『カム・レイン・オア・カム・シャイン―何があっても―』

小田舵木

『カム・レイン・オア・カム・シャイン―何があっても―』

 雨が降っても、晴れても。

 カム・レイン・オア・カム・シャイン。この英語表現は何があっても、という意味合いらしい。


 僕は目の前の女性に告白しようとしている。

 眼の前の彼女は、僕の顔を見るよりも空を見る方に夢中で。

「もうすぐ雨が降りそうね」か細く高い声。小さな声なのに妙に存在感がある。

「そっすね」僕は返事をするだけで精一杯。

「話があるのなら。さっさとして」不機嫌そうに言う。

「ええと…」僕は考えてきた台詞を思い出そうとするが、まったく浮かんできやしない。

「…行くわね」彼女はきびすを返してこの屋上を後にしようとする。

「僕は!貴女あなたが好きです!何があっても…貴女を守り抜きます!!」僕は去りゆく背中にその台詞をぶつけた。こうしないと後悔するような気がしたからだ。

「…」彼女は脚を止める。

「さっきの台詞は嘘じゃない」僕は言う。僕にはそれが出来るはずで。

「まあ。君には力があるものね」振り返る彼女は言う。

「ああ。昨日、君に見せた通りだ」

「アレは凄かった」彼女は感心してる、という表情で言う。

「でしょ?アレがあれば僕は君を守れるから。襲い来る敵から」

「それは助かるけども。男女の感情とはまた別なのよねえ」彼女は品定めをするような目付きで言う。

「…そこをどーにか」僕は彼女に乞うている。どうか僕を見てくれと。

「ま。友達から始めましょう」

「それって断ってる?」

「いや。ある意味では貴方あなたの告白を受け入れた」

「だけど。それは条件付きだ」

「私に襲い来るモノどもを全て蹴散らしてくれたら。貴方の彼女になる」

 

                 ◆


 僕が告白した彼女の名は白神しらかみ陽菜ひなという。

 この学校で一番綺麗な女の子。だけど彼女は秘密がある。

 彼女の秘密を僕が知ったのは偶然だった。


 僕はその日。夜の散歩と洒落込んでいた。気分がどうにも沈んでいて。散歩でもして紛らわせようって腹だった。

 歩くは近所の川原。この川は僕たちの街を貫いていて。僕は小さな頃からこの川を歩くのが好きだった。


 川原の道には誰も居ない。だって今は真夜中だもの。

 僕は深夜までテスト勉強をしていて。その途中で色々嫌な事を考えてしまい。気分転換に外に出た。


 歩く道は月明かりに照らされていて。いつもより幻想的だったが。

「きゃああああ」という悲鳴が響き渡った。

 僕はその悲鳴がする方に目を向けた。そこには―白神陽菜が居て。

 彼女は襲われていた。何か異形のモノに。

 僕は最初、幻覚か何かだと思ったけど。頬をつねっても痛い。つまりこれは現実なのだ。

 

