第93話 ひと休み

「パチッパチッ」

 小気味いい音を鳴らしながら小枝が燃えている。颯太たちは、近くにあった石を椅子がわりにして焚き火を囲うように座っていた。颯太の前、焚き火の奥には社長。颯太の右手にはみずき、左手には飛鳥が座っている。


 四人はゴブリンの群れを倒した後、二時間ほど探索を続け、少し前に地下五十階層にたどり着いた。


 今回のターゲットである燐玉石は地下五十階以下の鉱床にあるのでもう少しなのだが、すでに十三時半を過ぎているため、いったん昼食にすることにした。


 社長は、バーベキューやキャンプが好きなようでとても手慣れていた。先ほどこの場所に着くと、すぐに荷物を開いたのだが、バッグの中はアウトドアグッズでいっぱいだった。


 颯太は焚き火から視線を外し、改めて辺りを見渡した。地下五十階のこのフロアは、壁にかがり火がないため薄暗いが、上を見ると所々の石の隙間から青白い光が優しく輝いていた。社長によるとこの石は発光石という名前らしく、暗闇の中で優しい光を放っている。ダンジョン内ではよく見られる光景らしい。

初めてみる颯太にとってはとても幻想的で美しかった。


 「ジュー」

という音にひかれ再び焚き火を見ると、社長がスキレットを使ってベーコンとマッシュルームを焼いていた。香ばしい香りが鼻に届いてきてより一層食欲が増す。


 ベーコンは三十四階で紫紺豚という紫色をした魔物を倒したときのドロップしたものだ。社長に夜と百グラムで五千円はする高級食材らしい。三キロの塊がドロップしたため、少し食べてみることにしたのだ。


 マッシュルームは地下四十一階に自生していたものを採取した。ダンジョン内でとれるマッシュルームは地上のものとは異なり、二十センチを超える大きさだった。社長によると地上のものとは比べ物にならないくらい味に深みがあり美味しいらしい。一本三千円はするらしい。


 社長は、ベーコンとスライスしたマッシュルームを炒め終えると、焚き火台の端の網のうえで焼いていたバゲットに乗せ、颯太達に配ってくれた。


 颯太はさっそく一口食べてみた。サクサクとしたバゲットの食感とジューシーなベーコンとマッシュルームの味が混ざり合い、えもいわれぬ味だった。味付けは塩のみであったが、十分過ぎるほどの旨みを感じた。


「めちゃくちゃ美味しいです。ダンジョン内で取れる食材を使ったダンジョン飯が美味しいのは聞いていましたけどここまでとは思いませんでした!!」

颯太は素直に驚きを口にする。


「ほんと美味しいです!! 社長ってこういう料理得意なんですね!」

みずきも驚きを隠せない様子でそう口にした。


「まぁな。昔はよくダンジョン内に泊まったもんだ。まぁ低層ばっかだったけどな。その時に色々なアウトドア飯の作り方を身につけたんだ」

社長はいつにもまして得意げだった。次々にバゲットを焼いては手渡してくれた。


♢ ♢ ♢ ♢


 十数分後、食事を終えた颯太達は、社長が入れてくれたコーヒーを飲んでいた。颯太はダンジョンの中で飲むコーヒーは非日常感も相まっていつもよりも美味しく感じた。


「それにしても……順調すぎるぜ、五十階まで二時間ちょっとで来れるとはな」

颯太達は二時間ほどで五十階まで来ていた。通常は四時間はかかると言われているから驚異的な速さだった。

「飛鳥さんのお陰ですよ。探知スキルですぐに下層への階段を見つけてくれますし、良いアイテムや素材も見つけてくれるので」

 

颯太は改めて飛鳥の探知スキルの有用性を実感していた。事実、今日ダンジョンに入ってから道に迷ったことが一度もなかった。飛鳥はすぐに探知スキルを使い正しいルートを見つけてくれるからだ。探知スキルを有する能力者がとても貴重だという理由を今回の冒険で改めて実感していた。


 「えへへ。ありがとう。役に立てて光栄です」

颯太に褒められた飛鳥は少し照れたような表情を浮かべながらそう口にする。


「そうだな。飛鳥の探知スキルは確かに便利だな。でもお前も凄いぞ!! 出くわす強力な魔物達を次々に倒していったじゃねぇか! まったく俺らの出番がなかったぜ」

「ほんとだよ! 颯太君も強すぎるよ!」

社長の言葉に飛鳥も続いた。


 ここにくるまでに颯太は様々な魔物をほぼ一撃で倒していた。A級までの魔物であれば颯太の敵ではなかった。


「ありがとうございます」

二人の言葉を受けて颯太は嬉しそうに微笑んだ。颯太のその様子を見たみずきが口を開いた。


「颯太は元々、身体能力の数値や戦闘面では学年の中でトップクラスだったんですよ。オーラやスキルを使わない近接格闘の授業ではほぼ敵なしでした」


「えっ? そうなんだ! すごいっ!」

みずきの話を聞いた飛鳥はキラキラとした瞳を颯太に向けてくる。


「身体を鍛えることぐらいしかできることがなかったんですよ。オーラやスキルを使う授業ではずっとボロ負けでしたしね。だから普通の戦闘面だけは誰にも負けないように、努力しました。ほぼ毎日、深夜零時までは頑張りました」


