第195話 依頼と報酬

 宇野からガラハド帝国の挙動がどうにも奇妙だと聞いた俺は彼に尋ねた。


「ガラハド帝国の様子がおかしい? それは例年の戦争の準備をしているからでは?」


 俺たちは既にエイルーン王政府から、帝国が戦争準備をしている節がある事を聞いていた。その準備における動向を新日本政府側も察知しただけではないだろうか?


 だが、俺の予想は外れていた。


「ああ、秋頃から冬辺りによく行うという二国間の小競り合いの事かな? その情報は我々もエイルーン王国から既に入手しているよ。ただ……それにしてはどうも帝国内部の方の動きが妙なんだ」

「帝国の……内部?」

「ああ」


 俺の言葉に宇野は頷く。


 帝国領にはほとんど入ったことが無い。唯一まともに帝国領に入ったのは、エットレー収容所の襲撃時くらいだろう。あそこは帝都から南に位置するそうで、内と言われれば内側の場所だそうだ。


 宇野に代わり、CIAエージェントであるマークスが口を開いた。


「本国の所有する人工衛星から確認したところ、どうにもガラハド帝国は内戦をしているようなんだ」

「「「内戦!?」」」


 帝国領内はそんな事態になっていたのか!?


(というか、アメリカは既に人工衛星を打ち上げていたのか……)


 そちらの方にも驚きである。民間人ある俺にそんな情報まで伝えても良いのだろうか?


「あくまで予想の段階なので確証はないが……帝国軍が国内で何者かと戦闘行為をしているのは確かなようだ。それがクーデターレベルなのか、ただの一地方、或いは賊などによる反乱なのかは不明だがな」



 詳しく話を聞くも、現段階では不確かな情報しかないようだ。どうやら人工衛星と言っても不完全な代物らしく、流石に地上全ての場所を逐一監視するのは難しいようだ。


 今回は偶々映った帝国軍の動きをアメリカ政府が察知し、マークスたち現地のエージェントたちにその事を伝えたそうだ。



「Mr.マークスが伝えてくれた情報だが……新日本政府はそれが確かなモノだと判断している。実は先月から、内紛が勃発しているのではないかと我々新日本政府も予想していたんだ」

「先月から!? なにか根拠があるんですか?」


 俺は宇野に尋ねた。


「先月、帝国領内に居ると思われる元日本人から新日本政府宛てにSOSが送られてきた。魔導電波を利用したメッセージでね」

「「「っ!?」」」


 そうか! 魔導電波は既にバーニメル半島全域で広まっている筈だ。


 一斉転移から二年近く経過しているが、手持ちのスマホのバッテリーが残っている者や、なんらかの方法で充電して使用できる者がいたとしても全く不思議ではない。俺たちのように、それに気が付いた者たちが利用を始めたのだろう。


「ガラハド帝国内の様子は噂話くらいでしか知りませんが、国民への締め付けが相当厳しいと聞きましたが?」

「ああ、どうやらそうらしいな。しかも、地球人だと知られれば問答無用で身柄を拘束され、電子機器なども全て取り上げられるそうだ」

「マジか……」

「最悪……」


 宇野の情報に俺と佐瀬は悪態をついた。


(帝国領内に飛ばされなくて助かったよ……)


 こればかりは運だな。


 俺もあの時、判断を間違えていたら転移直後に魔物に襲われて、すぐにあの世行きであっても不思議ではない状況であった。


「ウノ事務次官殿。帝国の内紛とは、もしかしてチキュウ人と帝国人が争っているのだろうか?」


 ケイヤが尋ねるも、宇野は首を横に振るった。


「すまないな。確実な情報までは分からないが……我々もその可能性が高いと判断している。以前、矢野君が情報提供してくれた元中国人らの脱走者を中心としたレジスタンスが活動している可能性も考えられるな」


 確かに……エットレー収容所で手助けしたワン・ユーハンたちならやりかねない。彼らは別れ際に、別の場所に移された家族や同胞たちを助ける為にゲリラ活動すると宣言していた。恐らくそれを有言実行しているのだろう。


