第18話 援軍
ティグリスは平静を装いながらも、内心はかなり焦っていた。暁が言っていたように、魔族の魔力が一切感知できなくなったからだ。
魔族は有り余る魔力に頼り切っている傾向がある。その頼りの柱である魔力がなくなったのだ。そのような経験は、魔王アウローラが魔界を統一した後の世代は初めてのことだ。
彼らは魔力のない戦いを知らない。
己の身体のみの、原始的な戦いをしたことがないのだ。
だが、彼らは——人間は違う。種族によって魔力量は違い、中でもヒューマンの魔力量は平均的だ。それゆえ、戦いが長引けば魔力を温存して戦うこともあれば、一切使わず武器のみで戦うこともある。
魔力の有無の経験の差が歴然としてある。
「……怯むな、数で潰せ」
ティグリスの命令は、今までのような力強さは持っていない。だが、魔族たちからすればそれは冷静さと捉えることもできた。
魔族は言われた通りに、数で二人を押し潰そうと走り出す。
その様子を、ティグリスは冷めた目で眺める。
魔力を持たぬ魔族がどれほど脆弱か、想像に容易い。
「将軍……! 物見から報告が——」
駆け寄ってきた魔族に耳打ちをされ、ティグリスは強く舌打ちをした。
正面ではたった二人の人間に手も足も出ず、薙ぎ倒されていく部下たちが映る。
はぁ、と嘆息を漏らし、ティグリスは命令を伝える。
「ここは切り捨てる。何人か連れて、青い炎を受けた魔族の死体をいくつか回収に行け。残りは捨て置く」
「マザー種はどうされますか?」
「放っておけ。どうせ長く持たん」
「わかりました」
頭を下げ、指示通りに数人の魔族を引き連れていく。
意識を正面に戻すと、すでにけしかけた魔族の半分ほどが倒れ込んでいた。人間二人とまだ戦っている魔族に対し、ティグリスは指示を下す。
「聞け! 施設を捨て、撤退を始める。その時間を稼げ」
ティグリスの指示を受け、魔族たちは攻勢をやめるとティグリスを守るように退いて構えた。
暁とシモンは荒い息を吐きながらも、臨戦態勢を解かない。
ティグリスの撤退の言葉を聞き、シモンは無理に笑って見せる。
「逃げんのか? 随分と弱腰だな」
「……煽らないでください。あなたたちとて、これ以上戦闘が長引くのは嫌でしょう?」
「長引くのは嫌だが、その援軍が俺の計画通りだったとしたらどうだ?」
「たとえそうだったとして、命をかけてまで足止めをする理由があるとは思えません。あなたは、人間を助けにきたのでしょう?」
「……ちっ」
シモンはティグリスに舌打ちを返し、デュランダルを収めた。それを見た暁も、構えを解いてアロンダイトを下げる。
「思い上がらないでください。この施設の魔族は補給部隊であり、戦闘向きではないのです。が、この借りはいずれ返します。そして——あなたも、必ず食材として確保します」
「それはやめてほしいなぁ」
捨て台詞のように残し、暁の返しを無視してティグリスは背を向けて歩き出す。
魔族が完全に見えなくなったところで、暁はアロンダイトを収める。そして暁とシモン、二人は同時に大きく息を吐き出した。シモンはその場に倒れ込む。
「や——っと終わった……全身くそ痛ぇ」
「お疲れさん、シモン」
暁も膝に手をつきながら、倒れ込んだシモンを労う。
「シモン、さっきお前が言ってた——」
「ああ、援軍な。俺の所属する騎士団の本隊だろう」
「……だから、今日だったのか?」
「ああ言っておけば、最悪お前だけを助けられなくても恨む対象ができて過ごしやすくなっただろ?」
「否定はしねぇけど」
シモンは最初、高級食材としての暁が生殖相手に選ばれ魔族の注目が集まるから脱獄を行うと言っていた。だが、実際は騎士団の攻め込む日が、今日だったのだ。
