流行りのカフェ (side キャロライン)

ジョアンナの妹のキャロラインの話です。

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 キャロラインは母のジュリエットと2人で王都に来ていた。


 お気に入りの店で新しいドレスを注文した2人は、満足そうな笑顔で店を後にする。

 彼女たちが次に向かったのは、最近開店したばかりのカフェだ。


 貴族女性の間で話題になっているこのカフェは、キャロラインが王都に行ったら絶対に行きたい場所のひとつだった。

 キャロラインは瞳を輝かせてカフェに入る。


 ゆったりとした作りの店内は、上品な家具で統一されている。

 至る所に飾られている美しい花は初めて見るものばかりで、店内にはほのかに甘い香りが漂っている。


 うっとりした表情で店内を見渡した2人は席に着くと仲良くメニューを眺め、ここでしか飲めないお茶とケーキを注文した。


「お茶会が中止になってしまって残念だったけど、お母さまとこのカフェに来られてよかったわ」

「せっかく久しぶりに王都へ来たのだし、帰りにお見舞いの贈り物も見ていきましょうか」

「そうね、お見舞いの手紙も送りたいし……」


 今日、キャロラインはお茶会に招かれていたのだが……主催者である侯爵令嬢の体調が悪いらしく、数日前に中止の連絡が届いたのだ。

 お茶会を楽しみにしていたキャロラインはがっかりしたが、母に誘われて久しぶりに2人で王都へ遊びに行くことにした。


「お待たせいたしました。アロゼ茶でございます」

 2人の前に静かに置かれたカップには、赤い綺麗な色のお茶が入っている。

 その鮮やかな美しさに2人は思わず笑みを浮かべた。


「まあ、これが噂のアロゼ茶ね。本当に綺麗だわ」

「お母さま、香りも素晴らしいわ」


 上機嫌な2人は同時にカップを手に取ると、口に運んだ。


「まあー、すっきりした味……」


 そう言って満足げにうなずいたジュリエットと違い、キャロラインは少し苦い顔をしている。

 それを見たジュリエットはくすりと笑うと、キャロラインの前に砂糖の器を置く。


「砂糖を入れたら? 多分、飲みやすくなるわ」


 キャロラインはスプーンひとつ分の砂糖をお茶の中に入れて、再びカップに口をつける。


「あっ! これなら飲めるわ」


 砂糖を入れてなんとか飲める味になったものの、アロゼ茶の独特の風味はキャロラインの口に合わなかった。

 このお茶を飲むことを楽しみにしていた彼女の表情は落胆の色を隠せない。


 そこへ注文していたケーキが届く。

「お待たせいたしました。季節のデザートでございます」


「わあ! なんて可愛いの!」

 目の前に置かれた皿を見て、キャロラインは表情を輝かせた。

 2人の皿には、それぞれ違う花を使った小さなケーキが2つずつのっている。


 キャロラインの皿には、黄色とピンク色の花のケーキ。

 ジュリエットの皿には、オレンジ色と紫色の花のケーキ。

 

 ケーキの周りは色とりどりの花びらやソースで飾られていて、まるで小さな花畑のようだ。

 2人は自分の前に置かれた皿をうっとりとした表情で見つめている。


 このカフェで出しているのは、隣国で流行っている食用の花を使ったお茶やデザート。

 花を使っているだけあり、お茶やデザートはどれも華やかで美しいものばかりだ。

 他国のものという珍しさも相まって、このカフェは開店直後から流行に敏感な貴族女性たちの間で話題になった。

 最近はどこのお茶会や夜会に行っても、一度はこのカフェの話題が出るほどだ。


「こちらの花も全てお召し上がりいただけます」

 飾りの花も食べられることを伝えると、店員は静かにテーブルから離れた。


「なんだか、食べるのがもったいないわね、お母さま」

「そうね、このまま眺めていたいわね」


 2人はそんなことを言いながら、ケーキの端に小さくフォークを入れて口に運んだ。


「わっ! いい香り!」

「本当……こんなケーキは食べたことがないわ」


 顔を見合わせて、2人は笑顔を浮かべる。

 彼女たちはお互いのケーキを分け合いながら、楽しそうにケーキを食べた。


 ケーキを食べ終えた2人は、2杯目のお茶を飲んでいる。

 キャロラインはいつも屋敷で飲んでいるお茶を、ジュリエットはアロゼ茶を頼んだ。

 

