マクベス/シェイクスピア

『マクベス』シェイクスピア

光文社古典新訳文庫、2008年


 戯曲『マクベス』は、中世スコットランドの領主マクベスが、三人の魔女のお告げに踊らされ、救いのかけらもなく転落していく物語です。「マクベスが王になる」という予言を信じて王を殺し、裏切りを恐れて友を殺し、疑心のままに貴族諸侯やその家族までも殺し尽くし、狂王マクベスはやがて怒れるイングランド軍により討ち取られます。

 この主人公マクベスが、善と悪どちらにもなりきれない心の弱さや優柔不断さを持つ人物なのです。魔女やマクベス夫人の働きかけ(そそのかし)がなければ、彼はまずこのような運命にはならなかったことでしょう。王に忠実な一領主として、その一生を終えていたはずです。


 王殺しの直後、マクベスが発した台詞に「俺はもう今後一生まともに眠れる気がしない!(意訳)」というものがあります。自分が犯した惨事に大きく取り乱し、夫人によってなんとか宥められる始末です。どう考えても悪人の器ではない。

 マクベス夫妻は自身の悪行によって、物理的にも精神的にも追い詰められていきます。イングランド軍の出陣を控えた夜、夫人が夢遊病によって夜な夜な寝所を抜け出るのが目撃されます。彼女は強迫的になんどもなんども手を洗い「手のしみ(血)が落ちない」と繰り返します。そして狂ったように「マクベス、さあベッドへ、ベッドへ、ベッドへ……」と一人呟きます。マクベスの懸念通り、彼らは眠りを永遠に失ったのです。


 そして最終局面には、マクベスによる有名な台詞があります。光文社古典新訳文庫からの引用を以下に記します。


「消えろ、消えろ、短いロウソク。人生はただ、うろつきまわる影法師、あわれな役者。出番の間は舞台の上で大見得を切り、がなり立てても、芝居が終われば、もうなんの音も聞こえぬ。能なしの語る物語。響きと怒りばかりはものすごいが、意味するところは無だ。」(p173)


たった一度の大きな過ちが、どうしようもない破滅をもたらし、やがて「無」となり果てる。マクベスは善でも悪でもない、ありふれた一人の人間だった。それがこの戯曲を悲劇たらしめています。

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青き日々の読書記録 あおきひび @nobelu_hibikito

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