第19話 お断り

 暁が出ていった後、騎士団はすぐに現れた。

 皆全身を鎧で覆い、重装甲だ。先頭を行く人の中には騎乗しているものもいる。

 その騎士団を率いている男は、シモンもよく知る人物だ。騎士団長は馬から降り、兜を取りながらシモンに近づく。


「よく耐えた、シモン殿」

「ハンス団長。援軍ありがとうございます」

「といっても、この施設はすでに制圧済みか」


 シモンの後ろ、倒れている魔族を見てハンスはそう判断した。


「いえ、奥にまだ魔族の部隊がいるかもしれませんので、油断はしないでください」

「わかった。救護班、倒れている人たちを外に連れ出し治療を。残りは制圧に向かえ」


 ハンスの号令に団員たちは「はっ!」と声を返し、それぞれが動き出す。

 倒れている男たちを守っていた防護壁はすでになくなっており、一人ずつ団員が連れ出していく。


「お疲れのところ悪いが、報告をお願いできるかな? シモン殿」

「はい。この施設は魔族の将軍ティグリスが指揮していた施設であり、その役割は全線への物資への補給です」

「物資の補給、ということは魔界からの物資もあるだろうかね」

「その可能性は低いでしょう。もし魔界へのゲートを備えているのであれば、もっと魔力が濃いはずです」

「とすれば、こちらで調達できる物資に限られるか」

「はい。主に兵士と、食糧です」

「……兵士と、食糧か。たしかに戦争には不可欠なものだな」

「それを、人間から調達するための施設です」

「魔族の発想は、人間の想像を絶するものだな」

「思いついても実行しようとはなりませんね」

「それにしても、この施設は男しかおらんのか? 潜入依頼を受けた冒険者パーティには女もいたはずだが」

「ここは主に兵士を補給するための施設ですので。女性子供は別施設に送られている、という話もあるようですが、定かではありません」

「そうか……酷だが、その辺りは捕らえられていたものたちに聞くとしよう」

「その方が確かな情報が得られそうですね」


 ハンスがシモンの報告を聞き終わるころ、一人の団員が近寄ってくる。


「団長! おそらく将軍の部屋だと思われる場所が見つかったのですが……」

「そうか。確認に行こう」

「その……刺激があまりにも強い部屋でして……覚悟してください」

「そんなにか……?」

「はい」


 断言する団員に、ハンスは重いため息を吐く。


「俺が行きましょうか?」

「いいや。シモン殿は休んでいてくれ。あとは任せてくれ」

「それでは、お言葉に甘えて」


 シモンはハンスと別れ、施設から出る。

 久々に太陽の光を浴びた気がし、思わず日差しを手で隠す。


「——随分とお疲れのようですね」


 そう声をかけてきたのは、ローブを纏い、騎士団員とは雰囲気が全く違う人物。


「……魔術師団長までお越しだったんですか?」

「はい。魔術師団は私だけですが。騎士団だけでは対応できない可能性があるといわれましたので」

「そんなことはありませんでしたね。カミラ様を無駄足にしてしまい申し訳ありません」

「無駄足とまでは思いません。何せ——至高の魔術の残滓を確認できましたので」

「……至高の、魔術」


 その発言に、シモンは心当たりがある。おそらく暁が使った魔術のことだろう。

 史上最高の魔術師と謳われた魔王アウローラ。その所以となったのが、彼が使う証明式だ。確たる証拠はないが、彼の証明式は魂の存在すらも証明、あるいは否定してしまえるという。この世の森羅万象を操る、とまで言われた魔術式だ。

