内緒の話 (side ハリー)

残念ながら入れられませんでしたが、

書籍の番外編に入れようと思って書いた裏話のSSです。

────────────────────


「久しぶりだね、ジョアンナ」

「お久しぶりです、ハリー叔父さま」


 客室でお茶を飲みながら再会を喜び合う2人。

 ジョアンナの向かいに座るのは、彼女の母の弟……つまり叔父にあたり、現在のシャノン男爵でもあるハリーだ。


 ジョアンナの父の再婚後からマーランド家とはやや疎遠になっていたハリーだったが、ジョアンナの誕生日には毎年欠かさずにプレゼントと手紙を送っていた。

 彼はジョアンナの結婚式に参加して、彼女の幸せな顔を見ることをずっと楽しみにしていた。


 それが、少し前に簡単な手紙で結婚式の中止の連絡が届いたので驚いていたら、最近になり彼女がリネハンへ来ているという情報が入った。

 ハリーは何度かリネハンへ手紙を送り、久しぶりにジョアンナと会うことができた。


「大変だったね……」


 元々あまり口数の多くないハリーは、そう言ってジョアンナの瞳をそっと見つめた。

 赤茶色の瞳には心配の色が浮かぶ。


「ご心配をおかけして申し訳ありません。結婚式にも来てくださる予定だったのに……こんな形になってしまって……」


 彼は首を左右に振りながら、優しく微笑んだ。


「リネハンはどうだい?」

「皆さん、とても親切にしてくださっています。お義母さまにも実の娘のように可愛がっていただいて、毎日楽しいです」


「そうか……それはよかった。ヴィンセント君とはどうだい?」

「ヴィンセント様とは、毎日一緒に昼食を食べているのですが、色々なことをお話しできて楽しいです。リネハンは魔の森が近いので、様々な魔物などの話を聞かせてくださいます……」


 瞳を輝かせて魔物の話を楽しそうに話すジョアンナを見て、ハリーは思わず目を細めた。

 彼女が幼い頃に、姉が両親に宛てた手紙の中でぼやいていたのを思い出す。


『ジョアンナが、虫に興味を持って大変だ』

『ジョアンナが、毛虫を手で持っているのを見て倒れそうになった』

『プレゼントだと言って渡された箱から蝶が飛び出してきて、心臓が止まるかと思った』


 目の前にいる上品な女性。

 美しい所作しょさでお茶を飲む姿からは想像できないほど、子供の頃の彼女はお転婆てんばだったそうだ。

 姉から手紙が届くたび、両親は大笑いしながら手紙を読んでいたものだ。


 ハリーの暮らすシャノンは、良質な小麦の産地として有名だ。

 姉がまだ元気だった頃、一度だけ幼いジョアンナを連れてシャノンにやって来たことがあった。

 小麦畑に案内すると、馬車を降りた途端に走り出したジョアンナ。

 嫁ぐ前は「走る」なんて行為とは無縁だった姉が、その後ろを困った顔で追いかけている。

 ハリーはそんな姉の姿に驚きながらも、思わず腹を抱えて笑ってしまった。


 屋敷に滞在中。

 庭で虫を捕まえては、姉に隠れてこっそりと両親へ見せにくるジョアンナ。姉とは違い虫が平気だった母は、楽しそうに彼女の話を聞いていた。

 ジョアンナが眠り大人だけの時間になると、昼間の話を楽しそうにする母。

 その隣に座っていた姉は、なんとも言えない苦い顔をしていた。


 あの赤い瞳を見つめていると、どうしても姉のことを思い出してしまう。


 姉の葬儀の時、小さな手をギュッと握りながら必死に涙をこらえていた少女。

 当時まだ生きていた母がそっと抱きしめると、瞳に大粒の涙を浮かべて泣き出して、母の腕の中でそのまま眠りについてしまった。


 あの小さな少女が立派な女性に成長して、目の前にいる。

 時間の流れを感じるとともに、彼女が笑顔で幸せそうに笑っていることに少しホッとした。


 姉のが明けるとすぐに後妻を迎えたマーランド。

 聞けば、すでに後妻との間に娘までいるという。それもジョアンナと同じ年齢の子供が、だ。

 身分の差もあり、あまり強くものを言えずにいたが、さすがに今回のマーランドの対応にハリーは強い怒りを覚えた。


 これまでシャノンは、相場よりもかなり安い値段でマーランドへ小麦を譲っていた。ジョアンナの婚約者がマーランドを継ぐと聞いていたからだ。

 ジョアンナの婚約解消の連絡を受けたハリーは、その契約をすぐに解消した。今後はマーランドと付き合うこともないだろう。


 そんなことを思い出してふつふつと怒りがこみ上げたハリーだったが、目の前の幸せそうなジョアンナを見ているうちに気がつけば笑顔になっていた。


 新しい婚約者やリネハンの人たちと仲良く過ごしているようで、ジョアンナは驚くほど穏やかな顔をしている。

 リネハンは厳しい土地柄のためなのか、王都などの貴族とは違い温かみのあるところがある。

 それがジョアンナには合ったのだろう。


 そんなことを考えながら彼女の話を聞いていると……遠い昔、姉が嫁ぐ前の記憶が頭に浮かんだ。

 ハリーはフッと小さく笑うと、まるで内緒話をするかのように口を開いた。


「ここだけの話だけど……実は姉さんの初恋の相手はケルヴィン様なんだよ」


 それを聞いて目を丸くして動きを止めたジョアンナ。

 そんな彼女を見て、悪戯いたずらが成功した子供のように内心でほくそ笑む。



 ハリーがまだ学園に通う前。

 姉と一緒にお茶会に参加すると、隣の姉が頬を染めて一点を見つめている姿をよく目にした。

 その視線の先をたどっていくと、決まって青い髪の美しい男性の姿があった。


 そんなことが何回か続いていたが……ある日、姉の瞳に哀愁あいしゅうの色が混じるようになったことに気がつく。

 青い髪の男性を探せば、彼の隣には愛らしい女性の姿があった。

 完全に自分たちだけの世界に入り込み、顔を寄せ合い夢中で何かを話している2人。

 どう見てもそこに姉の入り込む隙間などなく、子供ながらに姉の失恋を悟った。


 それから少しして、マーランド家との婚約が決まり、嫁いでいった姉。


 シャノンの屋敷を出ていく日。

 馬車に乗る前に一度立ち止まり、屋敷を見上げて切なそうな顔をした姉の姿をよく覚えている。


 あの時、叶わなかった姉の恋。

 その相手の息子に嫁ぐことになった、娘のジョアンナ。

 運命の悪戯いたずらとでもいうのだろうか……不思議なめぐり合わせを感じたハリーだった。


──あとがき───────────────

本日、書籍が発売になります!

Amazonでは書籍の挿絵が何枚か見れるようになっているので、

よかったら見てみてください!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る