 僕は川原の土手を下る。彼女がいる川のほとりに向かって。

 そこでは彼女が不定形な何かぐちゃぐちゃしたモノに襲われていて。

「白神さん!!」僕は怖さを我慢しながら叫ぶ。

「誰か!助けて!!」彼女は叫んでいる。

 僕はその辺に落ちていた石を拾って。不定形な何かに投げつける。

 それはヒットしたが、不定形な何かは動じておらず。

「そんなもの意味がない!」白神さんは言う。

「じゃあ?どうしろと?」僕は問う。

「…分からないけど。どうにかして戦って。じゃないと私、こいつに喰われる」

「無茶ぶりもいいトコだ」


 不定形な何かは白神さんを喰おうと、彼女の前で渦巻いている。

 僕はそれをはたから見ている事しかできない。

 ああ。なんて情けないんだろう。ほとほと嫌になる。

 僕は好きな女の子一人守る事も出来やしない。

 その間。白神さんは左右に逃げ回って。不定形の何かをやり過ごしている。


 僕はそれを見て。拳を固める。

 とりあえず、ステゴロでも挑んでみようと思ったのだ。

 いや、手は震えているけど。

 だって。不定形な何かはとても恐ろしい。黒いそいつは意思を持った泥のように白神さんを追い回している。

 だけど。ここで引き下がっては男がすたるというモンだ。


「ぬりゃああ」僕は叫び声を上げながら、不定形な何かに向かっていく。

 不定形な何かは白神さんを追いかけ回しているから、その土手っ腹?にパンチをお見舞いしてやる。僕だってやる時はやるのだ。


 僕の拳が、かの不定形の土手っ腹?にヒットする。

 殴った感覚は変な感じだった。殴ってはいるけど。殴ってないかのような。

「グアアアア」と不定形な何かは悲鳴をあげて。

「効いて…る?」不定形な何かの前で固まる白神さんは驚いている。

「みたい」僕は彼女に言う。

「まさか。出来るとは思ってなかった」

「君が戦えって言ったんじゃないか」

「期待はしてなかった」

「…酷くない?」とか言いながら僕は。更に不定形なヤツを殴って。その上に乗っかってしまう。

「マウントポジションから殴ればコイツは消える?」不定形な何かにまたがる僕はく。

「…を引っこ抜いて」白神さんは言う。

「核?」

「かのモノの中央にそれはある」

「ううんと?」僕は不定形な何かに手を伸ばして。その身体?の中に手を突っ込んでみた。ズブリと右手は不定形の中に沈み込み。

「うわ。田んぼの泥みてえ」僕はかの不定形の中を探る。その中には硬い何かがある。

「今、君がつかんでいるものが。かのモノの核」白神さんは僕の近くに来て言う。

 僕は硬い何かを引っこ抜く。不定形な何かの中から右手が出てくる。

 右手には赤く光る核が握られていて。僕はそいつをしげしげと眺める。

「綺麗なもんだ。こんな怪物の核だっていうのに」

「それはエネルギーの塊。人の生命と似たようなモノ」

「まるで。賢者の石みたいだ」

なのよ」白神さんは言う。

「マジで言ってる?賢者の石なんて実在しないって」

「いや。貴方が握っているのが。私の父が開発した擬似的な賢者の石」

「擬似的な、ねえ。本物じゃない訳だ」

「だから。こういう異形を産むことはできても本当の命ではあり得ない」

「…なあ。白神さんって電波ちゃん?」こういう時なのに僕は間抜けな質問をする。

「そうだった方が楽だけど。この疑似賢者の石は実在し。私は異形のモノに襲われていた。うん。現実なのよ。残念ながら」

「テス勉してる俺の夢じゃない?」

「なんなら。今から殴ってやりましょうか?」

「結構です」僕が跨って、存在を忘れていた異形のモノは、核を失い、元の泥に戻っていた。


「窮地を脱せた。礼を言うわ」僕の傍らに居た彼女は言う。

「なんとかなって良かったよ」僕は泥の上から立ち上がりながら言う。

「ところで貴方は錬金術士?」白神さんは僕の顔を覗き込みながら言う。

「錬金術は科学に統合された。そうだろ?」科学の基礎を産んだのは錬金術だが。現代ではそれは統合されているはずだ。

「ある意味ではそうだけど。さっきの疑似賢者の石見たでしょ?」

「見たけど。あんなモノはオーパーツの類いだろ?」

「ところがどっこい。この街の至るところにばら撒かれている。私の父によってね」

「…白神さんのお父様はマッドアルケミストか何か?」呆れてこういうしかない。

「そう。自分の研究の為ならこの街をめちゃくちゃにしても良いって思ってる」

「…白神さんはお父さんを止めたいと」

「そうね。娘だから。責任がある」

「…の割には苦労してた」

「私には体力が欠けている」

「女の子だから仕方ないよ」

「それに私では、かの不定形な何かの核を抜けなかった」

「そうなの?ますます、なんで白神さんがどうにかしようとしてるか謎だ…」

「しょうがないじゃない!!錬金術なんて言葉、警察も信用しないわよ」

「そりゃね。遅めにきた中2病か何かだと思う」

「だから。君が現れたのは好都合」

「協力しろと?」僕は問う。白神さんのペースに乗せられているのが気に喰わない。

「そう。報酬はだすから」

「考えさせてくれ」

 

                    ◆


 かくして。

 僕は屋上で白神さんに告白した訳だ。

 僕が白神さんを疑似賢者の石で出来た化物から守る。。だから付き合ってください…

 うん。我ながら酷い事をしたもんだ。彼女の弱みにつけ込んだようなものだ。

 

