第194話 バレた!

 鹿江モーターズ跡地に設けた転移陣を使い、俺たちは鹿江港町へと戻って来た。


「へぇ。ここが鹿江町なのね」


 一緒に付いてきた姉さんは辺りを見回していた。


「港町の方な。本来の鹿江町はもう少し内陸の方だよ」

「紛らわしいわねぇ……」


 確かに姉に言う通り、少々紛らわしい。



 俺が当初参加する筈だった鹿江コミュニティは内陸側の“鹿江町”で、佐瀬たち鹿江大学の学生たちを中心に立ち上げたのが沿岸部の“鹿江港町”と分けられて呼称されていた。


 先ほどの姉さんと同様に、以前から紛らわしいという意見が多かった為、町の名称もその内に改めるそうだ。今後、この辺り一帯はエイルーン王国シカエ領となり、それぞれの新たな町の名称は住民たちから意見を募って決められる予定だ。



「おや? 矢野氏ではないか」

「お、乃木」


 町中を巡回中であったのか、乃木たち警邏隊と遭遇した。


 同じ大学所属であった佐瀬が挨拶をする。


「乃木先輩。お仕事、ご苦労様です」

「ああ。佐瀬も壮健で……ん? そちらの方は初めましてだな」


 乃木は初見である姉を見て声を掛けた。


「初めまして。私は一心の姉で矢野春香といいます」

「なんと!? 矢野氏の姉上であったか!」


 俺の姉がいると聞いて、顔見知りの元学生たちが集まり出した。


「へぇ。そう言われれば……似てる……か?」

「んー……そうでもなくない?」

「お姉さんの方は黒髪なんだねぇ」

「かなり大人びた美人さんだな!」

「姉弟でそこそこ年齢差があるのかな?」

「知らないのか? 矢野さんは元々30歳くらいらしいぞ?」

「確か転移した際、白髪になって若返ったんだっけ?」

「え~! なにそれ!? いいなぁ……!」


 元学生たちの中には俺の事情をあまり知らない人もいた。



 この港町には現在、花木たちが立ち上げた文科系サークルコミュニティの学生の他に、武藤を中心とした体育会系サークルコミュのメンバーも新たに加わっていた。


 短期間とは言え、共に行動していた花木たちは別にして、その他の元学生たちは俺についてあまり知らないだろう。


 更にこの港町には周辺のコミュニティから移住してきた元日本人や、エットレー収容所の件で難を逃れてきた元中国人、獣人族なども大榮加わっていた。


 エットレー収容所の一件で俺たちと一時的に協力していた女狼族の冒険者ナタルが話しかけてきた。


「ふむ。イッコちゃんの姿は彼女がモデルだったのだな。白髪にすれば……成程、確かに似ている……」


 ナタルの発言に俺はギョッとした。


(ヤバい!? ナタルは俺が【変身マフラー】で女装したのを知ってるんだった!)


 帝国の諜報員を欺いてエルフ族の冒険者オッドと接触する為に、当時の俺はわざわざ変装までしたのであった。その時使った偽名は“イッコちゃん”だが、その姿は聖女ノーヤと同じく、姉を10代まで若くして白髪にした姿を借りていたのだ。


 勿論、その姿で誘い出したオッドも俺がマジックアイテムで女装している件を知っている。この二人はイッコちゃんイコール俺であることを知る数少ない人間なのだ。


(姉にその事を知られるわけにはいかない!)


 俺は咄嗟に大声で話を切り替えようとした。


「おう、ナタルぅ! 久しぶりだなぁ!! オッドは一緒じゃないのかー? 母ちゃんや弟君は、元気で――――」

「――――そこの貴方! イッコちゃんって……なんの事かしら?」


(あかーん!! わざとらしすぎたぁ!?)


 どうやら嗅覚の鋭い姉に勘付かれてしまったらしい。


 自分がなにか拙い発言をしたことに薄々察したナタルは困り顔で俺の方を見ていた。同時に姉の問い詰めるような視線も重ねられる。


(…………駄目か)


 こうなったらどうしようもない。イッシン、万事休す!



 俺たちは場所を移し、イッコちゃん……聖女ノーヤについて洗いざらい暴露した。




「なんと!? イッシンが噂の聖女だったのか!?」

「噂って……鹿江まで広まってんの!?」


 俺が活動したのって、半島内のほぼ真逆の位置だぞ!?


