。それと同時に、

「ぎゃああああああああああああああ」

 と叫ぶ声がはっきりと聞こえてきた。距離はもうかなり近い。

 

 颯太が通路を抜けるとそこは天井から日光のような光が差し込んでいる明るいフロアだった。部屋の中心には三メートルは超えるであろう巨大な熊が立っていた。その巨体と、紫色の毛並みに赤く輝く瞳が異様なオーラを放っていた。熊の右手から伸びる五十センチほどの爪が金髪の女性の腹部を貫き、空中に持ち上げていた。金髪の女性はあまりの痛みからか言葉にならないうめき声をあげている。颯太はフロアを見渡すと、もう一人の黒髪の女性が腕から大量の血を流し倒れている。そばには女性の物と思われる腕が落ちていた。そして倒れている女性に向かって別の熊が近づいていた。こちらの熊はさらに大きく、体長が四メートルは超えているのではないかと思われるほどだった。


(どうやら女性の二人パーティが襲われているようだ。傷はかなり深い、ほっておいたら命取りになる。しかし、あの魔物……何て名前かわからないが、見るからにやばそうだ。手加減している余裕はないな)


 颯太は一瞬で状況を理解すると、すぐにリュックから烏龍茶(敏捷性強化八倍)と麦茶(攻撃力強化八倍)を急いで口にした。飲みながら後ろを見たがまだ三人の姿はなかった。


 颯太は、強化された素早さを生かして高速で駆ける。進む先は、フロアの中央で熊の爪で貫かれている女性。颯太はそばに駆け寄ると、目にも止まらぬ速さでジャンプし、女性を抱きかかえながら、爪から引き抜いた。そして、倒れている女性の横にゆっくりと横たえた。


 二人の女性は颯太に気付いた様子もなく、苦悶の表情を浮かべながら叫んでいる。よほどの痛みが二人の女性を襲っているようだ。



「グオォォォォーーーーーーーーーーーーーーーー」

 二頭の熊はここでようやく、邪魔が入ったことに気が付いたのか獰猛な雄たけびをあげる。二頭の熊は口元から涎を垂れ流しながら直立し、颯太を威嚇してくる。


「颯太!」

 この時になってようやく追いついたのか、フロアの入り口には社長たちが立っていた。

 社長は槍を、飛鳥は拳銃を構えたが、颯太は二人に向けて左手をかざし、二人を制止させた。そして、


「みずき! かなりの重傷だ。あいつらはなんとかするから二人を頼む」

「わかった!」


 颯太は一瞬で近くの熊に駆け寄ると、二本足で立ち、がら空きの腹部へ思い切り拳を突き入れた。拳は熊の胴体にめり込み、次の瞬間、熊を後方にある岩壁まで突き飛ばした。岩壁に当たると、


「がああああん」という激しい音と共に岩が崩れ砂埃が舞った。地面に倒れ伏した熊の姿は消え、ドロップアイテムだけが残った。


 そのあまりの光景にさっきまで威勢良く吠えていたもう一頭の熊は、呆気にとられたような顔をしている。姿を消した仲間を見た後に、颯太の方をみてぽかんとしている。颯太は時速七百二十キロ以上の最高速で残りの熊に近づくと、飛び跳ね、熊の左側頭部を右足で蹴りぬいた。


「ゴキィィィ」という激しい音と共に熊の頭は首から離れ、十メートルほど離れたところに落ちた。熊の胴体と体はまばゆい光と共に消滅したがこちらの熊からは何もドロップアイテムが出なかった。


「すげえ」

「すごすぎっ」


 社長と飛鳥は颯太の戦いを見終わると静かにそうつぶやいた。


 颯太はすぐに怪我をしている二人のところへ駆け寄ると、みずきがちょうど駆け付けるところだった。

「もう倒したの?」

「ああ」

「ダークナイトベアを一瞬で倒すなんて、本当に強くなったのね」

 みずきは怪我人の様子を見ながらも感心したようにそう口にする。

「ダークナイトベア?」

 聞き慣れない名前に颯太は首を傾げる。

「授業で習ったじゃない、忘れたの? まぁいいわ。その話はあとで、この人たちを助けてからね」


「飛鳥さん」

「大丈夫か」

 みずきと颯太が話していると社長と飛鳥が駆けつけてきた。

「ひどいな、こりゃ。治せるのか?」

 腕を切断された女性と、腹部がボロボロになっている女性を見て社長は痛々しい様子で口にした。

「これくらいだったら大丈夫です。まず、こちらの方から行きますね」

 みずきはそう口にすると、腹部からおびただしい血を流して倒れている女性に近づき、腹部に手を当てオーラを発動させた。緑色のオーラがみずきの手から広がっていき、女性の腹部には集まっていった。

 すると、急速に女性の腹部が再生をはじめ、みるみるうちに傷口が塞がっていった。痛みに苦しんでいた女性も次第に穏やかな表情を取り戻していった。そして、二十秒ほどの時間で、何事もなかったように腹部の怪我は消滅した。


「すげえなこりゃ!!」

「ええ、すごすぎるよ」


 その様子を見ていた社長を飛鳥は驚きの声を上げる。

「よし。治った! 次行きます」

 みずきは立ち上がるとすぐに、片腕が取れてしまっている女性に駆け寄った。

「颯太! 腕をこんな風に肩に押し当てておいて!」

「えっ? こ、これで良いか?」

 颯太は急な指示に焦ったがみずきが言う角度で腕を固定した。

「うん。そのままでいてね」


 再びみずきからオーラが放出された。するとみるみるうちに腕はつながり、傷口も塞がっていった。


「よし、これで大丈夫。二人とも、もう動いても大丈夫ですよ」


 みずきの言葉を受けて、二人の女性は立ちあがった。何が起こったか状況が呑み込めていないようであったが、やがて全てを理解すると、二人は互いに抱き合い、声を上げて泣き始めた。


その様子をヴァルチャーの四人は暖かい目で見守っていた。











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