第25話 摩訶不思議
(このガキの魔力、あと少しで無くなる。先ほどの攻撃がこいつの真骨頂か。まぁ、こいつにしてはマシな威力だな)
空気が揺れる。
大地がひび割れる。
テュランの肉体から放たれる膨大な魔力が、圧倒的な圧迫感を放っている。
その桁違いのスケールに、リベラは息を呑む。
既に彼女は「テュランに勝つ自分の未来」を想像できていなかった。
もはや、この戦いは消化試合だ。
「……ふぅ」
リベラは呼吸を整え、慎重にテュランを観察する。
そして彼の眼をしっかり見て、両手で長剣を構える。
たとえ活路が見えなくても、リベラは諦めない。
現状、リベラの魔力は通常時の四分の一にまで減少した。さっきのような大規模な魔術は展開できない。
生成できる長剣は、甘く見積もって三十本。
その三十本でテュランの身体を斬れるか、どうか。
一方、テュランもリベラの魔術を警戒していた。
慎重にこれまでの戦いを分析しながら、彼女の魔術を考察する。
(この女は、頑なに物理攻撃しか使わない。それは、オレにとって好都合だ。物理攻撃は”魔法攻撃”と異なり、防御に特殊な魔力操作を必要としない。単純な”硬さ”で耐えれば事足りるからだ)
蛇のように見つめるリベラの顔に、テュランは笑みを浮かべる。
(否、想定を超えるような物量で押された場合は、いくらオレでも致命傷になり得る。物理攻撃の厄介な点だ。まぁ今は気にする必要ない。多分だが、あの女の魔術は自分の質量以上の物体を生成することができない。だから、数で押し切ろうとするのだ。あの女がオレの想定を覆すような魔術を繰り出すことはないだろう)
分析を終えたテュランは、地面を蹴り、剣を構えるリベラに殴り掛かった。
「クックックッ! 接近戦は苦手か?」
テュランは高笑いしながら、彼女の顔面を容赦なく殴る。
魔力で「身体強化」を施しているとはいえ、素早さ・力ではテュランの方が圧倒的に上だ。
リベラも巧みな剣術で対応するが、腕を掴まれ、剣を放してしまう。
男だろうが女だろうが、テュランは手加減しない。テュランは隙をついて、リベラの腹に蹴りを入れた。
「諦めろ、オマエじゃオレに勝てない。今ならオマエを見逃す」
「バカに、しないで……!」
地に落ちた剣を、魔術で引き寄せる。
リベラは自身が生成した物体を、浮かせたり飛ばしたりすることが出来る。
無論、操作中は魔力を消費するが、新しいものを作るよりは消費量を抑えられるので、魔力を節約したいこの状況下では都合がよかった。
(既に作り終えた物体も操作できるのか……面白い魔術だな)
目前に迫る刃を見て、テュランは驚きに満ちた。
けれど、リベラは彼を睥睨したまま剣を振ろうとする。
躊躇いなく、彼女は口火を切った。
「あんたみたいな奴らが、アリシアちゃんを苦しめるんだ」
ひゅっと、風切り音が鳴った
眼球を動かせば、鼻先の寸前で横切る刃の軌跡が見える。
「——アリシアちゃんは、私が絶対に護る!」
狂気に燃える瞳が、テュランの胸を射抜く。
「……分からんな」
「なにがッ?!」
テュランの懐に潜り込むと、リベラは決死の想いで刀を振り上げた。
瞬間、ガンッ!と金属音のような轟音が響く。
テュランの手とリベラの剣が衝突し、火花が散った。その直後、テュランはリベラの刃を素手で握り、動きを止めると、もう一本の手で彼女の腰をつかみ体を投げ飛ばした。
飛ばされたリベラは、遠方の瓦礫に身をぶつけた。が、直ぐに立ち上がった。制服の裾やスカートから、大量の血が漏れ出しているというのに。
「……?」
テュランは怪訝そうに眉をひそめる。
なんだこいつ、と言いたげな顔だ。
もう既に、リベラの体は限界を迎えている。
何十本も骨を折り、折られた骨が内臓を突き刺していた。頭蓋骨にもヒビが出来ており、脳震盪が彼女の視界を薄めている。
立っているだけでも奇跡だ。
「ホント、オマエらは不思議な生き物だ。どうしてそこまでしてオレに立ち向かおうとする? 私利私欲の為に戦う魔人のほうが、まだ共感できたぞ」
「…………」