どのみち今日、シモンは脱獄を決行していたということになる。
「いい性格してるよ」
「アカツキほどじゃない」
そういって笑い合う二人。
死戦を抜けた二人の間には、確かな絆が生まれていた。
☆☆☆
「で、騎士団はもう来るのか?」
「そういう報告が来たんだろうな」
「そうか」
暁は壁を背に、座り込みながらシモンと話す。シモンは床に大の字に寝そべっている。
シモンの傷は塞がっている。倒れている魔族から杖を拝借し、暁が治癒魔術を施したからだ。だが、二人とも体力の限界であり、まともに動けるまでまだ少しかかりそうだ。
「アカツキ。お前、この後はどうするんだ?」
「この後か……あんま考えてねえな」
「だったら、俺とこねえか?」
シモンの誘いに、暁はきょとんとした顔をしてしまう。予想外の言葉だったからだ。
返答のない暁から、シモンは説明を求められていると思い、理由を話す。
「俺はこの後、魔界征伐に行く。その仲間を集めてて、今3人ほどに返事をもらってる」
「……魔界征伐に、ね」
「この聖剣デュランダルを持つ者の宿命なんだと」
そういって、シモンはデュランダルを掲げる。
「かつて英雄ローランがそうやったように、デュランダルに選ばれた人間は勇者として魔族の侵攻を退けるため、魔界に行き魔王を討つ。それが、宿命だ」
「……じゃあ、なんでこの後なんだ? 選ばれたならすぐに旅立つ者だと思ったけど」
「一つは仲間を集める必要があること、一つは俺自身の経験を積むため、そして何より——聖ヨハナ教会の教義から『千の人を救い、万の賞賛を受けし者こそ、勇者となり得る』とされてるからだ」
「なるほど。人を救いつつ、経験を積み、仲間を募るため人間界を回っていた、てことか」
「そ。んで、アカツキ。お前は今まであった誰よりも、俺はお前と一緒に旅に出たい」
「熱烈なラブコールだな」
「ふたり旅がいいってんなら、他の3人を断ってもいいぜ」
「それはもう病んでるだろ……」
シモンの熱すぎる言葉に、暁は逆に冷えた思いをする。
「けど……俺はもうちょっとこの人間界を回りたいかな」
「そうか。残念だ」
「諦めがいいな」
「お前は断る気がした」
ガシャ、と掲げていたデュランダルを力なく投げ出すシモン。
「それにアカツキは3人に匹敵するけど、3人がアカツキに劣っているとは思わないからな。俺としては、どっちでもいいんだ」
「いい奴らを見つけたんだな」
「アカツキが来てくれたら最高だったけど」
「悪かったよ」
ちょっと不満そうな声音のシモンに、暁は苦笑を返した。
「だったら、騎士団がつく前にさっさと出た方がいい。うちの教会は人間界の聖剣をすべて管理してる。お前の剣はたぶん登録されてないから、没収される可能性が高い」
「これ魔剣なんだけど……余計な揉め事になる前に、そうさせてもらおうかな」
よ、と暁は壁から反動をつけて立ち上がる。
暁が持っていたアロンダイトは、役目を終えたと言わんばかりにその姿を消す。
「……これ、どうなってんだろうな」
「一説にゃ、魔力で作られた異空間に収納されてる、て話だ。根拠も確証もないけど」
「そりゃそうか」
アウローラの記憶の中にも、きちんとした理論の説明はなされていない。それゆえの魔剣・聖剣と呼ばれる所以なのだろう。
「で、アカツキ。別れる前に教えてくれよ」
「何を?」
「——お前、何者だ?」
シモンの真剣な問いに、暁は気まずい表情を返す。
どうしたものか、と一瞬考えるが、すぐに大きく息を吐き出して覚悟を決める。
「話して信じられるものじゃないだろうけど」
「話すだけならタダだろ」
「そう簡単な話じゃないだけど」
暁はそう前置きをしつつ、シモンに身の上を打ち明ける。
自分がこの世界の住人ではないこと。
