第11話 ハイヂェンの街へ
「それで、どうする? このまま赤龍のところまで行っちゃう?」
さっきまでの暗く沈んだ表情を笑顔の奥に隠して、青龍ランツァンが祠の上からぴょんと飛び降りた。
「たぶん赤龍も眠りについてると思うけど、ハイヂェンの街までは行けるよ」
「そうしてもらえるとありがたいが……リーファ。お前はどうだ?」
「どうって?」
「体調に変わりはないか? 青龍の祠を浄化したばかりだから、少し休んでからでも構わない」
「私は大丈夫よ。あ、でも馬も一緒に連れていけるのかしら?」
「連れていけないこともないけど、この先は僕がいるから移動には困らないよ」
「え? ランツァン、一緒についてきてくれるの!?」
「もちろん!」
てっきり移動の術を授けてくれるのかと思ったが、どうやら本人も旅に同行するらしい。それはそれで心強くはあるが、青龍本人がこの地を離れて大丈夫なのだろうか。
「同行してくれるのはありがたいけど、この地の守護は大丈夫なの?」
「泉を浄化した時に、この地には君の力も流れ込んだ。僕と君二人分の力が満ちているから、少しくらい離れていても大丈夫だよ。それに……黒龍を放っておくこともできないしね」
かつての同胞である青龍が同行してくれるなら、もしかして黒龍と話ができるかもしれない。青龍の記憶から見た黒龍は、虹龍の人間化については激しく拒絶していたけれど、話がまるで通じない感じでもなかった。
うまくいけば封印というかたちではなく、黒龍を元の守護龍に戻すことができるのかもしれない。それが実現できれば四龍の龍環はあるべき形に戻り、龍華国は再び美しく再生することができるはずだ。
一旦リーファとユーシェンは山を下り、麓の青龍の里へ戻ることにした。
土地の浄化に喜び合う人々はリーファたちを大歓迎し、その日は里長の家で一晩の宿を借りることができた。話せば馬も預かってくれるという。
翌朝再び里を後にしたリーファたちは、ランツァンと約束していた場所まで徒歩で向かっていた。
祠のあった山から流れる川を辿って歩いていくと、少し先に一本の木が立っているのが見える。その根元に寄りかかって座っているのはランツァンだ。
「ランツァン、お待たせ!」
「おはよう、リーファ。ユーシェンも、二人とももう準備はできたの?」
「うん。馬も預かってもらえたし、このまま赤龍の祠へ連れていってくれる?」
「まかせて!」
元気に返事をして、ランツァンが川から水を両手に掬う。空へ巻き上げられた水はまるで一本の細い縄のように弧を描き、リーファたちの目の前に薄青の
水環の中は水面のように薄い膜が張っていて、その向こう側には見たこともない赤い花がそこかしこに咲く、賑やかな街の風景がうっすらと見えた。
「ここに入ると赤龍の祠があるハイヂェンの街に着くよ。祠の詳しい場所は行ってみないとわかんないけど」
水環を通して見るハイヂェンの街は、素朴な虹龍や青龍の里と違って軒を連ねる店も多く、行き交う人々も何というかすごく都会的だ。道の脇にはまだ昼前なのに酒を飲んでいる男の姿も見える。
「祠自体が既に失われている可能性はないのか?」
あまりに賑やかな街の雰囲気に、リーファも同じことを考えていた。これほどに栄えた街ならば、赤龍の祠を守るという使命すら忘れ去られているのではないだろうか。
「それは大丈夫だと思うよ。祠の結界がなければ、ハイヂェンの街はここまで栄えてない。僕の祠の結界が機能しないとどうなるか、ユーシェンたちもその目で見たでしょ? ……って言っても、何かいつもより異様に元気な気はするけど」
「何にせよ警戒はしていた方がいい。リーファ」
目の前に手を差し出され、数秒遅れでその意図に気付く。初めての土地、未知なる水環の術に尻込みしていたのがバレたのだろうか。やっぱりユーシェンには敵わないと思いつつ、その配慮に心があたたかくなるのもとめられない。
差し出された手にそっと、自分の手を重ねようとして――。
「ユーシェンってばやさしー! 夫婦の愛だね!」
慌ててその手を振り払った。
「ひ、ひとりでも大丈夫だから!」
ランツァンの言葉に顔が赤くなるのを見られたくなくて、リーファは逃げるように水環の中へ飛び込んだ。
ひやりと肌を撫でる水の感触に閉じていた目を開くと、真っ先に赤い屋根瓦の大きな建物が視界に入った。建物の至る所には赤いランタンが提げられていて、風が吹くたびにランタンの黄色い飾り布が右に左に揺れている。見上げれば、青い空を埋め尽くす勢いで、赤い花びらが舞い上がっていた。
まるで真紅の洪水。
赤い屋根瓦の建物も、赤いランタンも、街のいたる所に咲く赤い花も、目眩を覚えそうなほど鮮烈にリーファの脳を刺激する。
情熱と活気に満ちた赤い街ハイヂェン。
赤龍スーフォンの加護を求めて、リーファは赤い花びら舞う新しい街へと足を踏み出した。
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コンテスト参加作品のため、ここまでを一区切りとして一旦更新を止めています。
お読みくださり、ありがとうござます。
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