42:2人の未来

 翌日、ジョアンナとヴィンセントは湖に来ていた。


 湖の近くには何種類かの鳥がいるようで、色々な鳴き声が聞こえてくる。

 湖の水は澄んでいて、覗き込むと小さな魚が泳いでいるのが見えた。

 この湖では魚釣りもできるそうだ。


 湖のほとりを2人で話しながら歩いていると、時折強い風が吹いて水面みなもが小さく揺れる。



 ジョアンナは隣に並ぶヴィンセントをチラリと見た。


 今日の彼はなんだか口数が少なく、いつもと雰囲気が違う。ジョアンナはそれに戸惑いを感じていた。

 


「ジョアンナ嬢、ボートに乗らないか?」


 ボートが置いてある辺りまで来たところで、ヴィンセントに誘われる。この湖の真ん中には小さな島があり、そこへボートで行くことができるそうだ。

 

 ヴィンセントが先にボートに乗り込み、手を差し出した。ジョアンナはその手を借りてボートに足を乗せる。ボートに移る時にボートがグラリと揺れて、ジョアンナは思わず悲鳴をあげてヴィンセントにしがみついた。

 


 2人の乗ったボートは、コリンナや騎士達に見送られながら岸を離れると少しずつ島へ向かい進んでいく。

 

 ヴィンセントは慣れた様子でオールをいでいる。

 水に浮かぶ感覚やボートが進む時に受ける風、そして飛んでくる小さな水飛沫。

 見下ろせば澄んだ水の中に魚が見えたりして、初めて乗ったボートはとても楽しかった。

 

 途中でジョアンナもオールを借りて少し漕がせてもらったが、その場で回転してしまい全く進まなかった。それに2人で大笑いしながら、少しずつボートは進み島に着いた。


 ボートから降りる時にも、少しボートが揺れたのでジョアンナは悲鳴をあげた。それに2人で大笑いする。



 そのままエスコートされる形でヴィンセントの手に手を重ねたまま、島を歩いていく。


 この島の中心はガゼボになっていた。テーブルと椅子が置いてあり、その周りは花壇に囲まれている。ヴィンセントはジョアンナを席までエスコートすると、マジックバッグからお菓子などを取り出して、慣れない手つきで並べていく。


 準備が整ったところで、彼はポットに入っているお茶をカップに注いで、ジョアンナの前に置いた。

 ジョアンナはカップを手に取りお茶をひと口飲むと、チラリとヴィンセントを覗き見た。やっぱり彼の様子がおかしくて、落ち着かない。

 

 ジョアンナは嫌な予感と不安を感じながらも、なんとか表情を崩さないようにしていた。

 

 そうして2人はしばらく無言でお茶を何杯も飲み続けた。


 わずかにカップを皿に戻す音が聞こえたかと思うと、突然、ヴィンセントが立ち上がった。

 そしてジョアンナの前に来て、静かにひざまずく。


 ──遂に……この時が来たのね。


 お茶を飲みながら彼の様子を見ていて、言いづらい話があるのを感じていた。ジョアンナはこれから言われるであろう別れの言葉から逃げ出したかった。しかし、なんとか微笑みを浮かべて彼の言葉を待った。


 ヴィンセントはしばらく逡巡しゅんじゅんした後で、ふところから小さな箱を取り出して、震える指でそっと開いた。その箱には赤い石の付いた銀色の腕輪が入っている。

 

 ジョアンナは全く予想していなかった展開に頭が真っ白になり、目を丸くしたままでその腕輪を見つめている。


「ジョアンナ嬢、この腕輪を受け取ってもらえないだろうか? リネハン家では自分で討伐した魔物から手に入れた魔石を使って腕輪を作り、それを結婚相手に贈るという伝統がある。この腕輪を作るのに随分ずいぶんと時間がかかってしまったが、どうか受け取って欲しい……そして私と共に生きてくれないか?」


 ジョアンナの瞳から大粒の涙がこぼれた。

 すぐに想いを伝えたいのに、喉が震えて声がなかなか出てこない。

 ヴィンセントは真剣な瞳で、祈るようにジョアンナを見つめている。


 なんとか首を動かし、縦に振ると……

 ヴィンセントから緊張した雰囲気が消えて、顔には笑顔が浮かぶ。


「本当にいいの?」


 ジョアンナは無言で何度も首を縦に振った。そんなジョアンナにヴィンセントは遠慮がちに手を伸ばして、そっと抱きしめる。彼女の震える体を包みながら、どんどん腕に力がこもっていく。


 しばらくそうして2人は、ただ抱きしめあった。


 ジョアンナが泣き止んで顔を上げると、間近にヴィンセントの瞳が見えた。2人はそのまま息がかかるほどの距離で見つめ合い、少しずつ顔を近づけて初めての口づけを交わした。


 重ねた唇が離れると、ヴィンセントは優しくジョアンナを抱きしめた。2人の頬は熱を持ち、赤く色づいている。お互いの温もりを感じながら、2つの心臓が大きく震える音だけが耳の奥で聞こえていた。




 心臓の音がいつもと同じくらいの速さになった頃、どちらからともなく顔を上げて2人は微笑んだ。ヴィンセントは箱から腕輪を取り出して、ジョアンナの右手にそっとつけた。


 ジョアンナは腕輪のついた右手を見つめて、幸せそうに微笑んだ。


「ジョアンナ、と呼んでもいいかな?」

「はい」

「ジョアンナ、愛している」

「私も……愛しています」


 2人は微笑みあい、もう一度唇を重ねた。



 


 ジョアンナが15歳の時に授かった【ログインボーナス】

 そのスキルが役に立たなかったせいで父親や婚約者に捨てられて、リネハンへやって来た。


 リネハンの人達はスキルに関係なく、ジョアンナという1人の人を見つめて大切にしてくれた。

 【ログインボーナス】が変化してからも、全員でジョアンナを守ってくれた。


 そして【ログインボーナス】で手に入れたスキルや数々の貴重な素材のおかげで、ヴィンセントの呪いを解くことができた。


「どんなスキルでも、その人に必要だから神様は授けるのよ」

 

 いつか母が言っていた言葉の意味が、今ならちゃんと理解できる。

 

 この【ログインボーナス】は、神様がヴィンセントを救うためにジョアンナに与えてくれたものだ。

 辛い思いも沢山したけれど、この【ログインボーナス】を授かれたことを、心から幸せに思う。


 これからも、色んな事が起こるかもしれない。

 それでもヴィンセントと一緒ならば、乗り越えられないことはないだろう。

 

 【END】






──あとがき───────────────

 

 最後までお読みいただきありがとうございました。


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 「本編終了後のお話」「ジョアンナの実家の状況」などを、いつか書きたいなと思っています。

 その時にまた読んでいただけたら嬉しいです。

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役立たずスキル【ログインボーナス】で捨てられた令嬢が、本当の幸せをつかむまで 碧井ウタ @aoi_212

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