作戦

 テーマパーク内にあるスピーカーが一斉に起動し、爆音を鳴らした。


『『『ベリアル・リリカル・グリッドスター! フェアリーランドへ、ようこそ!』』』


 響きわたるは陽気な声。

 間違いなくベリアルだ。


「う、うるせええ……」


『『『私はベリアル! ベリーって呼んでね! この世界の王様になったんだ!』』』


 と言いつつベリーは一歩踏み出して俺たちを踏み潰そうとする。

 業魔ごうまに感染した機械は、全てこうなる。

 愛情の表現方法が――暴力にすりかわってしまうのだ。


「走れ、ストーム!」


 ミアが叫ぶように命令する。

 機械獣モンスターのストームがいななき、加速する。


 ――ズゥウウウウン………………


 地鳴りとともに、俺たちがいた庭園が押しつぶされていく。その場にとどまっていたら、即死だ。

 ベリアルがまた一歩進む。

 明らかに俺たちを殺しに来ている。


 ――ズゴォォオオオオ………………


『『『ゆっくりしていってね!』』』


 できる訳ねえだろ!


「どうする!? っていうかどうやって戦う!?」


 俺はミアとポルカの双方に問いかける。

 同時に背負っていた弓と矢を構え、いつでも撃てる体勢を取る。


「ベリアルの動きは遅いから、何とか隙を見て弱点を叩くしかないね。タザキの拡張現実オーギュメントにデータを転送する。とにかく冷静に対処しよう!」


 俺の視界に情報が上書きオーバーレイされていく。


「弱点は……首のあたりか。くそ、よりによって届かないとこかよ! どうやって攻撃する!?」


 敵を倒せるのはミアの槍だけ。

 だかいかにミアが鉄の王で業魔ごうまを倒す実力があるとしても、攻撃を当てられなければ意味がない。


「考えている猶予はないぞ! 次の攻撃がくる!」


 ミアが緊張した声で叫んだ。


『『『ベリアル・リリカル・シューティングスター!』』』


 ベリアルがステッキを振ると、カラフルな流れ星のエフェクトが空中に描かれる。

 同時に飛行型の機械獣モンスターが現れた。


『『『小鳥さん! お犬さん! みんなで一緒に踊ろうよ!』』』


 ベリアルのお花畑なセリフに応えるように、黒い影の大群が、城の中から出てくる。

 小鳥さんというよりは「攻撃用ドローン」の方が近い。先端部分には突撃用のツノみたいなのがついていて、機体を赤く明滅させながらこっちに近づいてくる。


「どこが小鳥だよ! 殺る気まんまんじゃねえか!」


 俺は思わず悪態をつきながら、弓を引き絞った。

 機械獣モンスターに照準を合わせ、矢を放つ。


 ――ズパッ!!


 気持ち良い音とともに、ドローンが爆ぜていく。


「いいぞ、タザキ。修練の成果が出ているではないか! だが、まだ甘いな――ハァアアッ!」


 ずがん!


