隣ん家の兄ちゃんが勇者になって帰ってきてしまった……

有沢ケイ

隣ん家の兄ちゃんが勇者になって帰ってきてしまった……


 隣の家のハル兄が、二年の失踪を経て別人のような勇者とやらになって、美少女の嫁ふたりも連れて帰ってきた。


 自分で言っておいてアレだけども。訳わからんよ。なんソレ。こっちの心配は何だったの。しかも、そのニュース、ハル兄の家でハル兄のご両親とともに見たという。全員口開けてポッカーンだわよ。と言っても、別にご両親と私がテレビの前でくつろいでたとかいう訳ではなく。ハル兄の家とウチは普通のご近所です。

 その時、回覧板と父の出張土産を持って、玄関先で挨拶してた私は、ハル兄のお父上の叫び声に固まった。槙原さん(私はハル兄のお父上をこう呼んでいる。)は普段とっても落ち着いていて、叫んだりバタバタしない人なのだ。それが、動揺もあらわにユリさん、ハル兄のお母様のことを呼んでいる。

「ゆり、ゆり、来てくれっ! 悠人がっ悠人がテレビに」

 一瞬、ついにハル兄の死体がどっかで見つかったのかと思った。でも違った。別人みたいにガタイがよくなったハル兄がヘラヘラ笑ってテレビでインタビュー受けてた。

 何だか、よく分からない怒りがこみ上げてきた。ヘラヘラすんなや。妹分として恥ずかしいわ。


 そもそもの話、ハル兄の失踪自体がなかなかの事案だった。失踪したのはハル兄だけじゃなくって、なんと全国で一万人近くいたのだ。それが、一晩でいなくなった。ニュースで謎の失踪事件として連日報道されて、失踪した人たちが全員あるスマホゲームのユーザーらしいっていう話も出てきた。でも、そのゲームは普通に運営し続けていたし、ユーザーは失踪した人たちの何倍もいた。運営会社は黒幕扱いされたりして大変な目にあっていて関係ないなら気の毒なことだった。ユーザーの一部に送られていた送付元不明の招待メールの話も出たから、ネットでは異世界転移なんじゃないかとか言う話もあった。けど、多分誰も本気では信じてなかった。

 なのに、異世界の神さまからの招待メールに応じた人たちが転移して魔王討伐してきたのが真実だったなんて。真面目に捜査してた人達や、とばっちりで風評被害受けてた人達の苦労は。徒労感が半端ないよ。

 ハル兄たちは、何故か有名な神社の敷地内にゲートとやらを作って帰ってきた。そして謎のコスプレイベントとして一般の参拝客に通報されてバレた。あれでもコッソリと帰ってきたつもりらしい。失踪したのは一万人近かったのに、戻ってきたのは千人もいなかった。異世界の各地にバラバラに転移したとかで、行方が分かってない人がたくさんいる。だから多分、私たちは幸運で喜ぶべきなんだろうけど、なんかムカムカする。多分ハル兄だって苦労したんだと思う。美少女の嫁のひとりは命の恩人らしいし、いろいろと危険なこともあったんだろう。でも何か納得がいかない。

 私がおかしいんだろうか?


 報道から一週間経って、やっと昨日、ハル兄は隣の家に帰ってきたらしい。帰還者のなかでも勇者として一等目立ってしまったハル兄は注目の的で、ご実家である隣家も報道陣が詰めかけたりして大変だった。私の家にも取材が来たりしたけど、逃げ回ってなんとかなった。有名人の娘さんとかがいて、話題がそっちに流れたおかげでもある。その子はホントに別人みたいに容姿が変わっちゃったらしく、人間関係も一言で表せないほどゴタついてて、控えめにいっても修羅場だった。大炎上と言っていい。それはともかくとして。

 ハル兄は今、我が家のリビングにいる。我が家には応接間なんてものはないので仕方ないんだけど。ホント、何しに来たの?

「よ、ヨリ。その節は心配と迷惑をかけ……」

「ホントにな。この私が取材の人に追いかけ回される日が来るとは思わなかったよ」

「わ、悪い。こんなに騒ぎになるとは」

「思わなかったわけないよね。何なの勇者とか」

「何なんだろうな……気がついたらそんなことになってたというか」

「まぁ、今更だしそれはいいや。ハル兄ちょっとデカくなったよね。顔もビミョーに美化してるし、しかもボディバランスも相当変わってない? CGか」

 ハル兄は、見た目が変わっていた。例の大炎上中のクララちゃんほどではないけど。もとは地味に美形のひょろっとした人という感じだったのが、アスリート並みに引き締まった身体、顔は元の気配はあるものの、プチ整形したら大成功しちゃったみたいな仕上がりに。誰が見てもイケメンという感じになっている。

「魔力が高くなると、あっちの人間は美形化するらしいな。そういう設定? 設計? の世界らしい」

「漫画みたい。じゃあ向こうの美形は魔力がなくなると顔が弛むんかい」

「確認したことはないなぁ」

 ハル兄はヘラリと力の抜けた笑みを見せた。何しに来たの、ホントに。嫁は実家に置いて来たらしいし。

「で、用事は何なのさ」

「気になってたことがあって。あのさ、俺らが……転移した日のさ、夜のことだけど」

「夜?」

「ヨリは何してた?」

「何って、失踪事件の衝撃がスゴくてあんま覚えてないけど。うーん……、あ、描いてたわ、描いてた」

「イラスト?」

 私の趣味の一番目は、タブレットを使ったラクガキだ。好きすぎて時間が溶けるまである。お友達も絵描き関係が多め。

「ん、メリリちゃんのバースデー近くて誕プレの絵、アルケインとメリリちゃんのツーショット画描いてて、勢いで送りつけてメッセも送ってー、いつもなら、あの時間ならソッコーレス入んのに既読つかないなー、てソワソワしながらラクガキってたら朝に」

