あつあつを召し上がれ/小川糸

『あつあつを召し上がれ』小川糸

新潮文庫、2014年


 この本には7つの短編小説が収録されていますが、いずれにおいても「人生のさまざまな節目と食」について描かれています。


 認知症のおばあちゃんに届けるかき氷、婚約間近のカップルが頬張る町中華、別れを目前にした二人が最後に食べる松茸、嫁入り前の娘と父が亡き母を想い啜ったお味噌汁、男が愛人との心中旅行で堪能した美食たち、亡父を偲びながら母娘が作るきりたんぽ……。


 そうした一編一編を読むにつれ、食とは生とも死とも強く結びついたものだと感じさせられます。いくつかのお話では「食事の官能」といったことも綴られており、これらは興味深い視点でした。「食は生活の分かち難い一部分であり、色濃い命の結晶である」ということを思いました。


 最終編「季節外れのきりたんぽ」では、父を亡くしたばかりの娘と母が、父と毎年のように食べていたきりたんぽの鍋を作ります。深い悲しみが癒えぬままに、少しのぎこちなさを伴って調理は進んでいきます。

 そうして出来たきりたんぽは、何故かとても不味かった。すっかり落ち込んでしまった二人は、しかしあることに気づいて笑い出します。なんと醤油と間違えて苦い薬草茶を入れていたのです。笑いと切なさの混じり合った結末に、じんわりと胸が温まりました。


「季節外れのきりたんぽは、思いのほか苦くて不味かった。この味を忘れることは、決してないだろう」

 この言葉を最後に、この物語は幕を閉じます。

 これ、かなり凄い台詞だと思いませんか。大切な人を喪った後、だんだんとその人の記憶が曖昧になってきて、温かな思い出も優しい声も、いずれ忘れていってしまう、そういう悲しさがあると思うのです。私自身も近しい人を亡くした時に、そうした感情を抱きました。

 この物語の母娘のように、失敗した料理を笑い飛ばせるような朗らかさがあれば、人生はもっと味わい深いものとなるに違いありません。

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