第196話 聖女ノーヤ捜索隊
宇野事務次官との話し合いも終わり、俺たちは新東京の街中へと戻って来た。
「一心。アンタたち忙しそうだから、私も今日中にはヤノー国に戻るわ」
「姉さん。その国名、恥ずかしいから口にするの止めてもらっていい?」
「え? そう?」
既に姉さんは吹っ切れたのか、俺ほど国名を気にしていないようだ。
「でも、買い物だけさせてよ。ヤノ……国の皆にも色々とお土産を買ってあげたいから」
「OK。何処に行く?」
「んー、やっぱりドラッグストアやアパレルショップよね!」
ヤノー国でも日本製品の開発に着手し、順次販売も行っているみたいだが、幾つもの企業コミュニティや専門職を抱えている新日本ほど、商品の生産力や再現性は無い。
その中でも姉さんが一番気にしていたのが生活必需品だそうだ。服はゴワゴワしていて気心地はいまいちで、化粧品も種類が少ない。その他、下着類に生理用品なども不足しがちだ。
今回はそれらの商品を大量購入する気でいた。詰めるだけマジックバッグに詰めて持ち帰りたいらしい。
ちなみに、新日本の通貨は新たなモノに刷新されているが、旧日本通貨の換金も可能であった。また、銀行ではガーディー通貨や魔石もお金に換金している。
ただし、魔石以外の魔物の素材やドロップ品、マジックアイテムなどの買取・販売は国の許可が要るそうだ。許可が下りていない場所での取引は犯罪行為になるらしい。
これまで、ドロップ品の詳細を知らずに危険なアイテムや素材を販売してしまい、事件や事故に繋がった例が出ていた。今はそれを防ぐ為の新たな法律がどんどん追加されているらしい。
姉さんは旧日本国通貨や魔石を持ち込んできたそうだが、ここは弟である俺のポケットマネーから出しておいた。今の俺は金持ちなのだ。
「悪いわね」
「気にしないでくれ。あまり使う予定がないから」
新日本政府からは謝礼や依頼料として何度か現ナマも頂いているが、どんどん増えていく一方なので、この機に散財する事にした。
魔石は新たなエネルギー源として活用されている為、エイルーン王国よりも新日本の方が需要は高い。BランクやCランクの魔石を売るだけでも結構な金になってしまうので、すぐに取り戻せる額だ。
姉さんは、うちの女性陣二人と一緒に買い物中だ。下着類も大量に買い込んでいる為、男の俺は店の入り口で待機していた。
(買い物が終わり次第、姉さんを送って、その後はマークスたちと合流して帝国領、か……)
中々に慌ただしいスケジュールだが、あまりのんびりとしていられない。
帝国の内戦? にしても、要救助者にしても、時間が経過すると状況が悪化する恐れがあるからだ。動くなら早い方がいいだろう。
今後の予定に考えを巡らせながら店の前で待ち惚けていると、突然横から声を掛けられた。
「あれ? 矢野君ですか?」
「え?」
俺に声を掛けてきたのは帽子にサングラスを掛けた女性であったが……その声には聞き覚えがあった。
何より、彼女の動きや佇まいが只者ではない事を瞬時に見抜き、そのお陰で彼女の正体にもすぐ気が付けた。
「藤堂さんか!?」
「はい。一応、今はお忍びなので……大声で名前を呼ぶのは避けて頂けると助かります……」
キョロキョロと藤堂は周囲を警戒しながら小声で話しかけてきた。
「あ、悪い。ニュース見たよ。結構大変そうだな。そんなに人気だとは……正直思わなかったよ」
「あぅ……クランを応援してくれる人には申し訳ないですが……私は少々、過大評価されているようでして…………」
「いや、実際大したもんだと思うぞ?」
俺もそれなりに苦労をしたが、魔力量に恵まれて運も良かった。特にマジックバッグとチートヒールを早期に得られたのが大きかっただろう。
そんな反則に近い恩恵もあってか、俺たちは常人よりも長い間ダンジョン内で活動できたので、周りの者より急速に力を身に着けられたのだ。
その点を考慮すると、藤堂のステータスはかなり高い方だと思っている。色々としがらみだらけの新日本国内での活動のみだけで、よくもまぁここまでステータスを上げられたものだ。
(闘力だけならB級冒険者レベルだからな)
去年、俺たちが帝国との戦争を体験した頃。藤堂は今、丁度それくらいのステータスだ。丸一年の差が付いてはいるものの、このレベルの使い手は帝国や王国、自衛隊員の中にも数えるほどしかいないだろう。
「今日は佐瀬さんたちとお買い物ですか?」
藤堂はチラリと店内の様子を見ながら尋ねてきた。あの三人は……色々目立ってるなぁ……
「ああ、今は俺の姉さんが一緒でね。色々あって、これから姉さんを送り届けた後、とある依頼を受けるつもりなんだが…………」
そこまで話してから、俺は藤堂にこれ以上詳しい説明をすべきかどうかで悩んだ。
(藤堂も俺たちの仲間だが、今回の任務は、うーん……)
正直、藤堂を今回の任務に連れて行くのはリスクが高まるだけだと思う。普通の探索者が受ける依頼とは方向性からして別物だろう。
(まぁ、死ぬことは無いと思うが……というか、死んでも生き返すけれど)
だが、それと同時に貴重な経験を積む良い機会だとも言えた。
正直言って今回の依頼はかなり後ろ暗い。こっそり敵対国に不法入国し、スパイ活動をして、ついでに救出活動も行うかもしれないヘビーなミッションだ。
それを……見るからに清楚で真面目そうな藤堂にこなせるだろうか?