 今、僕は彼女と待ち合わせをしている。場所は駅前。時刻は夜。

 彼女は白いパーカーを羽織って登場。

「お待たせ。今日は私もある程度武装してきた」そう言うが彼女は丸腰に見える。

「武装って?」僕は特に何も用意していない。昨日も素手で戦えたんだから必要なかろうと。

「爆弾をちょっとね」彼女はウィンクしながら言う。

「まるでゲームの錬金術士だ」

「案外、間違ってないわよ。あのゲーム」

「で?爆弾ってプラスチック爆弾か何か?」

「いいや。単純なダイナマイト」

「…そんなものを一介の女子高生が用意するとは」

「私だって。錬金術士の端くれだから」

「怖ぇ」僕は震え上がる。彼女に何かしでかしてしまったら。何をされるか分かったもんじゃない。


 僕は白神さんと街を歩く。彼女はコンパスを片手に歩いている。

「何それ?」

「疑似賢者の石に反応するコンパス…私のお手製」コンパスを覗き込む彼女は言う。

「そいつは便利だね。さすが錬金術士殿」

「馬鹿にしてる?」

「してないよ」 

 

                 ◆


 疑似賢者の石はあった。だが問題はそれを取り込んだ化物が居るって事だ。

 今回の被害者は―泥みたいな非生物ではなく。犬だった。

 その犬は野犬だったのだろう。こ汚い。そいつは落ちていた疑似賢者の石をむさぼったらしく。大きな犬の化物に変化していて。

「今日はハードな戦いになりそう」白神さんは言う。

「流石にステゴロ挑むのに躊躇ためらいがあるよ」

「やるっきゃないの。私と付き合いたいでしょう?」

「…そりゃあ」彼女は本当、美少女を絵に描いたような美人で。

「さ。行くわよ」


 彼女は先制攻撃を仕掛ける。かの化け犬の脚元に着火した爆弾を投げ込む。

 投げ込まれた爆弾は大きな音を立てて破裂する。

「ぎゃおん」と化け犬は鳴き。僕はその声を合図にかの犬に向かっていく。

 かの犬の土手っ腹を僕は力一杯ぶん殴って。

 かの犬はその場に倒れ込む。僕はその上に跨がり。

 もがく、かの犬の口の中に腕を突っ込む。生暖かい。僕は腕を無理やり奥にねじ込む。犬は嗚咽おえつしているが関係ない。

 肩の辺りまで腕が沈み込んだ所で。僕は見つけた。疑似賢者の石を。

「あった!」僕は疑似賢者の石を掴み。そのまま引っこ抜く。

 引っこ抜いた手の中には赤く輝く石が。

 よっし。成功した…


「今日は楽できたわね」後ろの方で見守っていた彼女が近づいてくる。僕は跨った化け犬から降りながら返事。

「手がベタベタになったって事以外はね」僕の手は化け犬の体液でぐしょぐしょだ。

「そんなの。些細ささいな事でしかない」彼女はクールな顔でそう言うのだが。

「…君はお父さんに似てるんじゃないかな?」僕は疑問をていす。白神さんの父親はマッドアルケミストだが。彼女もその性質を継いでいるらしい。目的の為なら僕の犠牲なんて些細な問題なのだ。僕に告白されたのと同様。

「そうね。私も目的の為なら手段は選ばない。だけどアフターケアくらいはする…腕出して」

「ん?」と言いながら僕は腕を出す。

「野犬なんかの口の中に手を突っ込んで無事でいれると思ってる?」

「…うっかり忘れてたな」狂犬病。致死的な病。予防接種をしてない犬はキャリアの可能性がある。

「ま、現代日本では狂犬病は撲滅されたけど。一応ね」彼女は僕の腕に注射をする。音もなく針をさされ、痛みもなくアンプルの中身を注入された。

「何を注射したのさ?」

「錬金術で作った薬。狂犬病にもよく効く」

「んなモン、いつの間に作ってたのさ」

「私は準備が良いのよ。今みたいなパターンを予測してた訳」

「おっそろしい」

 

