始まりの終わり

 そこから先のことは、何も覚えていない。

 きっとミアの顔を見たことで、安心しきったのだろう。

 もう大丈夫だ、と。


 暗い。

 目を開けようとする。でも瞼が重くて開かない。

 柔らかく温かい感触を感じる。

 手のひらに。

 腕に、お腹に。

 ああ、ここが天国というやつか――。

 そこまで考えたところで、俺は直前までの光景を思い出す。


「早く逃げないと! …………って、あれ?」


 まぶたを開く。

 ミアが真正面にいた。


「へ?」


 俺はミアの体に包まれながら、眠りこけていたのだ。

 意味が分からない。

 そして手のひらに感じていた柔らかい感触は――


「あわわわわ……な、な……」


 俺は慌てて手を離した。

 〝鉄の王〟の胸を揉むなんて、万死に値するぞ。

 だがミアは「タザキのえっち!」みたいなリアクションはなかった。

 ぱちりと目をあけると、ただ静かな声でささやいた。


「案外早く目覚めたな」


「……ここはどこだ?」


「我らの拠点ベースキャンプだ」


 周りを見渡す。

 確かにここは馴染みの場所――草原の洞穴ほらあなの中だった。

 頭が混乱する。

 直前まで俺は、倒壊するフェアリーランドにいた。

 なぜここに?


「まさか、ミアが運んでくれたのか? て言うか、何でミアと俺は抱き合って? それに、そう言えば……ポルカはどこにいるんだ?」


「落ち着け。私とポルカでここまで運んできた。抱き合っているのは、タザキが寒そうだったから温めていたまでだ。そしてポルカは祝杯の準備をしている。戦いはもう、終わったのだ」


 その言葉を聞いた途端、へなへなと体の力が抜けた。


「てことは、俺たちが勝ったのか?」


「そのとおりだ。タザキはあの巨大人形ベリアルを倒した。忘れたのか?」


「……そうだったな。むしろ忘れたいくらいだ」


 恐ろしい光景が脳裏をよぎる。

 あの場面は今思い返しても無理ゲーだった。

 こうして生きていることが奇跡みたいだ。


「そう言えば、ミアに謝らなきゃいけないことがある。俺はミアの業魔ごうま殺しを勝手に……」


 ミアは少し寂しげな顔をしながら、俺のセリフを制した。


「その話は後にしよう。今日は一日中、飲まず食わずだった。まずは祝杯をあげようではないか」


 洞穴ほらあなから出ると、世界はオレンジ色に染まっていた。

 草原の風が心地よく吹き抜け、頭がすっきりとする。

 そして外では、ポルカが機体から大量のアームを繰り出し、調理に勤しんでいた。

 椅子やテーブルもセットされて、バーベキューの準備が整っていた。


「やあタザキ。目覚めはどうだい? もう少しで肉が焼きあがるよ」


「体はめちゃくちゃ重い。でも肉を食えると分かって、マシな気分になった」


「ならよかったよ。今回は僕も内心では焦っていた。ベリアルを倒せて本当によかったよ」


「まあ、ポルカも俺に死なれたら困るだろうしな。俺、人類とか世界に必要なんだろ? よく分からんけど」


 ポルカは人類を復活させるプログラムみたいな存在だ。

 で、旧世界の人類である俺は、この世界の命運を握っているらしい。だからポルカとしては、俺がこの世界で生き続けてもらわなければ困るのだ。

 が、ポルカの答えは俺の予想と違っていた。


「それはもちろんある。でもね、単純に仲間が死ぬのは嫌なものさ。僕にもそれくらいの感情はある」


「へえ。意外だな。ただのスーパードライな猫型ロボットだと思ってたけど」


「やれやれ……僕らは長いこと一緒にいたはずなのに、妙に誤解されているようだね」


 ポルカはため息混じりに言うが、たぶん誤解じゃないと思う。


「こんな時に仲違いしている場合ではないだろう。肉が焼けたぞ」


 とミアが言う。

 炙られた骨付き肉から、旨そうな汁が滴り落ちていた。

 ポルカがぴょこんと跳びはね、俺の肩に乗った。


「おほん。では改めて二人とも、今日はお疲れさま。じゃあタザキから、乾杯の口上をお願いしよう」


「え!? 急におっさんみたいなこと言い出したぞ!?」


「おかしいな。タザキの時代の『飲み会』ではこうするんじゃないのかい? それとも僕のデータベースが間違っているのかな?」


「ああ、そう言うことか。たぶん合っている。未成年だからそういうのに詳しくないだけだ」


 ミアが恨めしそうに肉を眺めているので、早々に話を切り上げた。

 初めて知ったけど、ミアは割と食いしん坊のようだ。


「ええと……今日は何度死ぬと思ったか分からないけど、どうにか生き残れた。二人とも、本当にありがとう。……俺たちの勝利を祝って、乾杯!」


「乾杯!」


「乾杯! ――と言っても、僕は食べないけどね」


「じゃあ何を食べるんだ?」


「廃墟で使えそうなバッテリーを拾ってきた。僕は充電するだけでいいのさ」


   *   *   *


「さて、タザキはこれからどうするつもりだい?」


 空腹が落ち着いた頃、ポルカが問いかけてくる。


「うーーーーーーん…………」


 簡単に答えることが、できない。

 ポルカは前に言っていた。

 俺は旧世界の人類で、世界を救う英雄だとかなんとか。

 だからポルカが期待する答えは、何となく分かっている。


 ――この世界を冒険すること、だ。


 少し前の俺だったら間違いなく拒否していただろう。

 でも、今は少しだけ違う。

 武器の使い方を覚えた。

 機械獣モンスターとの戦い方を覚えた。

 新しい場所に行くことが、楽しいと思えるようになった。

 ……普通に死にかけたりするけどな。


「俺はこの世界が少しだけ気に入ったみたいだ。今は、ポルカが言うとおり、冒険してもいいかなって気分だ」


「ほう! それは良いことだ」

 ポルカがくるりと宙返りする。


「あと実際問題、同じ場所にいるのも飽きてきた。このベースキャンプも居心地はいいけど、もっと色々な人に会ってみたいと思う」


「うむ。僕が言うのもなんだけど、機械と会話をし続けるのは精神衛生上よくないだろう」


「ならば手始めに、我が国へ来るのはどうだ? 業魔ごうまを殺した今、後は〝鉄の国〟に戻るだけだ。ぜひともタザキを歓迎したい」


 とミア。


 言い終えると、食べ終えた肉の骨をちゅぱっとしゃぶり、新たな肉にかぶりつく。狙っていないからこそ醸し出されるエロスが、そこにはある。

 この瞬間だけ、骨になりたい。


「なぜ私が食べた骨を見ているのだ? タザキも食べたかったのか?」


 むしろ食べられたかった。


「な、な……何でもない。ちょっと考えていたんだ」


 〝鉄の国〟はめちゃくちゃマッチョな印象しかない。

 世界史で例えるなら、古代ローマのスパルタみたいな国だ。実際、女王のミアはめっちゃ強いしな。


 どんなマッチョな歓迎を受けるか怖いところだが、旅先の案内人がいるのは心強い。しかも、かわいいし。


「で、どうだい? タザキ。答えは決まったかい?」


「ああ、決まりだ。――旅に出よう。目的地は〝鉄の国〟だ」

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アポカリプス・ウィザード ――崩壊世界の冒険者―― 七弦 @pokotarochan

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