 思い出してみると高校の三年間は苦しい思い出しか浮かんでこない。しかし、苦しい中でもに自分のベストは尽くしてきたという実感だけはあった。


「そっか。努力したから今のお前があるんだな」

社長はしみじみとした様子でつぶやいた。


「ほんと、見てるこっちが辛くなるほど、颯太は努力してました。だからいま、こうしてスキルとオーラを使いこなしている颯太をみると私……胸がぎゅっとなるんです」

みずきは目から流れ落ちる涙を手で拭った。


「ほんと……。良かったね。颯太くん」

みずきの話を聞いて、向かい側に座っている飛鳥も涙ぐんでいる。


その様子を見ていて、颯太も胸が熱くなってくる。


「颯太くん、新しいスキルが出たとき、思いきり叫んでたもんね。そりゃ嬉しかったよね」

「本当、報われて良かったね! いまの颯太を見たら、あの頃の颯太を知っている高校の同期たちはみんな喜ぶと思うよ!」

「そうかな?」

「間違いないよ! 苦しむ聡太をずっと見てたんだから!! あー、早くみんなに言いたい! もう私から言っても良いかな⁉︎ 一斉送信で!!」

「やめてくれ。恥ずかしい。ちゃんと自分で言うよ」

スマホを取り出そうとするみずきを颯太は慌てて静止した。その様子を社長と飛鳥は笑顔で見守っている。


 焚き火の優しい光に照らされて四人の影がフロアの壁で揺れている。

一口コーヒーを口にした後、何かを思いついたように飛鳥が口を開く。

「そうだ! 颯太くんって次のA級バトルトーナメントに出るんだよね! そこで変装を外して正体を明かしちゃえば良いじゃん! そうすれば高校の時の友達たちも驚くんじゃない?」

「でも、正体を隠すのは有希さんからの指示なので、勝手にはできませんよ」

飛鳥の提案に一瞬いいかもと思った颯太であったがすぐに冷静になり答える。


「お父さん、もう良いんじゃないの? 正体を明かしても。もう十分颯太くんは会社の知名度をあげてくれたでしょ? まだ隠すの? っていうか本当に正体を隠してることが会社の知名度をあげることに影響してるの?」


飛鳥の鋭い視線を受けて社長は、たじろいだ様子で口を開く。


「効果は抜群だったぞ! ビル火災の救助動画は百万再生を超えているし、コメント欄は今でも増えていってる。颯太の正体を予想する考察も盛り上がっているんだ。あいつの狙い通りになってる」

「そうなんだ! 結構調べてるのね」

「ああ、あの影心会の奴らを検挙したニュースも相まって、うちの会社と颯太に対する注目はかなり高まっているよ。俺や飛鳥のインタビュー動画も八十万再生を超えてるしな。仕事の依頼も次々に舞い込んでいる」


 依頼がものすごい勢いで増えていることは颯太も聞いていた。


「そんなに注目されてるならもう良いじゃん。

バトルトーナメントの時に正体明かしちゃいなよ!! うちの会社の都合でいつまでも秘密にさせるわけには行かないよ!!」

飛鳥はいつになく真剣な顔をしている。颯太はその様子を見ていて、自分のことを大切に思ってくれているのが痛いほど伝わってきて嬉しくなった。


「ま、まぁそうだな……」

あまりの飛鳥の剣幕に社長は頭を抱えている。

「ねぇ、お父さんいいでしょ?」

「俺はかまわねぇが、一応有希にも聞いてみないとな」

ダメ押しとも言える飛鳥の言葉を受けても社長は煮え切らない様子だ。

「まったく、情けない! お父さんが社長でしょ! もっと堂々としてよね!」

「仕方ないだろ! あいつはキレたらやばいんだから! とにかく、正体を明かすのは有希に聞いてからにしてくれ」

「はぁー、まったく!」

飛鳥は自分の父親に冷たい視線を送りながらため息を吐いた。


 四人がゆっくり食後のコーヒーを飲み干した頃、突然甲高い叫び声が聞こえてきた。


四人はダンジョンの奥に向かって走り出した。

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