                   ◆



 僕と白神さんの疑似賢者の石を回収する日々は続く。

 お陰で少し寝不足気味である。

 僕は屋上で音楽を聴きながら、寝転ぶ。天気は快晴。

 流している音楽はジャズ。ビル・エヴァンスの『カム・レイン・オア・カム・シャイン』。

 ビル・エヴァンスはシックにこの曲を弾きこなしたけど。

 この曲の元は甘々なラブソングなのだ。『雨が降っても、晴れても』これは英語の表現で何があってもって意味で。甘々なラブソングは何があっても彼を愛し続けると唄う。

 僕はそれを羨ましく思う。恋うる女性は可愛らしい。

 対する僕は。何があっても白神さんを守ると言っていて。

 それは果たされつつはあるのだが。白神さんは僕に好意をちっとも向けてくれはしない。

 

 付き合うという約束は近くに来ているけど。彼女との距離は空いたまま。

 僕はそれがもどかしい。彼女が錬金術士だからだろうか?

 いいや。そうじゃない。彼女は元々人と距離を作るタイプなのだ。

 僕は白神さんと2年連続でクラスが同じだが。彼女が友達と喋っているところを見たことがない。いつも教室の隅で本を読んでいるのだ。

 僕はそんなりんとした彼女を横目でみるのが精一杯だった。

 そんな僕はチャンスを手にしているのだが。うん。いま一歩めが足りない。

 

 そんな事を考えている内に天気は変化していて。

 ああ。これから夕立が降りそうだ。

 

                  ◆



 夕立が降った街は冷えていて。

 僕は夜道を歩く。白神さんと一緒に。

「疑似賢者の石も大分集まってきたわね」彼女は言う。

「後…どれくらい残ってそう?」僕は連日の戦いで疲れている。色んな化物相手に戦ってきた。生物、非生物問わずに。

「あと数個は残っているかな。コンパスが色んな場所でクルクル回るもの」

「…君との付き合いも近い」

「そうだったわね。私、君と付き合うのかあ」彼女は僕の顔を覗き込む。

「まるで他人事だねえ」

「なんだか実感持てない。私、友達さえ居ないのよ?」

「それは君が人を寄せ付けないオーラを放っているから」

「別にそういうつもりはないんだけど」

「君は自分が錬金術士だからっておごってるんじゃないのかい?」僕はキツめの質問を投げつける。こうやって付き合うようになって分かった事。彼女は錬金術士である事にプライドを持っていて。

「…かも知れない。私はこの世界とは違うことわりを知っている」

「そういう驕りは、臭うものさ。白神さん」

「…雨宮あめみやくんは妙に鋭いわね」初めて僕の名を呼ぶ白神さん。

「鋭くなんてない。君の驕りに気付かずに惚れて。そして告ってる。気が付いたのはここ数日。むしろ鈍い方さ」


「なんで。私に惚れたのかしら?」彼女は不思議そうな声で言う。

「僕は面食いなんだよ」実際。白神さんは本当に綺麗だ。どこか世界を超越したようなそんな雰囲気を放っている。

「…嬉しくないなあ。顔だけの女みたいじゃない」

「ま、少しは優しいのも知れたけど」彼女は強引な女の子だが、最低限のフォローはする子だ。

「少しは、ってのは余計。私は慈母なみに情が深い」

「僕をこき使ってる癖に?」彼女は自分が疑似賢者の石を引っこ抜けないのを良いことに僕を使役しまくっているのだ。

「便利な道具は使い倒せ」

「道具呼ばわりたあ」

「…君には本当に助けられている。感謝してる」

「僕は…」言い淀む。。何があっても守る、なんて格好いい言葉を使ったけど。それには条件が課されている。

「良いのよ。それで」彼女はクールに言い放つ。

 

