旧世界兵器

 時が止まった。

 迫り来る機械獣モンスターの群れは動きを止め、飛来していたドローンは爆音とともに墜落した。

 目の前にいる少女のベリーも巨大なベリーも硬直して動かない。


 静寂。


 あれだけ騒がしかったフェアリーランドから、音が消え失せた。全ての機械が動きを止めたみたいだ。


「ポルカ、何をやったんだ?」


「一時的にフェアリーランドのシステムをダウンさせたのさ。機械達の主観時間は完全に停止している。タザキにも感謝するよ。僕の意図を汲んでくれて助かったよ」


 ポルカは背中から機械のアームをにゅっと展開させる。

 アームには鋭いブレードがついていて、俺を拘束していた根っこをあっさりと切断した。


 地面に着地。

 生き返った気分だ。


「……ハッキング中は動けなくなる、って聞いてたからな。それにポルカなら、木の根を切るくらい簡単にできる。だから何か意図があると思ったんだ」


「そいつは良かった。僕らの連携もレベルアップしているようだね」


「ポルカならやってくれると思った」


「僕もさ。タザキなら、分かってくれると思ったよ」


「で、これからどうする? ミアを助けにいくか?」


 当初の作戦ではポルカが遊具をハッキングして、巨大なベリーを攻撃するはずだった。

 そしてある程度ダメージを与えたところで、ミアが〝業魔ごうま殺し〟でとどめを刺すという流れだ。


「フェアリーランドのシステムが復旧すれば敵はまた動き出してしまう。ミアを助けにいく猶予はない。僕らの残り時間は、およそ三分だ」


「……短いな! ていうかそれじゃあ三分後には元通りかよ」


 戦力差も圧倒的で、逃げ場もない。

 ポルカがハッキングした意味もなくなってしまう。


「いいや、最後の手段がある。むしろそのために僕は機械を停止させたのさ」


「最後の……手段? 早く教えてくれ。何だよ」


「タザキが〝業魔ごうま殺し〟を使うんだ」


 俺は地面に転がっているミアの槍を見た。

 ミアが連れ去られた時に落としていったのだ。


「俺が使う? 本気で言ってるのか?」


「もちろん本気さ。僕らが使える武器はもう、これしかない」


 ミアの槍を持ってみたことはあるが、めちゃくちゃに重い鉄の塊だ。

 とてもじゃないが俺に使いこなせる代物じゃない。


「〝業魔ごうま殺し〟なんて、一度も使ったことがないぞ。どう考えても無理だろ。明らかにミア専用の武器じゃないか」


「確かに今はミアのものだ。でも、これはただの槍じゃない。〝業魔ごうま殺し〟は、旧世界の特殊兵装なんだ。普段は機能が限定されているけど、旧世界の人類――つまりはタザキが使うことで真の力を発揮するのさ」


「初耳すぎるんだが? つうか、そんな大事なこと何で黙ってたんだ?」


「今は〝鉄の王〟のものだからね。世界の秩序を乱すのはタザキも望まないだろう? それにこうなるまでは僕もタザキに使わせるつもりはなかった。遺跡を探索すれば別の旧世界兵器があるはずだからね」


「そういうことか……一応は理解した」


 ミアの槍は、業魔ごうまを殺すために〝鉄の民〟が代々継承してきた武器だ。

 本当に使えるのは俺だ、なんて話になれば、ミアもいい気分はしないだろう。

 俺も本意ではない。


「そしてそれこそが、タザキがここにいる理由でもある」


「へ? 俺がここにいる理由?」


「今、人類は復活しようとしている。だが一方で、世界は常に滅びに向かっている。原因は様々あるが、例えば業魔ごうま。例えば部族間の戦争。例えば遺伝子の多様性の欠如による病気。再起動しつつある人類だけど、既に滅亡の危機に晒されているという訳さ」


「ま、待ってくれ。意味が分からんぞ」


 急に話が飛んでついていけない。

 なぜいきなり世界の話になるんだ。

 〝業魔ごうま殺し〟で業魔ごうまを倒す話じゃないのか?


「それって俺関係なくないか? 俺は遙か過去の人間だぞ? 業魔ごうまにしても、未来の人類で何とかすればいいだろ」


「ここからがポイントだ。この世界には、崩壊をくい止める方法がある。例えば業魔ごうまを倒せるの兵器。例えば利害関係のないによる紛争の調停。例えば、による遺伝子の多様性の確保。具体的にはミアのような異性とのセックスだ」


