最終話 こんなところで手打ちでどうすか?

 魔王を殺すこと。

 それが僕のスキルが最大覚醒、つまりは神殺しの病原となりうる条件であった。

 その条件を見越してルイーゼ様はこの世界で魔王になっていたのだ。自分を犠牲にしてまで、神の傲慢さを否定し、この世界を救おうとするその姿勢に僕は心打たれた。

 だが、最大限の躊躇はした。ひどい扱いだったとはいえ、とてもお世話になった女神様であるのは間違いない。それをおいそれと殺せるほど僕はサイコパスではない。


 優柔不断でいつまでも移動式ベッド棺桶から出てこない僕に痺れを切らしたルイーゼ様があれだけ自慢していた移動式ベッドを叩き壊すまで躊躇し続けてはいた。

 そして、女神様は最後まで無茶振りしてくるのだった。その場にいた魔族を転移魔法で強制的に部屋から退室させると、こう脅してきたのだ。


「この部屋は封印しました。しばらくは誰も出られません。私を殺さないためには、今この場いる人間を全員、代わりに殺すことになりますよ。簡単な算数の問題です。これで私を殺す理由はできましたね。」


 僕のスキルは僕の意志では止められない。できることは、その対象を設定することだけだ。そして、今は魔族対象になっていた。これは魔王となったルイーゼ様にも効くのだろう。もうすでに苦しそうな表情をしていることからも、それは確かだ。

 その苦しみを止めるには設定を人間に変えるしかない。だけど、そうすれば他の仲間が死ぬ。

 僕ごときが正しい答えを出せる問題ではない。

 だけど、僕はそこまでルイーゼ様を想えない。

 女神様のいう通り算数の問題で考えるしかなかった。

 


 救える命の多いほうを選択するのだ。


 本当に酷い上司だ。

 現世の上司よりよっぽど残酷な命令を下す。


 せめての慈悲だろうか。早く事が済むように、ゼロ距離で女神様は僕の病原を浴び続けた。事切れるまで僕を抱擁してくれたのだ。

 仲間たちが口々に何かを叫んでいるが、何を言っているかを理解する余裕は僕にはなかった。現世のデスマーチを思い出し、ただただ心を殺すしかなかったんだ。


 それでも頬に一筋涙が零れるのを感じて、ほっとする。

 ああ、良かった、僕はまだ人間を辞めてはいないのだなと場違いな感想が浮かんだ。


 どのくらいの時が経ったのか。永遠のようにも、刹那のようにも感じる虚無の時間が過ぎ、必要な工程が終わった後に、部屋にまるで別の惑星にいるような重い空気が充満した頃、徐に部屋の扉が開いた。

 封印とやらが解けて、どこかに飛ばされた魔族達が帰ってきたのかと思ったのだけど、そこに立つのは神々しい雰囲気を放つ唯一無二の人物だった。


「ええと女神、いや魔王ですかね……まぁ何でもいいですど。それくらいの存在になると実体を持った幽霊が生じてしまうんですかね?」


 僕は泣いているのか笑っているのか、どっちつかずの顔でそう聞いた。


「あれ?言ってませんでしたっけ。殺してもらうのは飽くまでも魔王の私ですから、女神の方には影響無いんですよ」


 ルイーゼ様は、時々大事なことを言い忘れる。

 あの意地悪な笑顔は、絶対わざとだけど。


 そうして無事神殺しのスキルを得た僕は、仲間たちと共に神々に宣戦布告した。

 と言っても僕にとっては、無茶振りな上司に振り回される日々に変わりはないんだけど。


 ……まぁそんな日々でも楽しいから、別にいいか。

 詳しい話はまた別の機会にするよ。

 

 <了>

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主体性0の社畜、異世界を征く。~神々の傲慢さ故にバイオテロ的存在で転生しほぼ棺桶生活の要介護者だけど、優秀な女神のご指導で魔王になれました。~ 筋肉痛 @bear784

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