                  ◆


 僕たちはそれからも疑似賢者の石を回収し続け。

 残るは一つだけなのだが。

 問題はここにある。最後の疑似賢者の石は―彼女の家、アトリエにあるらしい。


「やっぱり最後はお父さんか」クールに言い放つ白神さん。

「お父様から奪えってかい?」僕は言う。気が進まないどころの話ではない。

「奪うのよ。じゃないと。あの化物達は湧き続ける」

「あのさ。聞いておきたいんだけど」

「何?」

「白神さんのお父様は疑似賢者の石を街にばら撒いて何がしたかった訳?」

「…」彼女は珍しく言い淀む

「…ロクでもない目的なのは分かった」

「私の母を―蘇らせるため」

「は?命の創造をしようってかい?」僕は驚嘆を隠せない。

「そうよ。彼みたいな錬金術士には躊躇ちゅうちょがない。例え誰かを巻き込んでも気にはしない。ただ。母を蘇らせるという目的の為に突き進む。何があっても」

「僕は。とんでもない話に巻き込まれたらしいね?」

「ゴメンね。ここまで言ってなくて。私も…目的の為には手段を選ばないの」

「まったく。似たもの親子とはよく言ったものだ」

「…君が疑似賢者の石を引っこ抜けるのが良くなかった。私の目的に沿いすぎていた」

「…思えば。何で僕はこんな事が出来るんだろうね?」

「分からない。貴方は一見錬金術には関係なさそうに見える…でも素質はあるのかも知れない」

「んな事。君と約束する前に知っておきたかった」

「そんな大事な話する訳ないでしょ?私が」

「そりゃそうかも」

 

                   ◆


 僕と白神さんは彼女と父親のアトリエにきている。

 錬金術師のアトリエは。ガラス張りで出来た温室みたいだった。

「このクソ暑い日本でよくガラス張りのアトリエを構えたもんだ」僕は突っ込む。

「これが父の趣味だからどうしようもない」


 僕たちが踏み込んだアトリエの奥には。古めかしい釜が設置されていて。

 そこには白衣に身を包んだ中年男性がいる。彼は必死に釜の中身を回し続けている。


「やあ。来たね。少年と少女」彼は釜から顔をあげながら言う。

「…こんばんは」僕は彼に挨拶をしてみる。

「君が。私の疑似賢者の石を引っこ抜いて回った少年か。いやあ。存外ぞんがい普通の子だね?」

「僕は。錬金術とは無縁の少年ですよ。今回の件に巻き込まれて困惑してる」

「はっはっは。我が娘に翻弄ほんろうされた訳だ」彼は不敵な笑顔を僕に向ける。

「まったく。アンタら親子は似てる」

「…事実だけど酷い言い様ね」僕の後ろに付き従う白神さんは言う。

「私ら親子は。手段の為なら犠牲を厭わない」

「…苦労しましたよ。疑似賢者の石を引っこ抜いて回るのは」

「悪いね。私の実験に付き合わせて」

「何かお礼をもらいたいくらいだ」

「私の方からはあげる義理がない。君が実験体の石を抜いて回ったせいで私は調合に追われている」彼は釜の中身をレードルのようなものですくいあげる。そこには赤く輝く疑似賢者の石。

「もう。そういうの止めにしてくれませんかね?引っこ抜いて回るのも一苦労だ」僕はうんざりしてると言う風にジェスチャー。伝われば良いが。話してる感じでは伝わりそうもない。

「お断りだよ。少年。私の目的は果たされていない。だが」

「だが?」僕は問う。嫌な予感がしてきた。

「今回は実験の趣向を変えてみようと思う訳だ」彼は掬った疑似賢者の石を掌で弄びながら言う。

「…今までのアプローチは無駄だった?」僕は問う。余計な事に付き合わされた。

「無駄ではないが。時間がかかり過ぎる」彼は石を顔の前に掲げながら言う。

「無駄が多い」僕の後ろに居る白神さんが口を挟む。

「おお。我が娘よ。父を愚弄するかい?」

「貴方のやり方が気に喰わない。以上」

「感情論だ。女らしいねえ」

「感情論じゃないわよ!!」白神さんは僕の傍らに出てきて父親に言い返す。

「いやいや。陳腐な正義感で満たされた君のロジックは感情論以外の何でもない」

「陳腐な正義感?よく言う」

「周りを巻き込むのは良くない…それが君の正義感だが。そこの少年を巻き込んでる」

「…それは―」白神さんは言い淀む。僕はそれに被せる。「僕が彼女に申し出た。何があっても彼女を守るからと」

「おお。麗しき男女の愛よ」石を弄ぶ彼は言う。

「…アンタだって。男女の愛が故に間違いを犯してる」

「そうだね。男ってのは女に弱い。女の為なら何でもする。」彼は胸元に疑似賢者の石をかざして。そして。石を自分に埋め込んで。


 石を埋め込んだ彼は―異形のモノに変化して。

「さあ。最後にひと勝負といこうじゃないか?君が最後の疑似賢者の石を引き抜くか?はたまた―私が君を殺して…を引き抜くか?」

「僕の中の賢者の石?」そんなもの持って産まれた覚えはない。

「君の心臓を以て、私は真の賢者の石を完成させる。これが一番簡単なやり方だ」

「…」僕の傍らの白神さんは黙りこむ。

「参ったな」僕は思わず呟く。まさか命の危機をここで迎えようとするなんて。

 