「それと、必ずしも元地球人vs現地人という構図だけでは無いわ。帝国に加担している地球人が必ずいる筈だわ!」


 そう断言してきたのは、CIAエージェントのクリスであった。


 どうやらガラハド帝国は地球産の兵器に興味を持っているらしく、何度か打ち上げ実験をしている様子をアメリカ政府が既に観測していた。ただ、今のところ実用化には程遠い段階だそうだ。


 打ち上げ衛星の試みも何度かあったようだが、今のところは失敗続きなのだとか。観測できる範囲では、唯一宇宙に打ち上げられたのはアメリカ合衆国のみとなっている。



 そういえば、この場にはCIAエージェントの二人と行動を共にしていたアレキア王国のムニル青年が居ないようだが……彼は今、別行動中だろうか?


 或いは、アレキア王国に所属する彼には聞かれたくない情報もあるので、今は席を外させているのかもしれないな。



「まぁ……確かに去年の戦争も帝国側で参戦していた元地球人も多くいましたけれど……実際、地球人はどの程度の規模で帝国に加担してるんです? そこら辺の情報って、もう少し分かりますかね?」


 俺の問いには宇野が答えてくれた。


「SOS発信者からの情報を信じるのならば、帝国政府に加担している者の多くを中国人が占めているようだな。というか、帝国領内に一番転移してきたのが、どうやら中国人らしいので、その結果なのだろう」



 宇野の集めた情報によると帝国の協力者の中には、「自分は元中国の正当な後継政府の高官だ!」と主張している人物もいるらしい。その者らを中心に、彼らは帝国政府と一緒に元地球人たちを支配しようと目論んでいるのだとか。


 転移当初は中国人やその他の国籍の者も強く反発していたのだが、帝国の意にそぐわない者たちは次々と殺されるか、もしくは各地の収容所送りとされてしまったらしい。


 逆に帝国に協力的な者に関しては厚遇されるそうだ。正に飴と鞭である。


(酷い話だな……)


 自分たちの立場の為に、元自国の同胞までも犠牲にするとは……帝国も問題だが、その高官を名乗る人物にも注意が必要だ。


 だが…………


「それで……その情報を知らせる為だけに俺たちをここに呼びつけたんですか?」


 当然、そんな訳が無いだろう。ただの民間人である俺たちにそこまで話したからには、宇野たちにも何かしらの思惑があると見た。


「そうだね。早速、本題に入るとしよう。君たち“白鹿の旅人”には、ガラハド帝国の調査を依頼したい」

「調査……だけですか?」

「主目的はそうだが……可能ならば、先ほど話に上がったSOS発信者の救助にも協力してもらいたい。実はこの件はマスコミにも既に嗅ぎ付け始められているようでね。世論的にも政府は救援活動を無視できない状況に追い込まれそうだ」


 なんとも難しい依頼を俺に頼むものだ。


 だが、宇野からしたら、俺たちに頼むのが最良だと考えているらしい。


「君たちは以前、鹿江モーターズの一件をスピード解決しただろう? 潜入に調査、犯人検挙に被害者の救助活動と、文句の付け所の無い結果を出していた」


 そう言われると何も言い返せないな。


(まぁ、余程の依頼でない限り、それなりに熟せる自信はあるけどさ)