 ケーキの感想を話したりしながら、笑顔を浮かべていたキャロライン。

 そんな彼女の耳に聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「……ジョアンナさま…………」


 まさか、という思いを抱えつつ……キャロラインは耳を澄ませてその声を拾う。


「あの噂は本当なの?」

「ええ、お父さまが研究所で勤めている友人から聞いた話だから、間違いないわ。ジョアンナさまのスキルの再調査もしているらしく、研究所は大騒ぎみたいよ」


「まあっ! もしかして、ヴィンセントさまが回復されたっていう噂も?」

「ええ……噂通り、ジョアンナさまのスキルが特別なものだったらしくて、そのスキルを使ってヴィンセント様の治療をしたそうよ」


「まあっ! もしかしてあの美しい姿をまた拝見できるのかしら?」

「ふふ……本当に貴方はヴィンセント様が好きね」

「だって……素敵なんですもの!」


「それにしても、お父さまには困ったわ。『なんでキャロラインさまじゃなく、ジョアンナさまと仲良くしなかったのか』ってうるさいのよ」

「うちも同じよ。スキルの話を聞いてから、ジョアンナさまとの伝手つてを必死に探しているわ」


「本当、最近のお父さまは勝手なことばかり言って嫌になるわ。少し前まで、キャロラインさまのことも気にいっていたのに……」

「キャロラインさまがジョアンナさまの婚約者だった方と結婚したじゃない? それもあって、私はキャロラインさまとの付き合いを考えるように言われたわ。下手にマーランドと付き合って、リネハンに目を付けられても、ね?」


「ええ、うちも干ばつの時に先代にお世話になったから、お父さまはマーランドに恩義を感じていたのだけれど……これからはマーランドと距離を取るらしいわ。今日のお茶会もキャロラインさまを招いていたから、お父さまの指示で中止することになったし……」


 それはキャロラインが初めて聞く話ばかりだった。あまりの内容に彼女の顔色はすっかり青ざめている。

 急に黙り込んだキャロラインの様子に驚いていたジュリエットも、すぐに彼女たちの声に気がつき、少しずつ顔色を悪くしていった。

 2人はまるで石にでもなったかのように、動きを止めていた。


 それから数秒後……キャロラインはカッとした表情を浮かべて、立ち上がろうとした。

 そんな彼女の手をジュリエットが力強く掴み、首を左右に振った。


「だめよ。2人とも家格が上だわ」

 その声は消えそうなほど小さく、震えている。


 噂話に花を咲かせていたのは、今日のお茶会を体調不良で中止にしたはずの……侯爵令嬢。

 そして、もう1人は公爵令嬢だ。


 どちらの家も身分が高いだけでなく、影響力の強い家だ。

 そんな両家から恨みを買うことをジュリエットは避けたかった。


 頭に血が上っているキャロラインは、真っ赤な顔でいつものようにジュリエットをにらみつけた。

 しかし、彼女のあまりの顔色の悪さに驚き、何度か口を開け閉めした後で静かに腰を下ろす。


 それから2人は嫌でも耳に入ってくる令嬢たちの話を聞きながら、ただ息を殺して静かに座っていた。

 令嬢たちがお茶を飲み終えて楽しそうにカフェを出ていってからも、2人はうつろな表情のまま動けずにいた。


 しばらくして、静かに店を出ていった2人。

 彼女たちは、店に入ってきた時とは別人のような真っ白な顔をしていた。



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ジョアンナのスキルの噂が貴族の間で広がり始めた頃の話でした。

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