                  ◆


 かの怪物―白神さんの父―は僕に向かってくる。

 僕は横っ飛びでかわして。

「さあさあ。私のアトリエを傷つけない程度に頑張ってくれ給え」

「それは保証できない」なんて言いながら僕は後ろに後ずさる。


 そんな事をしている間に。白神さんは。

 爆弾に着火していた。おいおい。ココをふっ飛ばすつもりかよ。

 彼女は爆弾を父親の脚元に投げ込む。父親はそれを拾って横方向に投げ捨てるが、起爆したものは取り消せない。水でもかけりゃ良かったのに。


 ドォン、と言う音が、ガラス張りのアトリエの壁を撃つ。そして壁であるガラスは粉々に砕けて。辺りに散らばる。


「無茶しやがる」僕は白神さんに言う。

「これでスペースが出来たでしょ?」彼女はなんでもなさそうに言う。

「そりゃ壁の向こうは空いたけど…」

「無駄口叩いてる場合じゃない。外に出るわよ」彼女はそう言いながら、かつて壁があった方へと向かっていく。


 それを追って彼女の父もアトリエの外に出てくる。

 アトリエの外は木々で囲まれた庭だ。十分なスペースがある。

 

 僕と白神さんとその父は庭で向かい合う。

「さあて。どうやって引っこ抜いたものか」僕は独り言を言う。

「いつもみたいに突っ込んでいきなさいよ」

「そうもいかんでしょ」相手は人間だ。石を引っこ抜くにしたってそれなりに工夫がいるはずで。

「少年たち。話しあいは済んだかい?」化物は僕らに問う。

 

 そして。かのモノは突っ込んでくる。

 僕と白神さんは左右に別れて逃げるが。かのモノは僕を追ってくる。

 僕は彼と追いかけっこをする羽目になった。

 庭をグルグル回って。その間にかのモノへの対処を考えるが。

 まったく浮かんで来ない。おいおいおいおい。ヤバイぞ。命の危機を感じる。


 かの化物は僕に追いついてきて。

 僕は観念して脚を止め、向き合う。

 …改めてかのモノを見てみたが。いやあ。でっかい。こんな化物からどうやって石を抜けというのか?

「少年。諦めて私の研究材料になってくれまいか」

「死ねって言われて。素直に死ぬ馬鹿が居るもんか」

「君だって愛する者の為には何でもするつもりだろう?

