パン作り (side ジョアンナ)

SSの投稿も本日でひとまず終了です。

ラストは主人公のジョアンナの子供の頃のお話です。

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 ある日の午前中。

 ジョアンナは厨房を覗き込んでいた。

 昼前ということもあり、厨房の中では昼食の準備をしている調理人が忙しそうに行きかっている。


 大きな声で次々と指示を出す年配の料理長。

 彼の周りにいる若い料理人たちも、バタバタと動き回り忙しそうだ。


 9歳になったばかりのジョアンナは壁の陰からその様子を見つめながら、なかなか足を踏み出せずにいた。

 彼女は小さな身体を何度も前後させている。


 そんな彼女の背後から、野菜の入ったかごを持った女性が近づいてきた。

 彼女は調理場に用事がある様子のジョアンナを見つけて、そっと声をかける。


「ジョアンナ様、どうなさいました?」

「きゃっ!」


 女性の声に驚いて、悲鳴を上げながら飛び上がったジョアンナ。

 厨房にいた者たちも彼女に気がつき、動きを止める。


 もじもじしながら俯いて黙っているジョアンナの元に、料理長がやってきた。

 彼はしゃがみ込み彼女と目線を合わせると。優しい表情で口を開いた。


「ジョアンナ様、どうしました?」


 ジョアンナは恐る恐る顔を上げて、料理長の瞳を見ると口を開いた。


「あのね、料理長。パンが欲しいの……」

「パンですね……少しお待ちいただければ、焼き立てのパンも用意しますよ」

「うーんと……お母さまも食べられそうな、やわらかいパンはある?」

「ヴィヴィアン様?」

「あのね、お母さまの元気がないから、パンを食べたら元気になるかなって思って……」


 ジョアンナの母であるヴィヴィアンは病をわずらっているのだが……病状が悪くなるにつれ、少しずつ食が細くなっていった。

 どんどんせていくヴィヴィアンを見ていたジョアンナは、好物のパンを食べれば彼女が元気になるのではないか、と考えたのだ。


 料理長は驚いたように大きく目を見開いた。

 そして、少しだけ赤くなった瞳を細めて柔らかく笑う。


「ジョアンナ様、一緒にパンを作ってみますか?」

「……いいの?」

「はい。もちろんです。きっとヴィヴィアン様も喜びますよ」


 ジョアンナは首を大きく縦に振ると、嬉しそうな笑みを浮かべた。

 それからジョアンナは若い料理人が大急ぎで持ってきてくれた椅子に立ち、料理長に教わりながらパンを両手で丸めた。

 白い粉のいっぱいついた小さな手で一生懸命にパンを丸める彼女の姿に、調理場にいた者たちは笑みをこぼす。


 パンがオーブンに入れられると、ソワソワとした表情を浮かべるジョアンナ。

 何度も何度もオーブンを見ては、待ちきれない表情をみせる。

 そこに料理長が近づき、彼女の頬についていた白い粉を布でぬぐった。


 パンが焼けるにつれ、辺りにはパンの美味しそうな香りが広がる。彼女はその香りを嗅ぎながら、ヴィヴィアンの笑顔を想像し笑みをこぼした。

 そうしてパンが焼きあがると、小さな籠にパンを入れてもらい、ジョアンナは調理場を後にした。



 誇らしげな表情で歩き出したジョアンナは、まっすぐにヴィヴィアンの部屋を目指す。


 トントン

 小さな手でドアを叩くと、すぐに侍女が出てきた。


 少し驚いた表情の侍女に案内されて部屋に入ると、ヴィヴィアンがベッドに座って本を読んでいるのが見えた。

 ジョアンナは顔に満面の笑みを浮かべ、駆け出すようにベッドへ近づく。


「まぁ、ジョアンナ、どうしたの?」


 ヴィヴィアンはジョアンナに気がつくと、本を閉じて柔らかく微笑んだ。


「あのね……、パン、焼いてきたの」


 もじもじとしながら籠をヴィヴィアンに差し出すジョアンナ。

 ヴィヴィアンはそれを両手で受け取り、かかっていた布をめくった。

 ふわりと立ち昇る湯気とともに、部屋にパンの良い香りが広がる。


 ヴィヴィアンは驚いた様子でパンを見つめた後、ジョアンナに目を向けた。


「わー、焼き立てね。いい香りがするわ」

「あのね、私が作ったんだよ」


 驚きを強めたヴィヴィアンは目を大きく見開いた。

 そして、すぐに嬉しそうに微笑む。


「まぁ、上手にできたわね。とっても美味しそう!」


 そう言ってヴィヴィアンはパンを手に取ると、小さくちぎってひと口だけ食べた。


「美味しい! こんなに美味しいパンは初めて食べたわ。ジョアンナ、ありがとう」


 そう言ってヴィヴィアンは手を伸ばし、ジョアンナの髪を優しく撫でた。

 ジョアンナはくすぐったそうに身体をよじりながら、嬉しそうに笑う。


 その様子を少し離れた場所で見ていた侍女が、2人にそっと声をかける。


「よろしかったら、パン粥にしてもらいましょうか?」

「そうね……お願いするわ。ジョアンナ、パン粥は甘くて美味しいわよー、一緒に食べましょう」

「うん!」


 ジョアンナは甘いパン粥を想像し、顔に笑みを浮かべてうなずいた。


 パン粥を作ってもらっている間。ジョアンナはヴィヴィアンのベッドの横に座り、パンを作った時のことを楽しそうに話した。

 それを聞きながら、ヴィヴィアンは柔らかく笑う。


 ドアが開く音が聞こえると、ジョアンナは勢いよくそちらに顔を向けた。

 侍女がワゴンを押して、こちらに近づいてくる。

 ワゴンの上には、湯気が上がった熱々のパン粥とハチミツが見える。


 楽しみな様子が隠し切れない表情のジョアンナの前に、静かにパン粥が置かれる。ふわりと立ち昇った湯気から、美味しそうな香りがする。


 ジョアンナは思わず笑顔になり、スプーンを手に取った。


「ジョアンナ、熱いから冷まさないとやけどをするわよ」


 そんなヴィヴィアンの言葉にうなずきながら、ジョアンナはパン粥をスプーンですくうと息を吹きかけた。

 その様子を微笑ましそうに見つめていたヴィヴィアンも、スプーンを手に取って同じように息を吹きかけて冷ます。


 何度か息を吹きかけたスプーンを、ジョアンナは勢いよく口に運んだ。


 ──熱っ!


 熱さに瞳を潤ませたジョアンナ。はふはふと口を開け閉めしながら、パン粥をなんとか飲み込む。

 その様子を見ていた侍女が苦笑いしながらジョアンナにそっと冷たい水を渡した。彼女はそれを受け取ると、勢いよく水を飲む。


 水で冷ましても少しだけピリピリする口の中。

 その痛みに、ジョアンナは少し涙目だ。


「だから言ったじゃない。ゆっくり食べなさい」


 ヴィヴィアンは笑いながらジョアンナの目元と少し汚れた口元を優しく拭った。


 それから2人はたくさん話をしながら、楽しくパン粥を食べた。

 ハチミツをたっぷり入れたパン粥は甘くて美味しくて、ジョアンナの顔からは笑みが絶えない。

 何より、ジョアンナはヴィヴィアンが笑っているのが嬉しくてしかたなかった。


 食事を終えると、眠そうに目をこすり始めたジョアンナ。

 すぐに眠りに落ちた彼女の寝顔には、幸せそうな笑みが浮かんでいた。




──あとがき───────────────

 

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