 だが、その反面、術式が長すぎて人間では到底扱えず、また使用する魔力量も膨大になるために生半可な杖では書き切る前に壊れてしまうらしい。

 暁の話が本当であり、何より暁が最後の戦闘時に魔族の魔力を無効化した魔術式が、それに相当すると考えられる。

 魔術師団長のカミラは、ワクワクした表情をして施設の方を見ている。シモンは心当たりがあることを悟られていないことに少し安堵する。


「噂には聞いたことありますが、この施設で本当にそんなものが使われたのですか?」

「確かに魔王アウローラにしか使えないと言われた証明式ですが……もしかしたら、継承している魔族がいるのかもしれませんね。術式の残滓が残っているうちに調べたかったのですが、どうにも霧散が早いようで……加えて騎士団が立ち入りを制限しているでしょう? これでは満足に調べることができません」


 残念そうにぼやくカミラに、シモンはそうですかとだけ返しながら横を通りすぎる。

 横切るシモンに、カミラは追加で声をかける。


「それと。物理結界に人が一人かかったのですが、魔力結界にはかかりませんでした。もしかしたら魔力を持たない預言の子が近くにいた可能性があるのですが——ご存知ですか?」

「……いいえ。そのような人物はいなかったと思いますよ。極限まで魔力を減らした人だったのでは?」

「魔術師団長の私の結界に欠陥があった、と言いたいのですか」

「カミラ団長も人間ですよ。不調くらいあるのでは」

「……ま、そう考えるのが自然ですよね」


 カミラはあまり気にしたふうもなく、そう答えた。

 内心どきりとしたシモンだったが、なんとか平静を装い、返すことができた。

 この人と話すのは心臓に悪い、そう思いながらシモンは騎士団が設営している陣に向かった。



☆☆☆



 暁は施設から離れるように林道を歩いていく。

 施設には眠らされている間に連れてこられている。知っている村はヘンリの住む村だけだが、戻り方もわからない。戻ったところでどうにかなるとも思えないが。


(シモンに街の方角だけでも聞いとくべきだったなぁ)


 そんなことを考えながら歩き続ける。

 道なりに歩いていけば何かしらがあるはずだ、と思いながら。

 数十分ほど歩いた頃だろうか。倒れた大木に腰掛ける金髪の人間が目に入った。あまりにも周りの風景に溶け込み、鳥や小動物が集まっている姿は彫像とさえ思わせるほどだ。

 が、暁はその人間——エルフを知っている。だからこそ、苦い表情を浮かべた。

 相手がこちらに気づいていないうちに引き返し、道を変えようと決め、振り返る。


「——逃げるな」


 気づいていないと思ったエルフに、背後から声をかけられる。

 その声音が低く、思わず肩を振るわせた暁。観念したようにため息を吐きながら前に、エルフの方へと向き直る。


「怖いんだよ、お前……」

「失礼。あまりにも無礼な態度だったもので言葉が強くなってしまいました」

「それがお前の本性だろ……」


 エルフは大木から立ち上がりながら、暁に寄ってくる。

 暁は近づいてくるエルフに警戒を怠らない。


「なぜそのように警戒するのですか。エルフは森の妖精と言われるほど心優しい存在ですよ」

「本当に心優しいなら、あんな低い声ださねえだろ」

「だからそれはあなたが無礼な態度をとったからです。私のせいではありません。あなたのせいです」

「ひでぇ責任転嫁だ……」


 暁はそう返しながら、目の前のエルフを見る。

 彼女の姿はアウローラの記憶の中に存在する。かつてアウローラが魔界の統治者として人間界に渡った時、エルフの国で出会っている。

 その時の彼女は確か——


「なんで王女様が、あんな辺鄙な施設に囚われてたんだ?」

「私が王女だということはご存知なのですね」

「名前もな、テレサ姫」

「まぁすごいですね。褒めてあげますよ」

「撫でるなッ!」


 手を伸ばし、頭におこうとしてきたテレサの手を弾く暁。


「子供扱いするな」

「あら、私からすればヒューマンは皆子供同然ですよ」

「年齢の話だろ。それで言えば、こっちからすればお前はおば——」

「あ゛?」

「——おばあちゃんなんだわ」

「……続ける人初めて会いました」

「もっと怖いのを知ってんのよな」


 予想外の反応に面食らうテレサと、内心震えながらも平静を装う暁。


「……で、結局なんだよ。もう用ないだろ。速記術もできたんだろ」

「はい。そうなのです。そうなのですよ」


 暁の言葉に、テレサは興奮したようにさらに詰め寄ってくる。


「まさか、ヒューマン如きに教えられるとは思いませんでした。そして、どうしてあなたは速記術を知っているのですか? どうしてあなたは証明式を使えるのですか? どうしてあなたは魔剣アロンダイトを持っているのですか? それら全て——あなたが魔王アウローラの写し身であることの証左なのですよ」