「そりゃあ…うん。言っちまったからな。約束はたがえない。僕は白神さんを守り切る」

「ならば。私に命を差し出せ。そしたら娘の安全は保証する」

「…まるで悪役みたいな物言いだ」

「君たちの物語においては。私は悪役そのものさ」

「アンタは。自分のしでかしてる事を承知してるんだな」

「…私だって分別がない訳ではない。それなりの理由があって君の命を欲してる」

「だが。それを許す娘さんではなさそうだぜ」そういう僕の視線の先には化物の後ろに周りこんだ白神さんが居り。


 白神さんは化物の後ろで密かに爆弾を着火し。

 それを投げこむ。さっきも思ったが、彼女、実の父に容赦がなさすぎる。

 炸裂音が鳴り響く。化物の背中を爆弾の業火が焼く。

 だが。化物は全然動じていなくて。むしろ爆発音で固まった僕の方に突っ込んできた。


 僕は反応が遅れて。

 化物のバカでかいてのひらに僕の身体が覆われる。そして地面に組み伏せられる。

 僕は背中を地面でしたたか打って。危うく意識が吹っ飛びそうだった。

 だが。僕は何があっても。彼女を守り切る…と言うか彼女の意思を尊重する。

 負けたくない。


「君は―ガッツのある良い少年だ」化物は僕の頭上で言う。

「褒めて頂けてなにより」僕は言うが。ああ。コイツは。負けだ。このまま心臓を引っこ抜かれて僕は死ぬ。彼女の意思を尊重しきれない。

「だから。私の研究の礎になれ」化物は僕を掴んでいた掌を緩めて。掌の形を細くして。僕の胸元に近づける―


 この一瞬が勝負の分かれ目だ。今、僕の両腕はフリー状態にある。

 僕は最後の力を振り絞って。バネのように起き上がる。

 そして。かの化物の胸元に右腕をち込む―


 僕と化物はお互いの胸に腕を突っ込んだ状態になり。

 僕は再び地面に押し戻される。

 またもや衝撃。今度こそ意識が吹っ飛びそうになるが。

「コンチクショウ!!」と叫ぶ事でなんとか誤魔化ごまかす。僕は何としてでも。何があっても。かの化物を止めなくてはならない。そうしないと。彼女と付き合えない。


 僕が化物の疑似賢者の石を掴むと同時に。化物も僕の賢者の石―心臓―を掴んでいる。


「根比べと行こうか」僕の頭上にいる化物は言う。

「…負けないぜ?」僕は言う。だって。今も―


 視線の先には白神さん。彼女は化物の裏にまたもや回り込んでおり。

 お得意の爆弾に着火しており。化物の丸まった背中にそっと爆弾を置いていった。


 化物の背中で炸裂した爆弾は。化物にダメージを与えるのには十分で。

 化物は僕の上から後ろにのけぞる。僕はその移動のエネルギーを利用して、化物の疑似賢者の石を引き抜く。それと同時に、僕の中に突っ込まれた化物の腕も引っこ抜く。


 そして。 

 僕は成功したのだ。化物…白神さんの父親を止めることに。

 

                  ◆


 僕は庭に寝転んでいる。傍らには白神さんが居て。

 彼女の父親は少し離れたところに転がっている。

 ぱっと見は無傷だ。


「なんとか勝った…」僕は言う。さっきから心臓の辺りが痛い。

「無茶するんだから」彼女は僕の近くにしゃがみこみながら言う。

「だって。曲りなりにも。僕は約束しちまったんだ。何があっても君を守ると」

「命がけになるとはね」

「まったくだ。ついてない」

「だけど。君はやりおおせた」

「白神さんが非情にも父親に爆弾を投げ込んだお陰だ」

「…私は目的の為なら。なんでもするのよ」

「僕はその正義感が眩しいよ。僕なんて下心で君を守っていただけなのに」

「別にいいじゃない。下心で始めたことでも」

「…ヒーローとして。落第点な気もするけど」

「人なんて。下心がなきゃ動かないものよ。私の父と一緒でね」

「そう言ってくれるとありがたい…んで?君は僕と付き合ってくれるのかい?」僕は心臓の痛みを我慢しながら問う。

「良いわよ…でも約束して」

「何を?」

「何があっても。死なない事を」

「無茶言うぜ」

 

                   ◆



 全ては終わり。一つの物事が始まった。

 それは僕と白神さんの付き合いである。

 僕はあの事件の後、彼女につきっきりで看病された。

 僕の家に上がり込んで。調合した薬で無理やり僕を治した。

 錬金術って恐ろしい。


 彼女の父は。今、家で寝込んでいるらしい。

 一つは僕との戦いのせい。一つは妻を蘇らせる術を見失ったせい。

「その内、元に戻るわよ。元がマッドな人だから」彼女は何でもなさそうに言う。


 僕と白神さんは学校の屋上に居る。

 そして弁当を食べている…彼女のお手製である。

「はい。あーん」なんて甘ったるい現場だだが。白神さんの表情は硬い。

仏頂面ぶっちょうづらで飯食わすな」僕はツッこむ。

「表情筋の使い方を忘れたのよ」彼女は言う。

「こういう時は―笑顔でやるもんだ」

「笑顔…ねえ」彼女は無理に口角をあげていて。

「ぎこちなさ過ぎて笑えてくるわ」僕は言う。


 空を見上げれば。青い空が広がっている。

 今のところは晴天だが。いつ雨が降ってくるかは分からない。

 もし。今、突然雨が降ってきても。

 僕は彼女の側を離れない。

 雨が降っても晴れても。何があろうと。

  

                    ◆



 

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『カム・レイン・オア・カム・シャイン―何があっても―』 小田舵木 @odakajiki

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