 ミアが〝業魔ごうま殺し〟を一振り。

 飛行タイプの機械獣モンスターは吹き飛ばされ、他の機体を巻き込みながら爆発する。

 さすがは〝鉄の王〟。めっちゃ豪腕だ。


「すごいな……! でもこれじゃキリがない。何とか作戦を練らないと」


「同感だ。だが我らは囲まれている。正面から突破するほかないぞ」


 ミアは業魔ごうまと激しい戦闘をした直後だというのに、る気満々だ。

 だが冷静に考えれば状況はかなり悪い。

 ベリアルは信じられないほどデカい。しかもザコの機械獣モンスターは無限に湧いてくる。順当に考えたらジリ貧だ。


 となれば、別の方法を考えるしかない。


「……ポルカ。何か策はあるか?」


「一時しのぎでよければ……ちょうどフェアリーランドのを見つけたところさ。僕についてきてくれ」


 ポルカが俺の肩からぴょこんと飛び跳ね、猫の姿から球形に変身する。


「おお……その形、久しぶりだな」


「飛ぶ時はこっちの方が効率がいいからね。さて。ミアはストームを操縦して僕について来てくれ。タザキは弓で敵に応戦するんだ」


「「了解」」


 俺とミアが同時に応える。

 ポルカがふわりと浮かび、俺たちの前に出る。

 ミアは手綱を引き、ストームが急加速する。


 俺の視界には、無数のターゲットマークが表示される。

 拡張現実オーギュメントが俺に告げているかのようだ。こいつらを倒さなければ、生き残れないぞと。


「いいぜ……やってやるよ…………!!」


 弓をギリリと引き――放つ。

 ヒット。

 矢が貫通し機械獣モンスターが一撃で砕け散る。威力は十分だ。


「その調子だ! 後ろからも来てるぞ!」


 振り返ると、四足歩行の機械獣モンスターが追いかけてくる。かなりの速度だ。


 冷静に弓を構え、矢を放つ。

 ヒット。


 機械獣モンスターが地面に倒れ、遠ざかっていく。


「よし、何とか逃げられそうだ」


『『『あれれ? 待ってよー』』』


 とベリアルの間延びした声が響く。

 当然、無視だ。


 俺達はフェアリーランドを疾走した。

 ジェットコースターのレールを駆け上がり、石畳の西洋風の街並みを突っ切った。


 ベリアルの巨体が遠ざかっていく。

 油断はできないが、とりあえずは一安心だ。

 ポルカが空中で回転し、声をかけてくる。


「よし、この辺りでいいかな。目的地に到着だ」


   *   *   *


 辺りを見渡して、俺は呆気にとられた。


「思いっきり森だな…………」


 辺りは木々が生い茂り、小鳥のさえずりがどこかから聞こえてくる。

 俺達がいるのは動く巨大なテーマパークの中で、この森もその一部だ。スケールがデカすぎる。

 旧世界の技術というやつは、俺の想像を遙かに超えている。


「進化した業魔ごうまは自律的に考え、行動する。しかるべき資源さえあれば、これくらいのことは簡単にやってのけるだろうね。――さて、時間もないことだ。作戦を立て直そう」


 ミアが即座に話を切り出した。


「ポルカに聞きたいことがある。奴の首が弱点というのは本当か? そして奴の弱点に〝業魔ごうま殺し〟を叩き込んだとして、どこまで効果がある?」


「機械のスキャンは僕の得意分野だ。ベリアルの弱点部位は首のあたりで間違いない。ここにベリアルの機体を制御するシステムが集中している。これが一つ目の答えだ。

 次に〝業魔ごうま殺し〟がどこまで効果があるかだけど、ミアの力だけでは勝算は低い。あれだけ巨大な業魔ごうまとなると装甲も持久力もケタ違いだろうからね」


 ポルカの答えを受けて、ミアは渋い顔になる。


「やはり〝業魔ごうま殺し〟と言えど限界があるか……」


「そうでもないさ。業魔ごうまの本質は機械知性を狂わせるウイルスだ。そしてそのウイルスを殺せるのはミアの槍だけ。つまり最後のとどめは、ミアがやることになるだろうね」


「了解した。ではもう一つ。あの巨人――ベリアルを倒せば我らはここから抜け出せるのか?」


「断言はできないけど、可能性としては十分にあり得る。ベリアルが業魔ごうまに感染し、フェアリーランドを支配するまでに進化したという筋書きは、十分にあり得るだろう」


 ベリアルは『小鳥さんたち!』とか言って攻撃用のドローンをけしかけてきた。しかも自分でも王様だ、とも言っていた。

 ポルカの言うとおり、このテーマパークを支配している可能性は高そうだ。


「つまり我らは、あの巨人となったベリアルを倒さねばならない。そして奴を倒すためには、弱点である首に〝業魔ごうま殺し〟を叩き込まねばねらない……という訳か」


「そういうことになるね」


「状況は分かった。…………だが一番の問題は残されたままになるな」


 ミアがため息を漏らした。

 俺もミアと同じ気分だ。状況は中々に絶望的だ。

 敵はあまりにもデカすぎるのだ。


「タザキはどうだ? 何か考えはあるか」


「そうだなあ……」


 俺はこれまでの経験や、持っている手札を整理しようとする。

 しかし答えは出ない。

 推定レベル計測不能。

 普通に戦ってかなう相手じゃない。


 いいや、違う。


 そんな後ろ向きな考えをしている余裕はないぞ。

 考えろ。

 何か策はあるはずだ。


 そうだ――例えば。

 これまで俺は、そこら辺にある機械や道具を利用してきた。

 機械獣モンスターのパーツ。遺跡に転がる道具……使えるものは何でも利用した。

 そうやって全裸からここまでやってきたのだ。


 じゃあ、俺の外側に何がある?

 フェアリーランドには、何がある?


「なあポルカ。これは思いつきだけど――例えば、フェアリーランドの遊具をハッキングして、ベリアルを攻撃するのはどうだ?」


「ハッキング……とは何だ?」


 ミアは初めて聞く単語に困惑顔になる。


「要は、デカい遊具を操作してベリアルを攻撃するんだ。ポルカにはその力があるはずだ」


 純粋な戦闘力と言う意味ではポルカは頼りないが、この手の情報操作は得意だ。

 じっさい、機械獣モンスターを操るのも何度か見たことがある。

 ポルカなら、きっとできるはずだ。


「それで、できそうか?」


 ポルカは尻尾を左右に振りながら、淡々と答えた。


「タザキも中々無茶振りをするね。でも不可能ではないかな。ただしリスクはある。フェアリーランドのシステムに潜り込んでいる間、僕は完全に無防備になる。置物おきものの猫みたいにね」


「問題ない。要するにポルカを運んで敵から逃げまくればいいんだろう? 可能性があるならやるべきだ。……ミアはどう思う?」


「あの巨体と真正面から戦うよりはマシというものだ。タザキの作戦に乗ろう」


 ミアは俺の目を見つめ、強く手を握ってくる。


「タザキ。ともに戦おうではないか」


 自信も確証もない。

 だがミアと一緒なら、どうにかなる気がしていた。

 俺はミアの手を握り返した。


「ああ……一緒に戦おう。何とかしてこの窮地を切り抜けよう。決まりだ、ポルカ。具体的な作戦を詰め――」


 その時だった。


 が再び聞こえてきた。


『『『みぃいいいつけたっ!』』』

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