第36話 僕は女神を恨んでますか?

「あのぉ、水を差すようで申し訳ないんですが、勝ち目はあるんですか?確かに皆さん人間離れしているお力を持っていて、ルイーゼ様も神に匹敵すると太鼓判を押してくれましたがそれだけではどうも心配でして」


 僕以外全員の決意表明が終わり一旦落ち着いて座り直した所で、仲間はずれにされた悔しさからそんな嫌味を僕は言ってしまう。卑しい、卑しいぞ、僕。でも、それが僕!


「まさにそこが問題ですよね。私も勝機がまったく無い勝負は挑みません。そこで鍵になるのは貴方です、スナオさん」


 ルイーゼ様は余裕の口調だ。むしろ、この質問をするように誘導された感がある。

 皆の注目が棺桶に集まる。女神の手の平の上で舞踏会をやらされている気分だ。


「このタイミングで冗談は人が悪いですよ、ルイーゼ様。僕は厄介なスキルを持つだけのただの人間ですよ。神からしたら取るに足らない矮小な存在だと思いますが」


 謙遜ではなく事実を伝えた。神に匹敵するというライラやギュンターがその気になれば小指の先だけで僕を殺す事は簡単だと思う。実際、ギュンターは納得のいかない表情だ。この話は聞かされていないらしい。


「その厄介なスキルが肝要なのです。貴方の病原は……神に届き得ます」


 ルイーゼ様は何かを決意するように噛み締めるように言った。

 僕のスキルを知らない魔族側の人間は困惑顔だ。気の利くライラが補足説明をしてくれた。皆一様に驚きと若干の恐怖が入り混じった顔をしている。

 致死性の未知のウィルスが近くにあると言われればそうなるのは仕方ないよね。


「現状、人間が魔族しか対象を選択できませんが神を選択できるようになるって事ですか?神は自殺願望でもあるんですか」


 このスキルは神が作ったもののはず。自分達を絶滅させる可能性のある物を作るのかな?そんなに神は愚かなのか。


「神って結構バカなの?」


 アユミが僕の気持ちを代弁する。


「アユミさん、失礼ですよ!」


 真面目なライラが制止する。そうしなければ、今にもギュンターに粛清されそうだった。


「いえ、その通り愚かなのです。アユミさんの元いた世界でも人類を滅ぼしかねない兵器がいくつも開発され保有しているでしょう。神も似たようなものです」


 確かにそうだ。人間は使えば自分達を滅ぼしかねない兵器を抑止力を言い訳に保有している。それでも戦争はなくならないから抑止力として意味があるのかは疑問だけど。

 神が人間より賢いという思い込みは捨てた方が良いのかもしれない。神話に出てくる神々も大概な奴が多いし。


「まあ、そのスキルを創ったのは私なんですけどね」


「殺意が溢れすぎ!」


 僕は思わずツッコミをいれてしまう。


「危うく廃棄されそうになった所をギリギリ間に合って良かったです。今回ばかりは、上層部の決断の遅さに助けられました」


「なるほど。……ということはつまり、ルイーゼ様の意思でこんな厄介なスキルを僕につけたんですね?」


「正にその通りです。貴方のような主体的に動こうとしない、それでいて指示を素直に確実に実行できる転生者を待っていました。どうでしょう、私が憎いですか?貴方が拒否するならば、この計画は白紙に戻します」


 僕はルイーゼ様が憎いのだろうか?いや、そういう感情は湧いてこない。無茶振りが多いというかそもそも与えられたスキルが無茶振りの権化だし酷い目に何度かあったはずだけど何故だろう。

 同じく無茶苦茶な指示ばかりで実質僕を殺したに等しい前世の上司達は地獄へ落ちろと思うほどに憎い。

 命令や指示を全うしているだけという点はルイーゼ様と上司でそんなに大きく変わらない。何がそんなに違うのか?

 指示をするルイーゼ様が空前の美女、女神だからだろうか。……まあ、それはひとつある。おじさんより美人に命令された方がやる気が出るのは男の子なら仕方ないよね。

 でも、指示はルイーゼ様の方が苛烈だ。失敗=死の命令はいくつもあった。

 前世は結果的に死に至っているが、ひとつひとつの命令は、失敗すれば激詰めされるものの命までは奪われなかった。


「どうしました。憎すぎてフリーズしましたか?」


 長い思考に痺れを切らした女神から催促が入る。


「いえ、……分からないんです。冷静に考えると憎いはずなんですが、どうもそう思えないんです」


 結局自分の感情をうまく言語化できないのでそれを素直に吐露することにした。


「相変わらず名に恥じぬ素直っぷりですね。しかし、分からないのは困りますね」


 沈黙が場を支配する。いや、なんかごめんなさい。


「あ、あの……」


 沈黙を破ったのは意外にもリザだった。耳を澄まさないと聞こえない音量で話し始める。皆の注目が集まると、やっぱりいいですと遠慮したところを姉に「そういうところよ!」と強めに指導されおずおずと話し出す。


「わ、私は……姉さんを探すのが目的でしたけど、皆さんと一緒に旅をして……と、とても楽しかったです。イトゥさんは……ち、違うんですか?」


 楽しい?

 そうか、僕は楽しかったのか。

 久しく忘れていた感覚でなかなか自覚できなかったけど、思い返してみると確かに楽しかった……ような気がする。

 ただ、あれだけ無茶苦茶されたルイーゼ様に嫌悪感を抱いていないという事は、そういうことなのだろう。


「いや、僕も楽しかった……と思う」


「そうですか!それは素晴らしい。では、これからも退屈させない事をお約束しますので、私を殺してください」


「はい。……え?今なんて言いました?」


 僕の耳がおかしくなければ、殺してくれと言われたような気がする。皆も明らかに動揺しているから、聞き間違いじゃないんだろう。


「ああ、言葉足らずでしたかね。魔王である私を殺して、神殺しのスキルを手に入れてください」


 憎くないのに殺せと言う。女神様は徹頭徹尾、無茶振りだ。

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