41:魔の森
翌日、ジョアンナはバルコニーで朝食を食べていた。
朝は少し肌寒いが、空気が澄んでいて気持ちがいい。
サラダに使われている野菜が新鮮でとても美味しかった。別荘の裏にある畑で今朝採れた野菜を使っているそうだ。サラダのソースには魔の森で採れる植物が使われているらしく、こちらも良い香りがして美味しい。
今日は魔の森へ行って薬草を採取する予定だ。
いつも使っている薬草などの素材が、どのような場所に生えているのかを見ることができる。ジョアンナは魔の森へ行くことを心から楽しみにしていた。
「おはよう、ジョアンナ嬢」
「おはようございます!」
「今日の格好もとても似合っているね!」
1階に降りていくと、ヴィンセントが先に来ていた。彼の周りでは騎士達が荷物の確認や打ち合わせなどをしていて、少し慌ただしい雰囲気だ。
今日のジョアンナはいつものドレスではなく、森歩きができるパンツスタイル。冒険者と呼ばれる、魔物の討伐などでお金を稼いでいる者達が着ているような服らしい。
この服は、魔物の皮や魔物の素材から作られた布から作られている。とても頑丈なので、今日訪れる魔の森にいる弱い魔物に襲われても、傷ひとつつかないそうだ。
腰には革のベルトを巻いて、ナイフやマジックバッグも付けている。鏡で見るとなかなかカッコ良くて、本当に冒険者になったような気分だ。
ジョアンナはこの格好が結構気に入っていたので、ヴィンセントに褒められてご機嫌だった。
ちなみにヴィンセントの腰にも、ジョアンナと同じマジックバッグがついている。どちらも[ガチャ]で手に入れたマジックバッグだ。このバッグはサイズが小さい割に容量も大きく、時間停止機能も付いている
別荘から馬車で1時間ほどで魔の森に着いた。
普通の森と同じに見えていたが、馬車から降りて空気を吸い込むと少し重苦しいような感じがする。これは魔素と呼ばれるものがこの辺りに満ちているからだそうだ。この魔素が濃い場所では魔物が生まれやすく、そういった森を魔の森と呼んでいるらしい。
騎士に前後を挟まれる形で、魔の森に入っていく。
隣にはヴィンセントとコリンナがいて、左右を挟まれている形だ。コリンナは護衛もできるらしく、腰には短剣を2本下げている。
「ジョアンナ嬢、そんなに緊張しなくても大丈夫だよ! この辺りは小さな魔物しか出ないから……」
あまりにもジョアンナが緊張しているので、ヴィンセントが笑いながら声をかけてきた。
周りにいる騎士達も「ヴィンセント様がいれば、たとえオークが出ても一瞬で倒してしまいますよ!」「自分も初めての時は、緊張で膝が震えていました!」などと、笑顔で声をかけてくれるので、ジョアンナも次第に緊張が解けて笑顔になる。
「あ! あれが、いつも使っている薬草だよ!」
「どれですか?」
ジョアンナは指を差された辺りを見ても、草が沢山あってどれか全くわからなかった。彼はジョアンナを薬草の近くまで案内し、近くで指差す。そこには見慣れた薬草があった。
「これは、根を残すとまた生えてくるから、茎をこのくらい残して採るといいって本に書いてあったよ!」
ヴィンセントの話によると、以前は結構適当に薬草などを採取していたらしい。
しかし、きちんとした方法で採取すると、次の葉が生えるのが早くなったり、素材の品質が良くなったりすることがわかったそうだ。
ジョアンナの調合室で読んだ本には、そういったことが沢山書かれていた。ヴィンセントは本から得た知識を、これからの採取や討伐にも役立てようと思っているらしい。
ジョアンナはヴィンセントにやり方を教えてもらいながら、初めての薬草採取に挑戦した。
葉を持ち上げて、茎をナイフで慎重に切っていく。細い茎なのですぐに切れた。薬草を手に持つと、
ジョアンナが笑顔で薬草をヴィンセントに見せると、彼も嬉しそうに笑って頷いた。
それから、しばらくの時間、2人はしゃがんで薬草の採取を続けた。
ジョアンナを教えるヴィンセントの話を聞きながら、騎士達も本に書かれているやり方で薬草を採取しているようだ。
周りで魔物を警戒している騎士達も、その様子を見ながら微笑んでいる。そんな和やかな雰囲気で採取は続いていった。
「ホーンラビットです!」
突然の騎士の緊迫した声に、ジョアンナは顔を上げる。
周囲では「ガチャリ」という金属音がいくつも聞こえ、騎士が武器を構えて1点を見つめていた。ヴィンセントとコリンナも、警戒した表情でジョアンナを守りながら武器に手をかけている。
皆が見つめている方を見ると、灰色の少し大きめの兎のようなものが何匹がこちらに向かってくるのが見えた。頭には尖った角があり、兎よりも
──これが、ホーンラビット!? 思ったより大きいし動きも早いわ!