 そういえば、その日、絵描き友兼ゲーム友のメリリちゃんの反応が気になって、ハル兄もユーザーである例のゲームにログインしつつ、タブレットでラクガキってた。結局、メリリちゃんとは連絡ずっとついてない。本名知らんし、それ以上はどうしようもないけど、メリリちゃんも失踪した人たちのうちの一人だったのかもしれない。

「あの日、俺もヨリに送ったんだけどメッセ」

「……来てた、確かに。次の日、家帰ってから気づいて。失踪事件がもうニュースになってて。新サービスの体験できるらしいけど来ないかとか言っててワケ分かんなくて混乱した」

「あー……そのタイミングか。てか、俺の勧誘より絵の方が先なわけね」

「何。文句あんの」

 まぁ、ハル兄のメッセ無視してたのは悪かったけど。あとで地面にめり込むほど反省したよ。何より、アレが今生最後のやり取りかと思うと暗い気持ちになった。でもハル兄的には反応しなくてオッケーだったらしい。

「ない。全然ない。俺は無実だった。ヨリを巻き込んでなかった。正直、昨日フツーに家にいるって分かってホッとした」

 何でも、失踪……じゃなくて転移か、そのキッカケとなった招待メールでは、一人だけ他のユーザーか、自作のサブキャラを連れていけたらしい。そして、誘ったからといって合流できるとは限らなかったのだそうだ。ハル兄は、何となく私を誘ってしまったことを相当気に病んでいたらしい。転移した人の中には運の良し悪しがあって、向こうで死んでしまった人もいた。ハル兄たちがゲートを開いて戻って来るまで、失踪した人たちは誰も戻ってきていない。向こうで儚くなった人もいる。だから、私が招待に応じる人でなくてよかった、ということらしい。

「それが分かってスッキリした?」

「うん、まぁ、そうかな」

「じゃあ、ハル兄も疲れてるだろうし、もう帰っていいよ」

「え」

「え、他に何かあった?」

「あ、あるよ、ある。俺は、向こうで領地貰ったから、少ししたら帰らなきゃならない」

「そうなんだ、大出世だね」

「財産も結構あるんだ。家族にもそれなりの贅沢はさせてやれる」

 話の流れが意味不明になってきた。自慢? 自慢話なのかコレ?

「ヨリも、良かったら俺のところに来ないか」

「行くって何? 観光旅行みたいなこと?」

「お、俺の正妻として、だな」

「行かないけど」

「な、何でだ」

「何故って、逆に付き合ってもなかったのに突然正妻とか意味分からないし」

「突然じゃない。告白しようと思ってたんだ」

「嫁なら足りてるじゃん」

「俺はヨリが一番なんだ」

「無理。それに私もう進路決めてるし」

「絵描きなら俺が後見に」

「私、医療系専門学校に行って検査技師になるんだー」

「検査技師」

「ハル兄も領主様? 頑張ってね」

 いい加減ウザくなったので追い返した。ハル兄は嫁と幸せになるといいと思う。嫁も美少女だけど、なかなか強そうだからハル兄をうまく操るだろう。お祝いのキャラ絵とかぐらいは描いてあげようかな。

 けど、ハル兄。勇者になってイケメンになった途端に嫁になれとか、どうかと思うよ。もともとちょっと後先考えない人だったけどさ。



蛇足(勇者の母親と嫁たち)

嫁1「撃沈ですね、ふふっ」

母親「予想通りすぎて笑っちゃうわ」

嫁2「本命だからってヘタレすぎよね」

嫁1「落ち込んでますね。可愛らしいです」

母親「ヨリちゃんにはお嫁さんに来てほしかったけど、まぁ無理よね。あのふたり、ヨリちゃんに主導権があるもの(つまり、ヨリちゃんがお嫁さんになってあげようと思わないと絶対にムリ。)」

嫁2「もしかして、ハルトさまは勇者にならなかった方が本命を得られる目があったかも?」

母親「どうかしら。二年かかっても全然大人になってないから、無理かもしれないわね」

嫁1「でも困りましたわ。依子さまが来ないなら、他に事務能力の高い子を探さないと。わたくし、女神業しか分からないので領地経営ができませんわよ」

嫁2「私もハルトさまも戦闘能力極振りだからね。えへへ。どうしよっか。どこから拐ってこようか」

母親「誘拐しなくても、交渉してきた政府のお役人さんに紹介してもらえばいいと思うわ」

嫁2「そんな手が!」

嫁1「いんてり美女ですね。大丈夫です、ハルトも大好物です」

母親「あのコもねぇ……ごめんなさいね、残念な子で」

嫁2「いえいえ~、ハルトさま優しいですから~」

嫁1「むしろ、そこが可愛らしいです!」

母親「お嫁さんになってくれるシッカリしたコがいて良かったわー」

ツッコミどころしかない。

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