 要救助者が三桁の人数ならば流石にお手上げだが、少人数ならばエアロカーであっという間に逃す事も可能だ。イージーである。


 だが…………


「正直、あまり気乗りしない依頼ですね。人相手に戦うかもしれないし、しかも元地球の政治絡みの依頼だと、どうも――――」

「――――報酬の話をしよう。探索者ギルドで保管しているマジックアイテム、どれでも一つ、好きなモノをあげよう」

「――――っ!?」


 これは……かなり魅力的な提案だ。


「君たちは先日、マジックアイテムの競売に参加していたんだろう?」

「流石に耳が良いですね」


 恐らくブルタークにも諜報員がいるのだろう。特段、隠してもいない情報なので知られていたとしても不思議ではない。


「一部、政府で利用するマジックアイテムは渡せないが、このリスト内にある物ならば、どれを選んでも良いぞ」


 そう告げた宇野はリストが表示されたタブレットを俺に手渡してきた。それを受け取り、佐瀬とケイヤ、ついでに姉さんも横から盗み見て、四人でリストを確認していく。


「おお……!」

「思ったよりあるわねぇ」

「しかも、鑑定内容まで記載されているのか。分かり易くて助かるな」


 リストにはマジックアイテムの名称に効果内容、それと新日本政府が独自に評価付けしたと思われるランク等も添えられていた。


 中にはAランク評価であるマジックバッグなどもリストに含まれており、政府の本気度合いが推し量れる内容であった。


「【審議の指輪】まであるんですか!? これって世間に出して大丈夫なんですか?」


【審議の指輪】は相手の嘘を見破れるマジックアイテムだ。その性質上、この世界の殆どの国では禁制品となっている。政治家にとっては悪夢のようなマジックアイテムだろう。


「勿論駄目だな。新日本政府内では所有する事を禁ずる法案を纏めている最中だ。探索ギルドでも現状では、ほぼ強制的に買い取り扱いとしている品だ」


 成程。よく見ると、禁制品だと思われる物にはランクが付いていなかった。それらは世間に出したら拙いと政府が判断した代物のようだが……まさか、それらも報酬に付けるとは……


「勿論、君たちがそれを望むのなら報酬として手渡すし、取り上げたりもしない。ただし、新日本国内には今後、持ち込んで使用しないでもらいたいがね」

「えーと……将来的には俺たちが入国する際にも、マジックバッグの中身も含め、徹底的に荷物検査を行うってことですか?」


 それは少し困る。色々と見られたら拙い代物が多いのだ。


 だが、宇野の返答は意外なモノであった。


「基本的にはそうなる訳だが……そこで君たちには特別な許可証を発行しておこう。それがあれば、今後の荷物検査もスルー出来るが、頼むから悪用だけはしないでくれよ?」


 うわぁ……国家権力、つおい!


「やけに気前が良いですね。俺たちにそんな許可証を渡して、本当に良いんですか?」

「ああ、構わないよ。実は君たち“白鹿の旅人”のメンバーは、政府高官の間でもアンタッチャブルな存在になりつつあってね。新日本に敵対的な行動をしない限り、なるべく便宜を図ってご機嫌を取るようにと、上からも言われているんだよ」

「うわぁ……ぶっちゃけましたね…………」


 しかし、納得のいく理由だ。


 今の俺たちの戦闘能力ならば、一国家を相手にしても相当の被害をもたらすだろう。そんな恐ろしい者たちを強引に締め付けられる程、日本政治家たちの神経は図太くはないようだ。


 ただし、今のところは甘い対応でも、今後政府お抱えの自衛官や探索者たちが成長して抑止力となれば話も変わってくるだろう。


(決して奢ってはいけない。自重、自重……)



「あの。私は“白鹿の旅人”ではないですが、今の話を聞かせても良かったのですか?」


 随分と大人しかった姉さんが今更ながらに挙手して質問をした。


「ええ、問題ありませんよ。貴方は矢野君の身内ですから。それに貴方自身のステータスも相当だと伺っております」

「あら? 入管の際にチェックされていたのかしら?」

「ご想像にお任せしますよ」


 ニコリと両者がほほ笑んだ。この二人も大概だな。


「イッシン、どうするの?」

「……俺的には受けても良い依頼だと思ってる。正直言って、マジックアイテム目当てだけどな」


 リストの中には幾つか欲しい物が入っていた。今の俺たちには必要なモノもあった。これは是非とも欲しい!