「ちょ……セッ……!! みみ、ミアと……!?!?」


 頭の中でその四文字が反響する。

 ポルカの話の内容が一瞬で頭から飛んでいった。

 そして、ミアのちょっとえっちな装備が頭を過ぎる。

 こんな時に何を考えているんだ俺は。


「――だからタザキ。世界は君のような旧世界の人類を必要としているんだ」


「ミアとセックス、セックス、セックス…………」


「おーい。タザキ?」


「はっ……! 途中から記憶がないんだが」


「改めて言おう。タザキ。君に世界を救ってもらいたい。君は、そのためにこの時間軸に呼ばれたんだ」


「そうは言ってもさあ。世界を救うなんてスケールがデカすぎだろ。俺にできるとは思えないぞ」


 俺は弓道が少し上手いくらいの、ただの高校生だ。

 世界を救うどころか、数学の宿題に苦戦するような奴だぞ。


「心配はいらない。タザキがやることはこれまでと変わらない。君はただこの世界を探索し、冒険するだけでいい。目の前に敵が現われたなら、倒せばいい。〝業魔ごうま〟が立ちはだかるならば――」


「〝業魔ごうま殺し〟で倒せばいいってことか」


「そのとおりだ。君はこの世界に存在するだけで価値があり、ただそこにいるだけで英雄なんだ」


 「存在するだけで価値がある」なんて言葉、これまで一度も言われたことなかった。でもこうして面と向かって言われると、妙にやる気が出てくる。


「やれやれ、ポルカにはかなわないな。分かった、やるよ。戦って、この状況を何とか切り抜けよう」


「なら説明は終わりだ。〝業魔ごうま殺し〟を持つんだ。ちなみに残り時間はあと一分だ」


「一分しかないのか……て言うか敵、もう動いてるんだが!?」


 硬直していた機械獣モンスターが、じわりと動き出している。眠りから覚めた獣のように、機体のライトをぱしぱしと瞬かせている。


「フェアリーランドのシステムの復旧が予想よりも速いようだ。ベリーも間もなく動き出すだろう」


「いつもギリギリだなっ! まったく……もう少し余裕のある冒険をしたいもんだよ」


 ふと俺はポルカと初めて会った時を思いだす。その時もこんな感じだった。

 機械獣モンスターに追われ、ギリギリの状態で走り抜けていた。

 その時と違うのは――全裸ではないこと、戦い方を知っていること、そして仲間がいることだ。


 俺はミアの〝業魔ごうま殺し〟に触れた。


 次の瞬間、手のひらにブンッという振動が伝わった。

 まるでパソコンが起動するかのように、槍の先端が光を放った。


 拡張現実オーギュメントが起動し、俺の視界にテキストが映し出された。

 旧世界の戦闘用デバイスと、俺の拡張現実オーギュメントがリンクされたのだ。



『使用者の生体情報をスキャンしました

 使用者の機械浸食率、0%を確認

 汎用戦闘兵器/友愛ウイルスキャンセラー

 〈ブラックナイト〉の使用適性を確認しました

 使用者の生体情報を登録しました

 確認:当該デバイスを使用しますか?』



 拡張現実オーギュメントが開き、YES/NOの二択が表示される。


 俺は迷うことなく「YES」を選んだ。

 〈ブラックナイト〉というのが〝業魔ごうま殺し〟の本当の名前らしい。


 そして俺が「YES」を選択すると――〈ブラックナイト〉は青白い光を放った。ゲーミングキーボードならぬ、ゲーミング槍みたいな状態だ。


「何かよく分からんが……格好いいぞ!」


『アナウンス:武器を創造してください』


 突然、〈ブラックナイト〉から音声が聞こえてきた。


「槍がしゃべった!? つうか創造って何だ?」


 ポルカが俺の肩にぴょこんと乗り、説明する。


「〈ブラックナイト〉は汎用変形兵器とも呼ばれている。使う人の望むとおりに形を変えるのさ」


「自在に変形する武器ってことか? どんな形にも?」


「データベースにあるものなら、何でもだ。タザキが知っている武器なら、ほぼ全て対応できるだろうね」


「マジか……未来の技術、すごすぎかよ」


「驚くのは後だ。とにかく使いたい武器を頭の中で想像し、創造するんだ。〈ブラックナイト〉とタザキの接続設定は済ませてあるからね」


「了解だ」


 相変わらずポルカは準備がいい。

 きっとベリーとやり合っていた時にはバックグラウンドで処理をしていたのだろう。


「使いたい武器か……」


 攻撃目標は巨大なベリー。

 弱点の部位も分かっている。

 だが手が届かない高さにある。


 ベリーの足下はフェアリーランドの〝お友達〟が勢ぞろいしている。考えなしに突撃すれば、死あるのみだ。

 つまり俺が今欲しいのは――威力がある遠距離武器だ。


『使用者の要請リクエストを受信。狙撃特化型の形態に移行します』


 〈ブラックナイト〉が俺の手を離れ、空中に浮かんだ。

 そして空中でバラバラになり、細かいブロックに分裂した。


「ええ……そんなことある? ポルカ、ミアの槍が砕けたぞ!?」


「大丈夫さ。まあ見ているんだ」


 大量のブロックは砂嵐のように舞い、新たな形に再構成されていく。驚いている間に〈ブラックナイト〉は変形を終えた。


