番外編

結婚式 (side フィリップ)

遅くなってしまいましたが、本日よりSSを何話か投稿します。

お読みいただけると嬉しいです。


最初はジョアンナの元婚約者のフィリップ。

本編の8-9話頃のお話です。

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 フィリップは鏡の前に立っていた。

 純白の衣装をまといビシッとなでつけた髪型をした彼は、鏡に映った自分の姿を見ながら気持ちが引き締まるのを感じている。


 今日はフィリップとキャロラインの結婚式だ。

 会場である教会の中に用意された控え室で、身支度みじたくを整えたばかりの彼の表情は明るい。


 ──やっぱり、白い服を着ると特別な気持ちになるな……。


 そんなことを思った彼の顔には、自然と笑みが浮かぶ。


 この国では初婚の場合、結婚式では真っ白な服を身につけるのがならわしだ。


 貴族は教会などで結婚式を挙げ、その後にパーティーを開く。

 平民は家族で集まっての食事会を開き、皆の前で愛を誓いあう。


 この日は主役の2人だけが白い衣装をまとうのだ。


 何色にも染まる色である「白」は、この国では始まりを象徴する色だ。

 この国の者はこの色に対して特別な思い入れがあった。


 赤子が生まれれば真っ白な産着うぶぎを着せて、その子の将来が素晴らしく色づくことを願い。

 貴族の男女が学園を卒業して初めて参加する正式な夜会では、白い衣装を身につけて大人たちの仲間入りをする。


 結婚式も親元から巣立ち、新しく家族を作る2人の始まりの日だ。


 フィリップも今日からキャロラインと夫婦となり、2人でマーランドを守っていくのだという決意に満ち溢れていた。


 ちなみに離縁や死別などで2回目以降の結婚をする場合。

 白に相手の髪か瞳の色を混ぜた色の服を身につけるのが一般的だ。


 青い髪か瞳の人が相手なら、水色の衣装。

 緑色の髪か瞳の人が相手なら、薄い緑色の衣装を身にまとうのだ。


 使用人が淹れてくれたお茶を飲みながらフィリップがひと息ついていると、控え室に両親や兄弟がやって来た。


「みんな、久しぶりだね」


 学園を卒業してからマーランドの屋敷で暮らしていたフィリップにとっては、家族に会うのは久しぶりだ。

 実家を出た頃は小さかった弟の背は、驚くほど伸びていた。可愛らしかった顔も、別人のように大人っぽくなっている。


 フィリップは満面の笑みを浮かべて家族へ近づき、彼らと嬉しそうに抱擁ほうようする。


 気を使った使用人たちは静かに頭を下げて部屋を出ていった。

 パタリとドアの閉まる音が聞こえて、部屋に家族だけになった瞬間。

 母はそれまで浮かべていた笑みを顔から消し去った。

 そして、とげのある声で口を開く。


「フィリップ、貴方、そんな顔をして自分が何をしたのか理解しているの?」

「え?」


 てっきり、温かい祝いの言葉をもらえるものだと思っていたフィリップは、母の言葉に驚いた。

 なにが起こっているのか理解できない彼は、救いを求めて周りを見わたした。

 すると、父や兄弟たちまでも、さっきまで浮かべていた笑顔が嘘のように苦い表情を浮かべている。


 フィリップが予想外の展開に戸惑い言葉をつむげずにいると、一番上の兄が静かに話し出した。


「ジョアンナ様のことだよ。あんないいお嬢さんを傷つけて恥ずかしくないのかい?」

「なんで花嫁を交換して、平気な顔で結婚式なんて挙げてるんだよ!」


 続けて口を開いた2番目の兄の声には、怒りの色がある。

 

「……それは…………」


「貴方から届いた手紙を読んだ時は目を疑ったわ。よりによって彼女の妹と結婚するなんて、何を考えているの?」


 母は声を震わせながら、フィリップを睨みつけていた。

 彼女の全身は怒りを表すかのように、震えている。

 そんな母を見て、フィリップは言葉を失った。


「貴方は忘れてしまったのかもしれないけれど、あの子が初めて貴方に会った時にどんな態度をとったか……私は忘れないわ。貴方が懸命に話しかけても、汚いものでも見るかのような視線を向けて返事もしない。挙句には、私たちのいる目の前で『あんな子と結婚したくない』って言ったのよ」