「だったらなんだ。それを信じる奴がどこにいる?」

「ここに」


 テレサの即答に、今度は暁が言葉を失う。


「……ですが、あなたには魔力がありませんし、魔族でもない。そんな存在になってしまったアウローラ様が不憫でなりません」


 本当に不憫そうに、テレサは暁を見つめながら一歩下がる。

 その態度に暁はげんなりしながら言い返す。


「アウローラも、もう戦乱に巻き込まれたくないんだろ。あんなに強かったら、また平和だなんだと理想を掲げて戦わなきゃなんねえ」

「そんなことしなければ良いだけです。ヒューマンではアウローラ様の凄さがほんの一部も伝えられない」


 憐れむように見てくるテレサに、暁は大きくため息を吐きながら強めに伝える。


「勘違いするな。アウローラの強さは平和を目指したからこそのものだ。そして——アウローラは何度生まれ変わり、どんな姿であろうと平和を目指す。魔王アウローラの生涯は、それを魂に刻んだのだ」

「……そうですか」


 暁の返答を、テレサは反芻するように目を瞑る。

 目を開けると試すように暁に一つ質問をした。


「では、あなたも人間界の平和を目指すのですか?」

「それが筋かもな」


 そう言いながら、暁はテレサを避けて進み、歩き出す。

 テレサはそのあとを追いながら、暁にさらに問いかける。


「だったら、どうしてあの騎士団員の誘いに乗らなかったのですか? 平和を目指すのでしょう」

「アウローラの思想は魂に刻まれたが、俺が継いだのは記憶だけだ。記憶にそんな使命感、存在しちゃいない」

「……詭弁では?」

「かもな。俺——赤城暁の魂がアウローラに侵食されたなら、平和を目指すだろう。それまでは、呑気にこの世界を楽しむよ」

「そうですか」


 そう言いながら、ついて歩くテレサに暁はむず痒さを覚える。


「……なんでついてくる。速記術も覚えて、魔族からも解放されて。もう十分だろ。帰れよ、国に」

「嫌ですよ、あんな国に帰るの。それに、私の目的が一つ増えたので」

「目的?」

「あなたが本当にアウローラ様であるなら——証明式を教えて欲しいのです」

「絶対に嫌」


 暁は本気で嫌そうな顔を、テレサに向ける。

 だが、その顔を見たテレサが何故か目を光らせる。


「絶対に教えてもらいます」

「嫌。絶対に教えない」

「見て盗みます」

「もう使わない」

「では記憶を取り出す魔術を使わせてください」

「嫌だ、つってんだろっ! ついてくるな!」


 耐えきれず、とうとう走り出した暁。それを追いかけるテレサ。


「人間界には詳しくないのでしょう? 私がいた方が都合が良くないですか?」

「ガイドをつけるにしてもエルフはお断りだよ!」

「じゃあ街までどうやっていくつもりですか?」

「適当に歩いてりゃ見つかるよ」

「結構遠いですけど、本当にいいんですか?」

「エルフと一緒に旅は嫌なんだよ!」


 エルフとヒューマン。その組み合わせが、この人間界でどのような目に晒されるか。

 それを考えるだけで、暁は逃げる速度が上がっていった。

 なのに、テレサはエルフとは思えない体力で、それに追い縋った。

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魔剣が導く先代魔王の英雄譚 水無月ミナト @lion1725

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