男優

ざきこ

男優

京都最終の新幹線に間に合った。

無意識に首の後ろをさする。


今から京都を出ると東京の自宅に着く頃には日付けを越えているだろう。

明日4時起きでまた仕事に出かけなければならない身としては、ここから先のことは考えたくない。

今はただ新幹線に乗ることが出来た自分を褒めいのだが…、

こんなめちゃくちゃな生活を送っていると、いったい何のために生きているのだろうかと思ってしまう。


とりあえず、疲れた身体を癒やすために缶ビールを開けようとするが、爪を短く切りすぎたせいでなかなかプルトップに爪がひっかからない。仕事終わりはいつもこうだ。


深爪すぎるくらいがちょうどいいと言い始めたのは誰だったか…ビールが飲めなければ何の意味もないではないか。


 やっとの思いで開けたビールを一気に身体に注ぎ込む。

そうそう、これだ。

一仕事終えた後のこの至福のために生きていたのだ。


すぐに生きる意味を思い出すことができた。




私は性欲が強い。

性欲の強さはこのくらいだと人に伝える時にちょうど良い手札を持っている。


私はAV男優だ。


AV男優の中には性欲が強いわけではないが諸々のコントロールが天才的だという理由からその道に進む者も結構な数いる。

だが、やはり世間一般のイメージは性欲が強いの一言に尽きるだろう。


もちろん私も性欲が強いという理由のみでAV男優の道に進んだ。


だが、実のところAV男優というのは奥が深く、

ただ女優を抱けば良いというものではない。

諸々のタイミング、監督からの要求、女優への細やかな気配り(これが1番重要だ)と、どこぞの暗殺スナイパーよりも神経を使う職業である。


今までに様々な要求に答え、様々なトラブルに見舞われた。


ローションで溺れかけたこともあるし、仕事道具(大人のおもちゃ)を風呂場で使用し感電しかけたこともある。

ある時は女優の機嫌を損ねあやうく撮影がすべてお蔵入りになりかけたこともあった。

 ちなみこの撮影はサイパンで行われており製作費がかなりかかっていたため、本当にお蔵入りしていたら私のAV男優人生は終わっていただろう。

この時は妻の実家で飼っている猫の写真をその女優へ見せたことで機嫌が直り無事に撮影を終えることが出来た。

どうやら、彼女の昔飼っていた猫と妻の実家の猫が同じスコティッシュフォールドで毛色まで一緒だったらしい。

今でも妻には頭が上がらない。


そして今でも心、身体に深く跡を残している撮影がある。

ハード系SM嬢の撮影だった。


私はM男を演じなければならなかった。

ドのつくほどのSの私は、1ヶ月前から大好きなビールとカニカマを絶つことによってMへの役作りに徹していた。

相手の女優も同じく入念な役作りをしたはしく、当日は立派なSM嬢へと変貌していた。

(彼女はドのつくほどのMだったらしいが、これを機にSに目覚めたらしい)


…が、この努力が裏目と出るのだった。


撮影冒頭、土下座を要求された。

私は役作りによって完全なるドMへと変貌している。悦んで土下座をする。

女優はドSをノリノリで演じる。

ただの土下座じゃもちろん満足しない。


「土下座が浅い!!!!」と

土下座をしている私へ踵落としをする。

SM嬢というのはピンヒールを履くのが相場らしい。


よって彼女のピンヒールが私の首の後ろを直撃した。


もちろんこの後の撮影はすべて中止である。


私のケガは運良く大事には至らなかったが、あと数センチ踵落としの着地点がズレていたらかなり危なかったらしい。


あの時の痛みのおかげで私のMへの道は勢いよく閉ざされることとなった。


今でも、ついその傷跡をさすってしまうのだ。


こんなことがあっても尚、懸命に撮影に挑んでいるのは、もはや性欲を超えて生業としてこの仕事を愛しているのかもしれない。


今度、自伝書を出すのでよかったら買ってください。


「それでも私は男優をやめない」

ワニブックス 1800円












  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

男優 ざきこ @zakiko_1103

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