今回の任務は藤堂に不向きかもしれないが……逆に言えば、今回の任務で嫌気がさすようなら、今後俺たちとは上手くいかない可能性もある。
「……藤堂さん、今から予定ってあるか?」
少し迷ったが、俺は藤堂を今回の任務に連れて行こうと考えた。
俺の問いに藤堂は頷いた。
「ええ、実はクランを抜ける手続きや引継ぎも諸々が終わっております。今日は旅に必要な物を準備してました。そちらも概ね完了してますので、そろそろ矢野さんに合流できる旨をご報告しようと思っていたところでした」
都合が良いことに、藤堂の旅の準備はバッチリなようだ。
「ならば、早速今日から合流してみないか? 急な話で申し訳ないが、とある依頼を一緒に熟して欲しい」
「依頼、ですか? それって冒険者としての依頼ですよね?」
「ああ、そうだ。ただし、依頼主は新日本政府だけどね」
「政府? もしかして、また日本連合への遠征でしょうか?」
藤堂は首を傾げた。
彼女は俺と同じく、以前政府から日本連合への遠征依頼を受けていたので、今回もそうだと勘違いしたのだろう。
それに対して俺は首を横に振るった。
「いや、全く違う依頼内容だよ。詳しい説明は……今回参加しないのなら、今はまだ話せないが…………どうする?」
俺が試すように尋ねると、藤堂はすぐに頷いて応じた。
「ご一緒させてください! 準備も覚悟も出来てます!」
「よし! それじゃあ、あとで詳しい話をするよ」
ここは人の目が多すぎるので、佐瀬の【テレパス】を使用しない限りは盗み聞きの心配があった。
それから俺は藤堂と一緒に姉さんたちの買い物が終わるのを待ち続けた。
「え!? 矢野君……いえ、矢野さんって……年上だったんですか!?」
藤堂が驚いた表情で俺の顔をまじまじと見つめてきた。
(そういえば、藤堂には俺の実年齢の話を一切していなかったなぁ)
俺たちはエアロカーで鹿江モーターズにある転移陣に向かう道中、藤堂に新日本政府の依頼の件について説明をした。
他国へのスパイ活動という後ろ暗い依頼内容に、最初はショックの色を隠せない藤堂であったが、それでも彼女の覚悟は本物らしく、付いて行くとしっかり宣言した。
その後、俺の姉さんや家族、そしてヤノー国のあまり触れられたくない話題に移り、その過程で俺の実年齢が暴露された訳なのだが……むしろ、そちらの情報の方が驚かれてしまった……なんでやねん!