 母の目には涙が溜まり、顔は怒りで紅潮こうちょうしている。


「あの時、そんなあの子をいさめて貴方に一生懸命に話しかけてくれたのはジョアンナだったじゃない? まさか忘れたの?」


 その言葉を聞いた途端。

 初めての顔合わせの日のことを思い出した。


 これが自分の婚約の顔合わせだということを理解していたフィリップは、緊張しながらも一生懸命に彼女たちに話しかけた。

 それに丁寧に返してくれるジョアンナ。

 ふくれっ面で一切の返事をしないキャロライン。


 そんなキャロラインを見て困ったように眉を下げながら、ジョアンナはフィリップに話しかけてくれた。

 彼女のおかげで、なんとか場の空気が和んだことを思い出す。


 最近のキャロラインは自分の前ではいつも笑顔を浮かべていたので、あの頃のことはすっかり忘れていた。


 一度、思い出してしまえば、真っ白なキャンバスにインクを落としたようにどんどん広がっていく黒いしみ。

 それはあっという間にフィリップの心に広がっていった。


 それでも、自分の選択は間違っていないと思いたいフィリップは、ムキになって声をあげる。


「でも、キャロラインは【水魔法】を持っているし……」

「フィリップ……お前、本気で言っているのかい? 確かにお前も【水魔法】を持っているけど、小さな水の玉を出せるだけじゃないか⁉︎ それで何ができるんだい? キャロライン様も先代の当主のような使い手ではないんだろう?」


「…………」


 反撃の言葉が出てこないフィリップは、真っ赤な顔で口を開け閉めしている。


「確かにマーランド家は【水魔法】で有名な家系だ。でも【水魔法】を持っていないからってことで、お前がジョアンナ様にしたことは本当に正しかったのか? 婚約を解消するにしろ、もっと違う方法はあったんじゃないのかい?」

 

 子供に言い聞かせるかのように静かに話す兄の言葉を聞き、少し冷静になったフィリップ。

 彼の頭の中に、ジョアンナと出会ってから過ごした日々が駆け巡っていく。

 

 婚約したばかりの頃、瞳を輝かせて王都や学園のことを質問してきたジョアンナ。

 初めてエスコートした時に、照れながら自分の手にぎこちなく手を乗せたジョアンナ。

 研究所の人たちが来るたびに、不安気な様子を見せていたジョアンナ。

 いつも気丈に振る舞い、笑顔を絶やさなかったジョアンナ。

 見たことのない冷たい瞳で、フィリップとキャロラインを見つめていたジョアンナ。


 すっかりキャロラインとの恋に浮かれていたが、あの日以来、自分たちの前に姿を表さなくなったジョアンナ……。


 あの時、自分は何をしていたかを思い出して、スッと背筋が冷えるのを感じた。


 ジョアンナたちが2年間、学園の寮で生活していた時。

 フィリップは義父と常に行動を共にしていた。

 事あるごとに、【水魔法】を持っていることを誇らし気に話す義父。

 そんな彼の話を聞いているうちに、いつしか【水魔法】を持っている自分が特別であるかのように感じるようになった。


 そして……【水魔法】を持たないジョアンナが、自分より劣る存在のように感じるようになっていった。


 彼女から頻繁ひんぱんに届く手紙に返事をするのが億劫おっくうになり、適当な内容を書いて返信するようになった。そのうち、それすらも面倒になり「忙しい」という言葉を切り札に返事を出さなくなった。


 彼女がたまに屋敷に戻った時には、一緒にお茶を飲むことすらも面倒で適当な会話をするだけになっていた。


 そんな時に、キャロラインから想いを打ち明けられた。

 最初は悩んでいたフィリップも、いつしかジョアンナ優秀な彼女にかれていく。


 ──彼女は【水魔法】を持っているんだ。仕方ない。


 そんな言い訳に背を押されるかのように、あっという間に2人は恋に落ち、燃え上がってしまった。


 婚約を解消した、あの夜。

 ジョアンナがどんな思いでいたのかも考えられないほどに……。


 冷静になると、あれだけ誇らしく感じていた自分の【水魔法】がちっぽけなものに感じる。



 冷静になった様子で黙り込み顔を青ざめさせている息子を見て、それまで黙っていた父が口を開いた。


「自分でやらかしたことだ。そのむくいはいつかきっと自分に返ってくる。それをめて生きていきなさい」


 祝いの日とは思えないほど、冷めざめした部屋の中。

 さっきまでは自分の輝かしい未来に思いをせていたフィリップの瞳に、自身を映す鏡が見えた。


 純白な衣装に不自然なほど引きった顔。

 鏡の中の男はさっきまでとは別人のようにくすんで見えた。

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