後編:信頼される侍従に許される範囲;それからの神器と新しい統治【完結】

 さて、話はリユユ21歳の頃に戻る。

 詳細は侍従が説明する、そういって、緑色のマントを翻して、殿下は立ち去った。聖騎士リユユに溺愛――いや、それは冗談だ! とリユユは脳内で動揺した――神器の鍵にまつわる業務を断る隙を与えずに。


 殿下の侍従クローリブル・ド・ゾンマーエンデンが話しかけてきた。


「モチシャー様」

 平民リユユだが、聖騎士になったことで、敬称は「様」となっている。

「はい」

「私のことはクローリブル卿とお呼びいただければと。神器の扱いなど、注意を要することもございます。長い名字は差し障りがあろうと、殿下のお許しが出ております」


 なぜそこで殿下? と思いつつ、リユユは呼称を確認した。


「諸々ご説明したいことがございます。まず、寮からこれからご案内する場所に移って頂きたく」

「かしこまりました」


 私物を収納魔法にまとめておくのも聖騎士のたしなみのひとつだ。女子寮の入り口前に駐車した移動器具内で待機したクローリブルのところに着替えと挨拶込みで30分後リユユは戻った。

 移動器具はいかにも貴族の邸宅らしい塀に囲まれた建物の前庭に止まる。


 ささっと降り立つクローリブルのあとをついて出ようとしたリユユの耳に軽やかな声と足音、そして目にその持ち主の小柄な姿が入った。

「クー、おかえりなさい」

「カティ、ただいま。リユユ・モチシャー様をお連れしたよ」

 クローリブルとはここ数年、折々に顔を合わせたが、こんなとろみのある表情をリユユが見たのは初めてだ。それは少し殿下がリユユに見せる表情に似ていたが、もっと安心感に満ち、あたたかい。妻と相互に通いあうような気持ちが心地良く感じられた。


 通された部屋をリユユは一瞬で大好きになった。応接間というより、家族が過ごす場所のようだった。広い机に、飲み物と軽食が配置される。もてなしのあたたかい気持ちとともに、これからの資料確認の邪魔にならないよう配慮されたのを感じる。

 小柄でふっくら、あっさり風味の素朴な容貌のカティは、内面から気品が湧き出すような生真面目な表情でリユユを見て、話しはじめた。


「殿下が先日入手した神器の鍵を聖騎士リユユ・モチシャー様に託したこと、夫から聞いております。このことを知るのは私たちふたりのみでございます。全力でお守りしますので、どうぞよろしくお願いいたします」

 向かいあったソファに座った夫婦へリユユは微笑んだ。

「こちらこそ、よろしくお願いいたします。私はこれからこちらで暮らすことになりますか?」

「はい、お部屋に後ほどご案内いたします。まずはクーから諸々ご説明します」


 カティが部屋を出て行き、元の無表情に戻ったクローリブルが資料をひろげはじめ、長い打ち合わせが始まった。


 なお、その後、子爵家の子どもたちも交えて楽しく暮らすようになったリユユとカティは、姉妹のように親しく敬称なしで呼び合うようになったが、クローリブル卿はずっとモチシャー様とリユユを呼んだ。


「クーは信頼されてはいるけれど、許されてはいないのよ」

 カティはそう言って笑った。


 *** 


 それから5年。

 リユユは自室で書類仕事をしていた。扉を叩く音がする。リユユはうれしくなって微笑み、すぐに落ち着いた声で呼びかけた。

「どうぞ、入ってください」

 満面に笑みを浮かべた新婚1ヶ月目の夫が入ってきた。リユユを抱きしめ、顔を近づける。フェリクスの目に映ったリユユはとろんとした表情を浮かべている。柔らかな夜着姿のフェリクスも、安心しきった色気のある表情をリユユに向けている。


 王国は昨年、共和国に生まれ変わった。共和制主義者の集団が議会を創設し、武力革命などではなく、平和に政治体制が変わった。

 とはいえ、公正な国際裁判により多数の政治犯は裁かれている最中だ。多くの既得権益をずるく私物化していた者たちにとって、王国がなくなること自体が打撃だった。それに加え、ふさわしい対応がなされているという。


 義家族(生物学上の父を含む)は没落していた。王国崩壊前、贅沢ができなくなりそうということをいち早く感じ取ったパーミリアは、夫を捨て娼館に就職した。矯正下着から自由になった贅肉多めの熟れた体ワガママボディは一部に人気を博すかも、と娼館の主人は期待した。しかし、口頭でのワガママに激怒した娼婦仲間に撲殺された、ものわかりのよい義姉を嘲ることに慣れてしまったのが死因に繋がった、という皮肉な末路だった。


 なお、残されたリユユの元婚約者は、「」という意味不明な汚い直筆書き置きを残し、全財産を換金した後、消息不明だ。


 共和制への移行を率いた者たちのひとりに、フェリクスの次兄がいた。いまは王国で不正をしていた者を取り締まる部署で実務を担当している。廃位王の弟、先代王の第二王子だった次兄は、療養所にいるふりをして、教養と見聞を広め、新しい政治体制を学び、ひとびとをつないだ。


 長兄の「せいしゅん」仲間の腐敗と専横に憤る弟フェリクスに神器を用いる策を授けたのも次兄だ。

 さまざまな神器の中で、フェリクスが苦労して入手し、リユユが戸惑いながら複雑な工程を経て鍵を開けた神器は、国の行政機関が連絡を取り合うことを容易にする機能を持っていた。使いこなせるようになるまで、3年ほど大変な苦労をしたが、確実で有用な神器技術を使いこなす共和国に国民は厚い信頼を寄せている。


「打ち合わせはうまくいきましたか?」

 平民同士、夫婦なのだから、敬語は要らない。そうたびたび言われても、直るものではない。

「うん、この間リユユが新しい魔法適用方式を提案してくれただろ、あれを教えたら、納期が早まるって」

 神器は、ひとがつくるものではない。いまリユユたちが使わせていただいている神器は、フェリクスが条件を満たし、試練を経て、授かったものだ。しかし、その鍵を開け、運用するための魔法を学び、適用して試行錯誤するのはひとだ。


 それをこの国では儀式と呼ぶ。


「フェリクス先生」

「何ですかリユユさん」

 悪戯っぽい、ぬるっとした表情をわざとしたようだ。

「子どもで無知な私に、儀式学を教えてくれてありがとうございます」

「こちらこそ、リユユを幸せにしたいと思った、そのことがこの国を幸せにした。愛してるよ」

「私も」


 フェリクスとリユユは手をつなぎ、リユユの部屋を出て、ふたりの部屋に入っていった。


--完--


私の連載小説もよろしくお願いいたします。

赤い文字で断罪される勇者は敬愛する妻とかぼちゃを食べる:暗い森で迷い惑って夢を諦めかけましたが、大切な家族と連れ添い幸せになります - カクヨム https://kakuyomu.jp/works/16817330661673670560

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神器の鍵を授けられた平民出の聖騎士様は義妹の策略で婚約破棄された悪役令嬢でした イチモンジ・ルル(「書き出し大切」企画) @rukakyo

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