「目上の方とは知らず、今まで失礼を…………」
「いや、あんま気にしないでくれ。見た目は完全に年下のガキだからな」
「中身も子供っぽいけどね」
「うっさいわ!」
今は姉さんより身長も低く、頭をポンポンされたので、俺はその手を払いのけた。
「そんな訳だから呼び方や話し方は自由にしてくれ」
「それでは…………”イッシン君”とお呼びしますね」
なんでも、藤堂は一人っ子らしく、年の近い弟が欲しかったのだとか。それにしても君付けかぁ。
名波も君付けだったが、あちらは苗字呼びだったので……なんだかむず痒いけれど新鮮な気分だ。
そんなこんなで話し込んでいると、転移陣の置かれた場所に辿り着いていた。
姉さん一人だけが転移陣の中央に立つ。
「世話になったわね。そっちも依頼、頑張って! それと…………あんまし聖女ノーヤの姿で無茶しないでよ?」
後半は藤堂に聞かれないよう俺の耳元に口を寄せて、小声で話しかけてきた。
姉さん的には、聖女関連の面倒事を持って来さえしなければ、髪色違いの姿を貸すくらいは全く問題ないらしい。
(そこら辺はいい加減というか、それとも大らかなのか……)
姉さんを見送ってから、俺たちは再びエアロカーで新東京にトンボ帰りだ。到着前にマークスたちに連絡を入れ、二人と合流する。
いよいよ帝国領に侵入する事になった。
私たち一行は遠路はるばる、バーニメル地方にやってきた。
船を降りた仲間たちが港町の様子を窺う。
「ここがバーニメル半島……少し田舎っぽい港町だね、ライカ」
今回、私の相方となるドリーが横でポツリと呟いた。
それに私も同意した。
「ああ。私たち二人が担当するエイルーン王国は、この連合国の港からもかなり離れているらしい。半島内最東端……まさしく辺境の地だな」
私たち一行は全員、バハームト王国に所属していた。
祖国バハームト王国は大陸一と称される程の大国で、メルキア大陸最東端に位置している。その為、大陸の反対側にある西部地区、バーニメル地方とはあまり縁がない。更に山脈の奥にある半島内部の国家とは猶更付き合いが無かった。
「全員、集まってください」
今回、一行のリーダーを務める温厚な外交官が声を上げた。こう見えて彼は外交官の副長であった。
一同が彼の元に集まっていく。その中には外交官だけでなく、財務省の文官、騎士や兵士の士官に諜報員など……様々な立場の者たちの姿があった。王宮内でも滅多に見られない異様な光景だ。
本来は所属する部署や勤務地、身分など、立場がバラバラな者たちばかりだが、我々にはただ一点、バハームト王家に忠誠を誓っているという点だけが共通していた。
私、ライカ・ブロッサムと相棒のドリー・ハレ―アも本来は王家専属の近衛兵という立場であったが……今は特別な任務の最中で、この最果ての地までやってきたのだ。
「我々第一捜索隊はこれより、バーニメル半島内の本格的な調査に入ります。各員、決められた担当地区を調査し、なんとしても聖女ノーヤの痕跡を辿るのです」
そう、この一行の目的は聖女ノーヤの捜索であった。
バハームト王国を統治するフリーデル王、その最愛の娘である第一王女が流行り病でお亡くなりになられた。
普段は理知的で落ち着かれた性格のフリーデル王だが、家族への愛情は深く、王女の死後、酷く取り乱してしまっていた。
既に政務の方にもかなりの影響が出ているらしいが……近衛の立場である自分にはそこら辺の詳しい事情は分からない。
ただ、そんな状況下でもフリーデル王の頭は冴えているらしく、王は僅かなヒントから蘇生魔法を扱うと噂の聖女ノーヤの知られざる情報を入手していた。
「聖女ノーヤは恐らく”雷の魔法を得意とする魔法使い”と行動を共にしております。更に、その活動範囲はここ、バーニメル半島を中心としているようです」
再確認の為、外交官の副長が聖女ノーヤの情報を読み上げていく。
聖女ノーヤ
歳は20歳未満ほどで、綺麗な長い白髪、幼い顔つきをしている。
服装はローブ姿で杖を持ち、真っ赤な空飛ぶ馬のような乗り物で飛び去ったという眉唾な情報もあった。
そして何より特徴的なのは、彼女は凄まじい治癒魔導士であるという点だ。
長年
その中の【リザーブリザレクション】は自己蘇生魔法だろうというのが魔法局の予測であった。
恐らく、歴代でも最高の聖女ではないだろうか。
聖女ノーヤのことは世界最大勢力の宗教であるオールドラ聖教だけでなく、様々な宗教団体までもが血眼になって彼女の事を探していた。
我々もその一つの勢力となってしまったが、その目的の方は他の団体とは少し違う。
「魔法局の推測ですと、恐らく聖女ノーヤは目立ちたくない性格なのだと思われます。これ程の使い手です。聖教や国家だろうと引く手数多の筈ですが……“氷糸界”カルバンチュラ騒動の一件が落ち着いて以降、彼女は公の場から姿を消しております」
副長の言葉に全員が頷く。
そう、ノーヤはまさに聖女の名に相応しい模範的な行動を取っているらしい。不眠不休で多くの負傷者や死者すらも救った。