満身創痍のリベラを見ながら、テュランは思う。
(野蛮人……オマエのようなイカれた輩は千年前にもいた。他人の為に自らの命を犠牲にするような狂気人が。オレにはオマエらの行動原理が理解できない。オレはオマエらを”時代遅れの劣等生物”と見なしてきた。否、その”時代遅れ”は千年後の今においても図々しく繁殖していたのだな)
テュランは、ドブネズミでも見るような目でリベラを凝視した。
「さっさと諦めろ。オマエには、戦う理由がない。そこで大人しくしてろ」
「…………っ」
リベラは唇を噛んだ。
どれだけ足掻こうと、その刃はテュランに届かないから。
そんなふうに佇むリベラの姿を見て、テュランは勝利を確信した。
彼女に背を向け、再び”スカイタワー”を目指し歩き始める。
腸を抉るような”後悔”と”屈辱”が、リベラのなかで燃え上がった。
彼女は、端からテュランの土俵にすら立てなかったのだ。
その悔しさが、言葉となって現れる。
「……あんた、頭おかしいよ」
「はぁ?」
リベラの挑発を受けて、テュランは振り向く。
「あのとき、私にトドメを刺そうとしたとき……あんた、アリシアちゃんに現場を見られたから殺すのを止めたんだよな?」
「それがどうした?」
山でリベラと対決した際、瀕死の彼女に向かってテュランは魔術を放とうとした。
ところがその直前、魔物狩りを終えたアリシアが戻ってきた。
だからテュランはリベラを殺せなかった。
「でも、あんたほどの『魔術師』がアリシアちゃんの気配に気づかないとは思えない」
「…………」
「本当はさ……確かめようと思ったんでしょ? アリシアちゃんが、人を殺せる人間か……こっち側の人間なのかを——私を山賊ってことにして」
見定めるような目で、リベラが彼を観察する。
彼女の考察は、
「オマエ……やっぱここで死ぬか?」
テュランの逆鱗に触れた。
「頭が狂ってんのはオマエらだろ」
目を細めて、眉をひそめて、死んだ魚のような眼でリベラを見下す。
テュランには、リベラの気持ちが分からない。
彼女の感情を理解することは、空を飛ぶあの鳥の心境を察することに等しい。
無理難題な要求だった。
「もう、いい。一つだけ答えろ」
血だらけのリベラに、テュランは冷酷な音色で語る。
「——どうして他人のために戦える?」
「…………」
「オマエはいま、全身全霊で”勝てない相手”に挑んでいる。それは、その行為自体に愉悦を覚える人間でない限り進んで実行しようとは思わない行動だ。そんな中、オマエはオレとの戦いを楽しんでいない。つまりオマエは、オレと戦う理由を持ち合わせていないハズなのだ」
どれだけ苦痛を経験しようが、リベラは戦いを止めない。たとえ体が動かず、減らず口を叩くことしか出来ない状態となっても。
「オマエのような野蛮人は、昔にもいた。だがオレは、貴様らを”劣等生物”と見なして知ろうとしなかった。ところが劣等生物であるはずのオマエらは、千年間の生存競争を勝ち抜いて、いまオレを討ち取ろうと躍起になってる。どうしてオマエのような雑魚が生きてんのか不思議に思ってな……ちょうどいいタイミングだ。オマエらを突き動かす原動力を教えろ。オレがそれを正面から叩き潰してやるから」
テュランの疑問は、見当違いも甚だしい。
リベラは、彼が思い詰めるほどに複雑な理由を持っていない。
もっと単純で、純粋な感情――それを”理由”と呼ぶには、かなりロマンティックだ。
「——もう、いなくなって欲しくないんだ」
リベラが片目を伏せる。
その声はとても震えていて、今にも泣き出しそうであった。
悲しみが記憶からよみがえり、彼女の肉体に駆け巡る。
「アリシアちゃんが、悲しむ姿を見たくない。わたしが、護りたかったの」
「——っ」
リベラは、追憶をたどる——二人がまだ、一緒に同じ校舎を過ごしていたときのことを。
千年の封印から目覚めた男が現代でも無双する話~ハーレムを添えて~ やきとり @adgjm1597
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