「ケイヤはいいか?」

「ああ、私も問題ない。リーダーであるイッシンが判断してくれ」


 今、この場に居ない新メンバーである藤堂の同意を得ていないが、この依頼は場慣れしていない彼女には少し不向きだろう。今回の依頼は藤堂の合流前に片付けてしまおうと思っている。


「それでは受けてくれるかな?」

「ええ。ですが、達成条件と報酬の辺りをもう少し話し合いたいですね」


 調査依頼と言っても、一体どこまで調べれば良いのか分からなければ、最悪依頼主にごねられて最終的には成功と見做されない可能性もある。依頼を受ける冒険者としては、その辺りの確認はマストだ。しっかりと線引きせねばなるまい。



 俺と宇野で細かく話し合い、凡その内容は定まった。



 まずは最低条件。それは帝国軍の内部軍事行動の理由についての調査だ。


 これは予測でも構わないそうだが、ある程度は関連した情報が欲しいらしい。帝国領土は広いが、空を飛べる俺たちならば調査も問題無いだろう。



 次に調べる事柄は、帝国に与する元地球人たちの素性と地球産の兵器がどこまで情報流出しているかの確認だ。例の元中国政府高官の素性も知れると尚良し!


 あとはSOS発信者を含めた邦人やアメリカ人の情報、もしくはその救助だ。


 こちらは人数が多いと大変な為、要救助者の位置や現状の把握だけに務めても良いと言われている。政府としては最悪、調査して救助を試みているというパフォーマンスだけでも問題ないらしい。



 冷酷なようだが、最優先は帝国軍の同行を探って自国の脅威に備える事。救助活動は二の次だ。


(国としては間違った対応じゃあないな)


 それで切り捨てられた側は堪ったものじゃあないが、少数の命の為に国家を犠牲にするわけにはいかないだろう。かといって、それを表立って発言してしまえば民主主義国家の政治家としては失格である。


 一応、成功報酬も段階的に設けられており、それらを達成する度に貰えるマジックアイテムも増えていくように交渉をした。可能ならば救助活動の方も試みるとしよう。



「そういえば、シグネ君は今、君たちのパーティから外れているんだったね? 【鑑定】スキルがなければ今回の依頼、不便じゃないかな?」

「まぁ、それはそうですが……」


 別に鑑定スキルが無いなら無いなりに、やりようはある。


「なら、私たちも同行していいかしら? 帝国国内は直に見ておきたかったから、エアロカーで運んでもらえると助かるんだけど?」


 そう提案したのはクリスであった。


 そういえば、彼女は【鑑定】の上位スキル【解析】持ちだったか?


 マークスとクリスも帝国領内を調査したいらしく、今回の件は渡りに船であると言っていた。


 しかし……


「うーん、一緒に行動するのは、ちょっと…………」


 俺たちには何かと秘密が多いのだ。通常の依頼なら問題無いが、潜入調査となると、色々と切り札を見せる場面も出てくる可能性があるので、同行するのはご遠慮願いたい。


「そう。それは残念ね」


 クリスはあっさりと身を引いた。


 そんなクリスに俺は譲歩した。


「でも、エアロカーで送迎するだけなら構わないぞ? 現地では別行動って方法ならどうだ?」


 クリスには以前、ルルノア大陸についての情報を教えてもらった恩がある。小さな恩だが、その時彼女は『これは貸しだ』とか冗談めいた事を言っていた気がした。


 だから、ここでそれを返しておこうと考えたのだ。


 俺の提案にマークスは乗り気だ。


「ふむ、いいんじゃねえか? 別々で調べた方が効率よさそうだしな。そちらが得た情報は俺たちにもくれるんだろう?」

「それは……」


 俺はチラリと宇野事務次官の方を見た。


「うん。新日本政府は調査の報酬を矢野君たちに支払う訳だが……Mr.マークス?」


 お前たちはどうなのだと宇野が目で訴えた。


「ちぇ! 分かった、分かった。俺たちの得た情報も新日本政府とイッシンたちにもしっかり共有する。ついでにルルノアの情勢も追加報酬で教えてやるよ!」

「なら、私の方は問題ない」

「ええ。俺の方も結構です」


 うん。迂闊に返事しなくて良かった。多分、マークスたちの得る情報より俺たちの方が圧倒的に多いだろうからな。


 本来の調査能力ならばCIAエージェントである二人の方が圧倒的に上だろうが、こちらには調査をごり押しできるだけのステータスに便利なマジックアイテムと、何より空を飛べるエアロカーがある。調査もかなり進むはずだ。これでただの情報交換ではこちらが損をするだけだからな。



 話し合いを終えた俺たちは部屋を後にした。

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