「ああ。ムイーニ町の酒場やギルドで噂になっているぞ。新たなる災厄“氷糸界カルバンチュラ”の被害を最小限に留め、ほぼ不眠不休で人命救助に当たった聖女ノーヤ……それがまさか、イッコちゃんの事だったとは…………」


 ナタルは巷で噂の白髪の聖女ノーヤ=イッコちゃんとは思ってもみなかったようだ。そもそも名が違うので、根が正直なナタルにはその発想自体が出てこなかったのだろう。


「……つまり、イッシンは私の若い白髪姿で聖女ノーヤを名乗り、しかも蘇生魔法まで扱えると……」


 姉さんは珍しく眉間にしわを寄せていた。さすがの姉も情報量が多すぎて、あれこれ考えている最中なのだろう。


「まぁ……そういう事だよ。ナタル、この件はお前の心の中にだけ留めておいてくれ」

「勿論だ。イッシンには返しきれない恩があるからな。裏切るような真似はしない!」


 ナタルは信用できるから、これ以上の情報流出は大丈夫だろう。


 オッドも信用に足る男だが……敢えて教える必要は無いだろう。彼にはイッコちゃんの件を流布しないよう伝えるだけで十分だ。その言伝もナタルにお願いした。


「それにしても蘇生魔法か……。これ、世間に知られたら大変な事になるわよ?」

「分かってるよ。だからこそ変装したんだ!」

「私の姿ですんな!!」


 それは……正直すまん。何も言い返せないです、はい……


「西にあるメッセンの街では、なんでも専用の教会や銅像まで建てて、ノーヤ教なる新興宗教まで広まっているという噂だぞ」

「おーまーいがぁ……」


 ナタルからの情報に俺は頭を抱えた。


 これにはパーティメンバーも引いていた。


「イッシン。アンタ、国どころか宗教まで作っちゃって……」

「むぅ! さすがはイッシンにぃ……これが主人公ムーブなんだね!」

「ヤノー国にノーヤ教か……。君はとんでもない男だな」


「ち、違う! ノーヤ教は兎も角、ヤノー国は濡れ衣だ! 俺の仕業じゃない!!」


 くそぉ! ヤノー国もノーヤ教もその内ぶっ潰してやる!!






 予期せぬトラブルに見舞われたが、ナタルと別れた俺たちは姉さんを案内しながらエアロカーで鹿江エリア内を見て回った。



「私たちの国も満更ではないと思っていたけれど……鹿江の発展速度も侮れないわね」

「新東京の方はもっと凄いぞ? やっぱ数は力だな」


 改めてマンパワーの凄さを痛感させられる。


 俺たち元日本人には現代科学知識というチートもあるが、なにより国民全員にスキルが備わっている事が非常に大きい。そんな集団が一致団結して街や国を興したのだから結果も出るというものだ。


 近代の便利な生活を知っている元地球人たちは、少しでも以前の生活を取り戻そうと躍起になり、それぞれが汗を流して生活水準を上げ続けてきたのだ。


 最近ではかなり生活環境も整い始め、それに反比例する形で発展の勢いは急速に衰え始めていた。今の生活に満足し始めた者たちが増え始めたからだ。


 今の新東京の住民たちは、国や街づくりに貢献する為の行動から、各々の生活を潤す為の活動へとシフトし始めている。その一つが探索者であった。


 新日本国における探索者という存在は、労働力というよりもどちらかといえば娯楽に近い。勿論、ダンジョンや魔物の討伐で得られるドロップ品や素材は有益なものなのだが、それらを強く求めているのは、金儲け目当ての企業側だ。


 今の探索者たちの半数は金の為に、それ以外の者たちは探索者としての名声やランキング、動画サイトの再生数などを気にしているらしい。まぁ、結果的に国の発展に貢献しているのだから問題はないのだろう。



「確かシグネちゃんは近々、新日本に行くのよね?」

「うん! 明後日に探索者専門学校の入試試験があるよ! その内、新東京に皆で引っ越すんだよー!」


 もう新東京探索者専門学校の入試試験が迫っていた。その為、シグネは明日から新東京へ移動となる。


 当初は一人暮らしを考えていたシグネだが、新日本国の法律で彼女が一人暮らしをするのは少々難しいそうだ。正式な手続きを踏むのならば、シグネは未成年者専用の国の施設に宿泊する形になってしまうのだとか。


 そこで当面の間、シグネは俺たちが以前世話をした宮内一家へと下宿することになった。


 家長の健太郎さんはジャーナリストの仕事で忙しい身だが、奥さんがシグネの面倒を見ると言ってくれていた。長女の聖香ちゃんはシグネと仲が良いので、一家揃って大歓迎らしい。


 しかも、聖香ちゃんも探索者専門学校に入学希望しているらしいのだ。


 聖香ちゃんは将来的にトップ冒険者を目指しているそうだが、その足掛かりとしてまずは探索者として活動する事に決めたらしい。なんでもシグネと二人でパーティを組む予定なのだとか。