「妙だな……数が多いし、こっちに向かってきている」
「見てください! 後ろにブラックウルフがいます!」
騎士の指差す方向を見ると、黒い大きな魔物がすごい速さでこちらに向かってきている。
一気に緊迫した空気が高まった。ヴィンセントやコリンナも剣を抜き、戦闘体制に入る。
「コリンナ! 彼女を任せた!」
そう言うと、ヴィンセントは騎士達に指示をしながら2名の騎士を引き連れてブラックウルフへ向かって駆け出した。
残った騎士達はホーンラビットを1匹ずつ討伐していく。さすがと言うべきだろうか……騎士達の動きは無駄がなく、あっという間にホーンラビットは倒された。
そして、ヴィンセントが走った方を見ると、ブラックウルフとヴィンセント達がぶつかるところだった。
ブラックウルフは獲物が取られたことに腹を立てているのか、低い
「ヴィンセント様!」
ジョアンナは
祈るような気持ちでヴィンセントを見ていると、彼は飛びかかってきたブラックウルフをかわしながら、見えないほどの早い動きで剣を振った。
ブラックウルフは勢いのままに木にぶつかり、そのまま動かなくなる。よく見ると、首が近くに落ちているのが見えた。
ジョアンナはホッとしたせいか、急に足に力が入らなくなり、コリンナに支えてもらいながら少し離れた場所にある岩に腰かけた。
ヴィンセントは騎士達に指示を出し終わると、ジョアンナの元に走って戻ってきた。
「ジョアンナ嬢、大丈夫かい?」
「はい。安心したら急に力が抜けてしまって……」
「すまない。この辺りにブラックウルフの様な大きな魔物が出ることはないのだが、どうやらホーンラビットを追って出てきてしまったようだ。怖かっただろう……」
「大丈夫です。皆さん、慣れた動きであっという間に倒してしまったので驚きました。その……ヴィンセント様も素敵でした」
そう言うとジョアンナはなんだか恥ずかしくなり俯いてしまった。彼女の耳はほんのりと赤くなっている。
そんな彼女を見て、ヴィンセントは手で口元を押さえて視線を
そんな若い2人の初々しいやり取りを、周りの者は温かい目でそっと見守っていた。
しばらくすると、辺りの様子を見に行っていた騎士達が戻ってきた。どうやら、近くに危険な魔物はもういないようだ。
その後も魔の森の浅い部分を中心に歩き、薬草や木の実などを採取を楽しんだ。何度か小さな魔物に襲われたりしたものの、すぐに騎士が討伐したのでヴィンセントは剣を抜くことすらなかった。
その日の夕食は、ホーンラビットの肉を使ったシチューが食卓に並んだ。
その肉は癖がなく、大きな野菜がゴロゴロと入ったシチューは、とても優しい味がした。
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