魔王アウローラの記憶があること。
アウローラが使っていた魔剣が、このアロンダイトであること。
そして、先ほど使った魔術がアウローラの魔術であること。
「——アウローラの意識が混ざってる、ていう感じはあんまりないけど、記憶に浸食される可能性はあるかもな」
暁は話をそう締めるが、おとなしく聞いてくれたシモンに少し不安を抱える。
こんな荒唐無稽な話が通じるのだろうか、と。
暁の過ごしていた世界ではそういう小説が流行っていたし、実際に自分がそうなるとは微塵も思わなかったが、だからこそ受け入れられているとも言えるのに。
シモンの次の言葉をドキドキしながら待っていた暁は、ようやくシモンが口を開こうとしているのに気づく。
「……そうか。お前が預言の子か」
「預言の子?」
「やっぱりアカツキ、お前はさっさとここを離れた方がいい」
そう言いながら、体を起こすシモン。
「俺の話、信じるのか?」
「お前には魔力が一切ないだろ? それって、この世界じゃありえない話だ。無機物にだって多少なりとも魔力は宿っているのに、お前は完全に0だ」
「確かにそうだけど」
「そんで、うちの教会の巫女様がそういう存在を預言していたんだ。過去にもいたみたいだし、まぁ聖教会の人間は疑いはしても否定はしないんじゃないかな」
立ち上がったシモンは、懐からメダルがつけられたネックレスを取り出す。
「これ、やるよ」
「メダル?」
「ああ。聖教会の特別な権限を与えられた奴が、譲渡することができるもの。一種の身分証だな。お前の身元は聖教会の特別戦闘員シモンが証明する、ていうものだ」
「へぇ。めちゃくちゃありがたいな」
「関所とか、犯罪に巻き込まれた時とかに見せればだいたい有効に働く。犯罪をする側にはなるなよ。スリ程度なら釈放してくれるだろうけど」
「そんな仇で返すような真似はしないよ……たぶん」
「腹減った時くらいは使え。一宿一飯くらいはなんとかなるし、困ったら聖教会にも頼れる。けど、今の話はしない方がいい」
「なんかあるのか?」
暁の問いに、シモンは少し答えにくそうにしながらも口を開く。
「預言の子、と呼ばれるお前みたいな存在を、聖教会は血眼になって探してる。魔界に送り込む数は多い方がいいだろ」
「なるほど。お前と同じように魔界征伐にいかされる、と……え、じゃあ」
暁はそこではたと気づく。
シモンと同じことをさせられるのであるなら、彼もまた同様の存在なのではないか、と。
「残念だけど、俺は魔力持ってるしこの世界で生まれ育ったよ。ただ聖剣に選ばれた、っていう特別はあったけど」
「そっか……じゃあここで一旦お別れだな」
暁はシモンにもらったメダルのついたネックレスを首かけながら、そういう。
「そうだな。騎士団ももうすぐそこまで来てるだろ。正面から出るなら今のうちだ」
「わかった。ありがとな、シモン。魔界に行くなら、またどっかで会えるだろ」
「お前が来る頃には平和にしといてやるよ」
「期待してる」
暁は苦笑を返しながら答える。
そんなに簡単に平和になるなら、アウローラは苦労しなかっただろう、と。たとえ向かってくる奴すべてを薙ぎ倒したとしても、魔界の平和はとてつもなく遠い道のりだった。そのはずなのだ。
暁は小走りで出口に向かう。出る直前で一度立ち止まり、シモンに振り返る。
「もし魔界に行ったら、龍人とは話ができるかもよ」
「龍人? 魔族とは違うのか?」
「見た目は魔族に似てるけど、思想は全然違う。会話したらわかるよ」
「そうか。龍人だな、覚えておくよ」
「じゃ、またな」
「ああ。また」
二人は手を振り合い、別れを告げた。
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