にも関わらず、その対価を一切要求してこなかったそうだ。
それに感銘を受けた者たちが集い、この国のメッセンという地に大きな教会や銅像を建て、ノーヤ教なる新宗教まで誕生してしまった。
これにはオールドラ聖教もだいぶ慌てたそうだ。
聖教は聖教で、聖女ノーヤを迎え入れて新たな象徴に祭り上げたいという思惑があったが、まさか新たな宗教が興る程の求心力が彼女にあるとまでは想像もしていなかったらしい。
この地では聖女ノーヤの存在を巡って宗教戦争も起こり始めているのだ。
「我々はあくまで、王女様の蘇生依頼を第一優先とします。それ以上の要求はせず、聖女ノーヤの存在も明るみに出さないよう配慮します。ここまではいいですね?」
これにも全員、揃って頷いた。
下手な真似をして聖女にへそを曲げられたら取り返しがつかない。捜索もそうだが、万が一出会った際には慎重に交渉する必要があった。
そういった冷静な対応ができる人材を集めたとも聞かされた。
「ここバーニメル半島には現在、複数の優秀な雷魔法使いを確認しております。その者たちの傍に聖女ノーヤがいる可能性があります。各自、慎重に行動して調査してください」
副長はバーニメル半島内にいるトップクラスの雷魔法使いたちを順々に述べていった。
西バーニメル通商連合国にある魔法ギルド支部で“銀”の階級を持つエステルマン支部長
オルテン王国に所属するA級冒険者【雷閃】ラーズ
ガラハド帝国所属のモスク・ラットイヤー宮廷魔導士長
エイルーン王国所属のA級冒険者【雷帝】サヤカ・サセ
現段階で得られた使い手はこれで全部だ。
「ライカぁ。私たちの担当はサヤカ・サセって女冒険者だよね? 【雷帝】って二つ名、かっこよくない!?」
今回、同じ地区の調査を担当するドリーに話しかけられた。
「あ、ああ……って、それは別にどうでもいいだろう! それより一刻も早くシーリア様をお救いするのが私たちの使命だ!」
「それは勿論そうだけどさぁ……でも、かっこいいよね! どんな人かなぁ?」
しつこく尋ねてくる同僚に私は困りながらも、これから調査する相手の姿を想像するのは別に悪い事では無いので、頭の中でサヤカ・サセの姿を思い浮かべてみた。
「むぅ……上級の雷魔法の使い手と聞いている。それにA級冒険者らしいし……きっと勇ましい性格の美しい女性なのだろうな」
「ライカもクールでかっこいい女騎士だし、案外気が合うんじゃない?」
「わ、私は別に――――」
「こら、そこ。 話はまだ終わっておりませんよ」
喋っていたら外交官の副長にやんわりと怒られてしまった。
「も、申し訳ない……」
「はぁい……」
私は恨めしそうに隣のドリーを睨んだ。
「調査期間は一ヵ月を目安としますが場合によっては延長します。ただし、定時連絡は最低でも三日に一度、必ずこちらに現状報告して下さい」
その為に、各ペアにはマジックアイテム【魔法の双子貝】が配られていた。
かなり貴重なマジックアイテムだが、これ程の数を用意するとは……王政府の本気度合いが知れるというものだ。
副長が淡々と説明すると、騎士団から調査隊に派遣された男が挙手をした。
「質問がある。このガラハド帝国にも候補者がいるようだが、担当が一切いないのはどういった理由が?」
地図を指しながら騎士が質問をした。
確かに、ガラハド帝国には雷魔法を扱うと噂されている宮廷魔導士長モスク・ラットイヤーがいる。彼はかなりの高齢だそうだが、その魔法の腕前は健在だと帝国自らが自慢している程だ。
「彼の国は現在、現皇帝の意向もあってか、各地に戦果を広げております。かなり好戦的な国家です。よって、ガラハド帝国内の調査は勿論、不法入国するにもリスクが生じる為、今はモスクの調査は後回しです」
副長がこの辺りの情勢を踏まえた上で丁寧に説明してくれた。
「だが、他の候補者が空振りだったら当然そいつも調べるのだろう?」
別の騎士の問いに副長は頷いた。
「ええ、最終的にはモスクは勿論、その周辺も極出来得る限り調査します。そして、もし仮に彼の国が聖女ノーヤを囲っており、彼女に会わせる気が無いのなら…………潰します」
「「「っ!?」」」
今まで温和であった副長の目が急に鋭くなった。
「我がバハームト王国はこの大陸の覇者です。万が一、ガラハド帝国がこちらの要求を突っぱねるようならば……それ相応の行動に打って出る。それがフリーデル陛下のご意向ですので」
「そ、そうか……了解した」
大事な愛娘、シーリア王女の為ならば戦争も辞さない王の覚悟に、我々の中にも緊張が走った。
(私自身、シーリア様には大変良くして頂いた。シーリア様をお救いする為ならば……私はこの命を捧げる!)
聖女ノーヤ、彼女を見つける為の数少ない手掛かりである、サヤカ・サセ。
まずは彼女を探すのが先決であった。
80億の迷い人 ~地球がヤバいので異世界に引っ越します~ ヒットエンドラGOン @12sol
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