猫芝居

 地面が急にぼこりと盛り上がった。

 亀裂から出てくるのは木の根だった。

 しかしその動きは、明らかにただの植物ではなかった。

 木の根がのたうちまわり、ヘビのように地を走った。


「まずい! 二人とも逃げるんだ!」


 ポルカが叫んだ。

 しかし速すぎる。

 動けない。反応できない。武器を構える余裕もない。


「タザキッ!」


 腹に強い衝撃が走った。ミアに蹴られたのだ。

 俺の体は吹き飛び――ミアが木の根に捕らえられた。


「み、ミア!」


「ぐっ……はっ……離せ……!!」


 まるで触手のように、木の根がミアの四肢に絡みつく。

 体が宙に持ち上げられ、文字通り手も足も出ない状況になる。


 まずい。

 今この場でミアが奪われたら、戦うすべがなくなってしまう。

 ここは業魔ごうまに支配された場所で、だからこそミアが使う〝業魔殺し〟が頼りなのだ。


 木の根はぬるぬるとミアの身体を這いまわり、槍を奪いとった。

 どずっ! と重苦しい音とともに〝業魔殺し〟が地に落ちる。


『『『こんな危ないのを持ち込んだらダメだよ?』』』


 振り返ると俺の背後に、巨人ではない姿ベリーが現れた。

 ベリーは自らの分身を地上に権限させている。


「いいからミアを離せ!」


 しかしベリーは、屈託のない笑顔で俺に告げる。


『『『フェアリーランドにようこそ。じっくり楽しませてあげるね?』』』


 ぞわり、と背筋に寒気が走った。

 業魔ごうまに感染した機械は、人間を喜ばせるために暴力を振るう。ベリーは心の底から、人間を喜ばせると信じ切っているのだ。


「タ……ザキ、早く逃げろ」


「逃げる訳ないだろ。今助けてやるからな!」


 もはや俺とミアは貸し借りの関係じゃない、と思っている。

 〝業魔〟という存在を倒す、仲間だ。

 ミアは宿敵の業魔を倒した。


 次は俺の番だ。


 俺は何でも切れるナイフ――〈豊穣の月〉を抜いた。

 このナイフの前には、どんな物質も敵ではない。

 木の根なんて簡単に切れる。


『『『だーかーら。フェアリーランドに危ないのは持ち込んだらダメだよ?』』』


 次の瞬間、俺のナイフもが木の根に絡み取られていた。


「なっ……? いつの間に!?」


 そして、最悪なことが次々と起こる。

 ミアを縛り付けていた木が、ぼごっ、と根元から盛り上がった。

 木の根はまるで生物のように蠢き、ミアを森の奥深くへと連れ去っていった。


「ミア――――!!!!!」


「タザキ、逃げろ……早く、逃げろ!!」


『『『じゃあ次は、私の番だよ。ベリアル・リリカル・ジャイアントスター!!!』』』


 ズゥウウウウン…………

 地鳴り。

 木々は揺れ、危険を察知した鳥が飛び立っていく。


 巨大なベリーが歩みを再開した。

 俺達を踏み潰すために。


 ポルカが、俺を縛り付ける木の根に齧りついた。

 頑丈でびくともしない。


「だめだ、僕の力じゃ齧り切れない」


「あ、当たり前だろう……こんなに太いんだぞ……?」


 普段のポルカならこんなことはやらない。

 木の根の強度と自分の噛む力を比べ、やる意味がないと判断すれば、絶対にやらない。

 だがポルカは諦めずに俺の周りを跳ね回ったり、木の根を齧ったりしているだけだ。


 いつものポルカとは明らかに違う、情けない姿だ。


「ポルカ、お前まさか――」


『『『不思議なお友達だね。でも邪魔はしないでね』』』


「ぶぎゃっ! 乱暴はやめるんだ!」


 ベリーがポルカの首根っこを掴み、地面に叩きつけた。

 それっきり、ポルカは動かなくなった。


「ポルカ、起きろ! ……おい、なんてことするんだ! ポルカが壊れたじゃないか! 何でこんなことするんだよ!」


『『『小鳥さん! お犬さん! 妖精のみんな! 出番だよ! みんな一緒に、出発だあ!!』』』


「俺の話聞いてねえな!?」


 この世の終わりみたいな地響きとともに、超巨大なベリアルが行進を再開した。

 その足下では攻撃用のドローンや機械獣モンスターが展開され、俺たちの方に迫ってくる。


『『『窒息死、失血死、圧死、爆死、轢死、自死! 今なら選ばせてあげるよ! おにいちゃんが好きなのを選んでね!!』』』


 俺は近くにいる、小さい方のベリーに叫んだ。


「おい! マジで止めろよ! こんなの、誰も喜ばないぞ!」


『『『どうして? 楽しくないの? おにいちゃん、もっと楽しもうよ! この世界、私が作ったんだよ! 私、この時が来るの、ずっと待ってたんだあ!』』』


 愛と希望のテーマパークの案内人だった者は、きらきらとした笑顔で反論する。

 心の底から俺が喜ぶとでも思っているのだろう。


「楽しいはずがないだろ! 何考えてるんだよ!」


『『『だってこれが楽しいって、私教えられたよ? 人を喜ばせるのが私達の使命だからねっ』』』


 業魔に感染した機械知性は、してしまう。

 裏返せば、それだけベリアルは人を愛しているのだろう。

 故にベリアルは来場者を楽しませるために、破滅的で劇的な暴力装置フェアリーランドを生み出してしまった。


 何て皮肉なウイルスなんだ。


『『『私は魔法の妖精。私は森の主。私は王。私は、みんなを愛する可愛い女の子。みんな、大好きだよ』』』


 ズゴォオオオ、と土煙を上げながら巨大なベリアルが接近してくる。

 小型の機械獣モンスター達も大群で接近してくる。


 一方で俺の武器は弓と矢だけ。

 しかも今は木の根でがんじがらめで動けない。ミアは既に連れ去られた。

 ポルカは地面に転がっている。

 絶体絶命というやつだ。


『『『さあお兄ちゃん、選んでみて? どんな死に方が一番楽しい?』』』


「くそ、離せ、離せ――!!」


 ダメ元であがいてみる。

 当然、木の根はびくともしない。


『『『そんなことしても無駄だよぉお? ねえ、お兄ちゃん。楽しいね。死って、楽しいねえ』』』


 ベリアルは蕩けそうな声で、愛しそうに俺に語りかける。

 ある意味で俺は悲しみすら覚えてしまう。

 ウイルスにさえ感染しなければ、ベリアルはただの人工知性でいられた。


 人々をテーマパークに案内するだけの機械でいられた。

 だがベリアルは友愛ウイルス――業魔に侵され、まともな判断ができなくなっている。


「ベリアル。……ある意味で、お前も被害者だよなあ」


『『『おにいちゃん、どうしたの? もっと楽しもうよ!』』』


 ベリアルは俺が死を受け入れた、とでも思ったのだろう。

 もちろんそんな訳がない。

 なぜなら俺には――確信があった。


 ポルカが無意味な行動をするはずがない。


 猫型ロボットみたいに俺の周りをくるくる回り、木の根に噛みつくなんて――猿芝居がすぎる。

 しかもベリアルに叩きつけられたくらいで壊れるはずがない。


「……なあ、そうだろう? ポルカ!」


「待たせたね、タザキ。ハッキング成功だ」

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