 実際に学校が始まるのは一か月以上先だが、その頃にはダリウスさんとジーナさんのリンクス夫妻も新東京に移住して、そこでシグネと一緒に住む計画らしい。



 姉さんはシグネから一通りの話を聞いた。


「そう。なら、私も一緒に新日本に行ってみようかしら」

「「「ええっ!?」」」


(この王女、自由過ぎるだろう……)


 姉さんに「新日本まで連れていけ」と要求され、ノーヤの件で負い目のあった俺はNOとは言えなかった。








 翌日、ダリウスさんにシグネの事を任された俺たちはエアロカーでシグネと姉さんを新東京まで送り届けた。


「手続きが面倒ね……」


 新日本に入る為の入管所で姉さんが愚痴をこぼす。


 ここはエイルーン王国とは違い、既に新日本国の領土内なのだ。当然、外から入るには入管手続きが必要となる。


 元日本人である俺たちは身分を証明さえできれば、簡単に入る事も、望みさえすれば帰化する事も可能だ。


 今回、俺たちはエイルーン王国からの旅行客という形で新日本国の短期滞在手続きを行った。シグネに関しては、ダリウスさんたちと合流した後、改めて長期在留資格を一緒に取るそうなので、今回はとりあえず俺たちと同じ手続きだ。



 ようやく申請が通り、新東京の街へと踏み入れる。


 壁の中に入った姉さんは唖然としていた。


「驚いた……本当にこれを一から建てたの?」


 姉さんが驚くのも無理はない。


 このファンタジー世界にやってきて、まだ二年も経っていない。そう、まだたった二年未満なのだ。


 新東京の道はアスファルトでしっかり舗装されており、ガソリンではなく魔力で動く自動車が街中を行き交っていた。


 街頭には前世界ほどの大きさではないが大型モニターが供えられ、企業のCMや簡易ニュースなどが流れている。


 建築物も10階建て近くの高層ビルが追加されており、日常生活品以外の趣向品を取り扱うテナントもだいぶ増えてきた。


「いくら何でも発展が早すぎるよな……」

「スキルや闘力、魔法の恩恵もあるでしょうけれど…………恐らく、法による規制を緩めた結果よね、これ……」


 姉さんの言葉に俺は成程と思った。



 建物一つ建てるのに、前世界では様々な法や条件を満たさなければ許可が下りない。分かり易い例だと耐震や耐火などだろう。多くの基準をクリアして初めて工事に移れる。


 それらの条件を緩めた事により、建築のハードルを下げたのだ。


(その分、質の方は不安だが……)


 時には巧遅より拙速の方が良い場合もある。新日本は多少のリスクを覚悟で速さを取ったのだ。その内、徐々に法の締め付けが強くなっていくのだろう。



「あ! この雑誌、まだ出版してるのね!」


 姉さんは書店に並べられていた女性向け雑誌を手に取った。どうやら以前にも読んでいた雑誌があったらしい。


 それはファッション誌のようだが、表紙に載っている人物を見て俺は目を見開いた。


「へぇ、トップ女性探索者の日常の姿、ね……」


 姉さんが表紙の見出しを見ながら呟く。その表紙を飾っているのは……なんと、藤堂ミツキの私服姿であった。


 姉さんが特集ページの部分を開くと、藤堂だけでなく、その他の女性探索者も紹介されていた。


 だが、最も注目されているのは藤堂率いるクラン“月花”のようだ。オークションの件で出会った千田明日香や三枝ケイもモデルとして掲載されていた。


「ふむ。ひょっとしてミツキは有名人なのか?」


 横から雑誌の内容を覗き見たケイヤが尋ねてきた。


「なに? 一心、この子を知ってるの?」

「ああ、まぁ……」


 今度、加わる予定の新メンバーなんです……


 俺がその事実を姉さんに伝えるか迷っていると、後ろから佐瀬が服の裾を軽く引っ張ってきた。


「イッシン、あれ……」


 佐瀬が指差したのは街灯の大型モニターだ。


 丁度ニュースの時間だったらしく、今日のトピックスが簡易的に表示されていた。その中に、こんなニュースが記載されていた。



“月花リーダー藤堂ミツキ、突然の活動休止!?”



「うわぁ……」

「あら? 丁度、この子のニュースをやってるのね。なんで活動休止なのかしら?」


 うちのパーティに入るからなんです……


 どうやら俺が思っていた以上に藤堂は有名人だったようだ。俺、マジでファンから刺されないだろうな?


(新東京を訪れる時は【リザーブリザレクション】かけとくか?)


 本気でそんな事を考えていた矢先……俺のスマホが震え出した。


「む。宇野事務次官からだ」


 長谷川氏からのメッセージではなく、宇野からの直接電話……これは珍しい!


