ふえ吹き男はひとりきり
石衣くもん
📯
ある時、ある国のお城の近くで、ひとり笛を吹く男がおりました。その男は、もともと小さな楽団に入っていて、そこで皆と一緒に演奏することが大好きでした。
しかし、ある日、楽団がいろいろな国へ演奏をする旅に出ることを決め、彼はこの国を愛しているからと、楽団をやめてしまったのです。
それ以来、自分の家の中でだけ笛を吹いていたのですが
「外の世界に出てみろよ。特に城下はいいぞ、たくさんふえ吹きがいて、お前なんかよりずっとずっと上手な奴もいるぞ」
と、旅の途中、楽団をやめて帰ってきた昔の演奏仲間に言われて、はじめて城下に行ってみたのです。
確かにそこにはたくさん笛の上手い演奏者もいました。さらに、太鼓が上手い者、歌が上手い者、踊りが上手い者もたくさんいて、楽団で演奏していた楽しい日々を思い出したのです。
そんないろいろな人がいる城下で、男は美しい少女に声をかけられました。
「あなた、素敵な演奏ができるのね」
「ありがとうございます」
「私、歌うのが好きなの。一曲演奏をお願いできるかしら」
男は、もちろん、と彼女の希望した曲を吹きました。すると、彼女はその演奏に合わせて、透き通る声で歌い始めました。
なんて、美しく可憐な声だろう。
男はその声にうっとりとしながら笛を吹きました。すると、一人また一人と、男と少女を取り囲むように人が増えていったのです。
二人の歌と演奏が終わると取り囲んでいた人々から、盛大な拍手が起こり、男はこの美しい少女のすごさにどぎまぎしていました。
自分一人で笛を吹いていた時は、見向きもされなかったのに、彼女は人を惹きつけてやまない魅力を持っているのだと思いました。
ぼーっと少女に見惚れていると、取り囲む人の輪をかきわけて、一人の男がやってきました。
「またこんなところで油を売っていたのですね、姫さま!」
「あら、口うるさいのが来たわ。あなた、また一緒に演奏しましょうね」
そう言うと、少女はやってきた男と一緒に城に向かって歩き出しました。ふえ吹き男は演奏に夢中になっていてわからなかったけれど、彼女はこの国の王女、ユーリイ姫だったのです。
それから、男が城下で笛を吹いていると、時々、王女には見えない格好をしたユーリイ姫がやってきて、男の演奏に合わせて歌うのでした。
「ユーリイ姫さまはすぐに城を抜け出して、こっそり民衆に紛れて歌うんだよ」
彼女は歌うのが好きだからね、と王女が「口うるさいの」と評した男が教えてくれました。彼は王女のお付きの男で、おてんばなユーリイ姫に手を焼きながらも、好きなことをやらせてやりたいのだと、歌い終わるのを待って、彼女を連れて帰るのでした。
ひとりで演奏するのも楽しかったけれど、ユーリイ姫が一緒に歌ってくれたり、お付きの男が手拍子してくれたり、それを城下に来ていた人々が喜んでくれたり、それはひとりの時とは別の楽しさを男に与えました。
しかし、そんな新しい楽しみは、ユーリイ姫の婚約が決まり、徐々に少なくなってしまったのです。
「もう私は、ユーリイ姫のお付きをやめさせられる。今度は他国との交易の交渉役に回されるらしい。お前とも、会えなくなると思う」
お付きの男は疲れた寂しそうな顔で言いました。ふえ吹き男は、そんな彼に何と言えばいいのかわからず、
「待っているよ、いつでも、ここで」
と、笛を吹きました。
「ありがとう」
笑ってお礼を言ったこの日を最後に、お付きの男を見かけることはなくなり、ユーリイ姫が城を抜け出して歌いに来ると、知らない男が歌っている途中でも、嫌がる王女を連れて帰るのでした。
「もう、ここには暫く、ううん、もしかしたらずっと来れないかもしれないわ」
ユーリイ姫が城下へなかなか来なくなったある日の冬、久々に男の笛に合わせて最後まで歌った後に、王女はそう言いました。
ユーリイ姫は悲しくて辛そうな顔で言いました。ふえ吹き男は、そんな王女に何と言えばいいのかわからず、
「待っています、いつでも、ここで」
と、笛を吹きました。
暫くして、王女は他の国の王様と結婚して、この国からいなくなったと、ふえ吹き男は知りました。
男はまた、ひとりきりで笛を吹くようになりました。そんな男の演奏を見てくれる人はひとり、またひとりと減り、男はそれを寂しく思いました。
それでも、男は、城下で笛を吹くのをやめません。そうして、今も、ひっそりと笛を吹きながら、ユーリイ姫たちと一緒に笛を吹く日を夢見ているのです。
ふえ吹き男はひとりきり 石衣くもん @sekikumon
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