「これは、弓、なのか?」


 きっと弓なのだろう。

 が、俺が知っている弓とは全く違うものだった。

 あちこちに機械のパーツが付いているし、内部から「ギュィイイン」という甲高い音が漏れている。

 弓というよりは未来兵器だ。


『形態名:〈超力場駆動式大弩スコーピオン〉。装備してください』


 機械音声とともに、大弓に変形した〈ブラックナイト〉がゆっくりと降りてくる。


「おうふ……手に馴染むぞ……」


 中二っぽいネーミングがこそばゆいが、手にした感触は異様にしっくりくる。ずっと昔から使っていたかのような手触りだ。


「でも、矢がないんだが?」


『使用法:音声コマンドで高出力エネルギー弾をロードします。弓を構え、リロードと告げてください』


「それで勝手に矢がでてくるってこと?」


『肯定』


「さっきからすごすぎる……。というか質量保存の法則をガン無視してないか」


『否定:当該機は超圧縮量子機構クオンタムエンジンにより駆動』


「ちょっと何言ってるかよく分からんが……とりあえず分かったことにしておこう」


 〈ブラックナイト〉は一応のコミュニケーションはできるようだが、ポルカのようなフレンドリーさはないようだ。

 まあ敵を倒せるならなんでもいいけど。


 と、ここで時間切れになる。


 フェアリーランドの時間が再び動き出した。

 俺の動きに気づいたベリーが、甲高い声をあげた。


『『『あれれ-? このお友達。ちょっと目を離した隙に、危ないものを持ってるよ? たいへんたいへん! 森のみんな、出番だよ!』』』


 直後、周囲の木々がドドド! といっせいに地面から盛り上がる。機械化した樹木が、触手のように根をうねらせながら迫ってくる。


「こいつらまだいたのかよ!?」


「落ち着くんだタザキ! まず弓を構えて!」


 突然の展開に心臓が高鳴る。

 だが、こんな場面はもう何度も経験してきた。

 ポルカに言われるまでもなく、自分がやることは分かっている。


「大丈夫だ! これくらい大した修羅場じゃない!」


「ははっ。それもそうだったね!」


 弓を引く。

 狙いをあわせ、音声命令ボイスコマンドを告げる。


「リロード!」


 ぶん、と強い振動とともに、光の矢が出現する。

 言葉で光の矢を出すなんて、まるで魔法使いだ。

 弦を離す。

 ――ズパッ!

 爆ぜるような音とともに、光の矢が放たれた。

 矢は空中で分裂し、全ての敵を貫いた。


「すげえ……」


 ぶしゅ……と焦げた臭いが辺りに漂い、樹木が一瞬で動きを停止する。


『『『な、何!? 何が起きたの?』』』


 ここに来て初めて、ベリーから感情のようなものが表れた。「驚き」だ。


『『『で、でもまだお友達はいっぱいいるもんね! ベリアル、リリカル、グリッドスター!』』』


 巨大なベリアルが速度を早める。

 大量の機械獣モンスターが殺到してくる。

 どいつもこいつも、俺を殺すつもりでいるのだ。


 本当に嫌になる。


 フェアリーランドの機械たちは、本当は俺を歓迎したいらしい。

 ここは妖精の国で、かつてはたくさんの人々を楽しませてきた。


 だが業魔ごうまに感染したことで、人間への好意が反転してしまっているのだ。ある意味では彼らも被害者みたいなものだ。

 俺はもう一度弓を構えた。

 照準は、巨大なベリーの首元。


 一撃で葬ろう。


 油断も慢心も恐怖もなく。

 俺はただ無心で、弓を引き絞り。

 矢を放った。


「これで終わりだ」


 ズシュッ――!!

 大砲のような勢いで放たれた光の矢が、巨大なベリーの首元を貫いた。

 首は完全に粉砕され、ベリーの頭が墜落していく。

 そして他の機械獣モンスターたちも動きを止め、地面に倒れていった。


 ――ドォオオオオオ………………


 轟音とともに、ベリアルの首から下が倒れていった。敵は完全に沈黙した。


「終わったぞ、今度こそ。って、あれ? ……眠い……」


 安心した途端、急に疲れがこみ上げてくる。

 体が動かない。

 まるで全身が泥になったみたいだ。


「ぬおおお……力が入らない……」


「〈ブラックナイト〉に接続した反動が出たようだね。でもタザキ、もう一頑張りだ。フェアリーランドは間もなく崩壊する」


 直後、ポルカの言葉どおり大地が揺れた。

 地面が傾き、ぼろぼろと世界が崩れ落ちていく。


「え、何それ」


 そう言えば――と思い出す。

 ここは移動式の超巨大テーマパークの中だった。


「フェアリーランドはベリーが作り上げた王国だ。王を失った王国は、滅びるしかないだろう」


 だが本当に力が入らない。

 眠くてしかたがない。


「くそ、こんなところで……」


 遠ざかる意識の中――森の奥からミアの声が聞こえた。


「見つけたぞ、タザキ! 早く行くぞ!」

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