 俺は恐る恐る通話ボタンを押した。


「はい、矢野です」

『宇野だ。今、平気かい?』


 このタイミング……


「ええ、まぁ。もしかして、今、俺が何処にいるのか知ってます?」

『ハハハ、新東京だろう? さっき君たちが入管したと報告を受けてね。申し訳ないが、君たちのような重要人物が入国した際には、政府高官に知らされる仕組みなんだ。それで君たち担当の私まで一報が届いたという訳さ』


 宇野の清々しいまでの笑い声と共に、とんでもない情報を聞かされた。


「それ……何気にプライバシーの侵害や職権乱用に当たるんじゃあ……?」

『前世界ではそうなるかもな』


 つまり、今の新日本ではこれくらい、普通の対応らしい。


『よければ少しだけ時間を貰えないか? ちょっと情報交換をしたくてね。問題無ければメールで場所を送る』

「……はい。連れもいるので、手短にお願いします」

『配慮しよう。お友達も全員一緒に連れてきてくれて構わないよ。それでは後ほど』


 そう言葉を残して宇野は通話を切り上げた。


 それから一分も経たない内に話し合いの場所が記載されたマップがメールで届けられた。


「宇野事務次官って……もしかして、あの宇野正義!?」

「ああ、あの宇野正義だよ」


 有名な元防衛大臣だ。当然、姉さんも宇野の事を知っており、そんな人物と俺が顔馴染みである事に驚いていた。



 買い物や街中の見学は後にし、俺たち一行は指定された場所へと向かった。


「ここって……」

「自衛隊の基地だな……」


 随分な場所を指定したものだ。


 立哨している自衛官に声を掛けると、既に俺たちの事は通達されていたのか、入館証を渡された上、自衛官に案内されて宇野の待つ応接室へと招かれた。


 そこには宇野の他に見知った者が二人いた。


「へい! イッシン! 久しぶりだな!」

「ごきげんよう、イッシン」


 アメリカ合衆国の中央情報局CIA所属のエージェント、マークスとクリスの二人であった。


「お久しぶりです。この面子での話し合いとは……一体なんです?」


 俺たちは着席を勧められ、ソファーに腰を落としてから早速話を伺った。


「さっきも言ったけれど情報交換だよ。名波君、パーティを離れたんだって? シグネ君も明日入学試験だろう?」


 シグネは明日の試験が控えているので、既に宮内家に向かっていた。


 今、この場には宇野とマークス、クリスの他に、俺と佐瀬、ケイヤに姉さんがいるのみだ。


「二人とも探索者に興味津々なようでしてね。一時的に別行動をしてます。探索者制度の方は順調ですか?」

「まずまずかな。ただ、もう少し結果が欲しいところだが……君も探索者にならないか? 矢野君なら何時でも大歓迎だよ!」

「今は遠慮しておきます」

「そうか……」


 なんとも微妙な空気が流れる。互いに近況を探っている様子だが、宇野は兎も角、俺はこういった駆け引きは苦手だ。


 それを感じ取ったのか、宇野は表情を引き締めた。


「君たちの時間を無駄に浪費したくはない。早速本題に入ろうかと思うのだが、その前に……」


 チラリと宇野の視線がソファーの端に座っている姉さんに向けられた。


「彼女は矢野君のご家族だろうか? 前世界から持ってきた戸籍情報には君のお姉さんと同名のようだが……」


 何故か宇野は姉さんではなく、俺の方に直接尋ねてきた。


「え? ええ、そうですが……」

「では、彼女の所属国がヤノー国というのは?」

「ブフゥーッ!?」


 思わず俺は頂いたコーヒーを吹いた。


(姉さん……なんてことを書きやがる!?)


 今の俺たち“白鹿の旅人”は正式な居住先を持つ訳では無いが、一応ケイヤに合わせてエイルーン王国の冒険者として入管手続きを行った。


 そう予め伝えておいたのだが……そういえば姉の記入までは確認していなかった……


「ええ、宇野事務次官殿。ヤノー国の所属で合っております」

「あー……申し訳ない。寡聞にして知らない国家だが……バーニメル半島の外側かな?」

「ここからずっと南にある国ですわ」


 嘘は言っていない。


 ただし、この大陸ではないけれども……



「ふむ……半島の南部? 獣王国の近くにでも誕生した新興国家かな? しかし、気になるのは国名が……」

「それより宇野事務次官殿。その本題とやらをお聞かせ願いませんか?」


 姉さんが笑顔で話の先を進めると宇野は咳払いしてから口を開いた。


「う、うむ。実は……ガラハド帝国の様子がおかしいのだ」


 宇野の言葉に俺たちは首を傾げた。

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