020
「おはよーございます。今日も生きてます。多田良メイです」
サフラの逮捕によって幕を閉じた一連の出来事ののち。
事情聴取等を終え、各種メディアの取材は面倒という理由で全て断り、療養にかこつけて思う存分自宅でだらけることしばらく。元よりダンジョン探索以外ではほとんど──人目を引くような容姿になってからはますます──外に出ない生活を送っていたメイだが、マリの助けも借りつつ隻腕での日常生活にも慣れてきた辺りで、こうしてしばらくぶりに配信を行っていた。
〈おはよーございます!〉
〈今日生き!〉
〈今日生き!〉
〈今日生きです〉
〈今日生きー〉
〈相変わらずメイちゃんが言うと重みが違うなぁ……〉
場所は自宅のダイニングソファの上、ラフな部屋着のままマリと隣り合って座っている。近況報告と今後の方針を告げるための短い配信ではあるが、開始時点ですでに二百万人以上の視聴者が集まっていた。
なお、現時点でのチャンネル登録者数は六百万人を越えておりまさに一躍時の人といった様相……なのだがしかし、メイは視聴者数も登録者数も、恐らく今後は減っていくだろうと睨んでいた。センセーショナルな事件の被害者であり、国内初の深淵層の様子を伝えるリアルタイムなカメラ。それらに釣られて集まってきた者たちが、今後のメイの活動に興味を持ち続ける可能性は低い、と考えているが故に。
ともあれまずは近況報告、事件収束後の諸々を話せる範囲で話していく。まあ大半は、視聴者たちもすでに知っていることではあるのだが。
「じゃあ最初に、性格の悪いダンハブ民のみんなが一番気になってるだろうサフラについてだけど……」
〈極刑説濃厚ってまじ?〉
〈専門家は口揃えてそう言ってるよな〉
〈めちゃくちゃ人権派の弁護士ですら終身刑で済む望みは薄いっつってた〉
〈まあ
〈参考までに、普通の人が殺人犯したときってどのくらいの刑なん?〉
〈無期〜ガチでやばいやつは極刑、って感じじゃね?知らんけど〉
〈まあサフラの本性見ちゃったら残当かなぁとはなる〉
〈正直に言っていい?ざまあぁぁぁぁぁぁぁwwwwwww〉
〈罪人の処刑で飯が美味いわよ!!!!!〉
〈あんな美人がバチボコに人生転落して最後は法に則って死ぬとか……
〈うーんこの〉
〈倫理観が中世のそれなんよ〉
〈直接的には何もされてない奴らが当事者より大喜びしてるのマジで世も末って感じで草〉
〈無修正ダンジョン配信なんてもんが流行っちまった時点で現代人の倫理観は死んだよ〉
「
さほどの感慨もなく、さらりと言い流すメイ。サフラへの憤りは先日全てぶつけ終えており、それこそ最後に放った“二度と顔を見せるな”さえ守ってくれるのなら、死のうが死ぬまで豚箱入りだろうがもうどうでもいいという心持ち。なので視聴者たちのようにワイワイ盛り上がるでもなく、あっさりと、関連した次の話題に手を付ける。マリは隣で、配信などまるで意に介さずまぁるくなっていた。
「んで次、これも声明は出てるけど……『パイオニア』は無事解散となりましたーぱちぱちぱち〜」
〈わー〉
〈ぱちぱちぱちー〉
〈どんどんどんパフパフー〉
〈まあそりゃそうだわな〉
〈組織上のトップが死んで〉
〈ナンバーツーが極刑モノの罪犯して〉
〈戦力上のナンバーワンが脱退して〉
〈これで組織を維持できるわけがないんだよなぁ……〉
「一応、一部のメンバーで集まって新しく別のクランを設立するって話だけど……まあこれも、わたしには関係ないねぇ」
何もなくとも脱退すると決めていた上、こんな目に遭ってしまったのだから、もう組織に属するということ自体に辟易しつつある。デカデカとそう書かれた顔で、メイはこの話もさらりと終える。マリは隣でうとうとと触手を波打たせていた。帰還後のメイのだらけぶりにすっかり毒され、昼寝癖が付いてしまった弊害であった。そんなマリを柔く撫でながら、あまりにもテンポ良く次の話題へ。
「組織といえば、『ダイバーズギルド』もごたごたしてるみたいで」
〈例のサフラ自白配信でさらっと癒着がどうとか言ってたからな〉
〈方々から突っつかれてエライことになってるらしいっすね〉
〈パイオニア以外もよろしくやってたクランがあるとか何とか〉
〈都市伝説じゃなかったんだなぁ……〉
外部監査機関の介入によって、『パイオニア』だけでなくその他一部大手クランとの癒着までもが明るみになり、
「国内のダンジョン情勢はこれ、しばらく混沌としてるんじゃないかなぁ」
メイにとってはこれもまた、我関せずなことではあるのだが。そのうちにギルド側から配信アーカイブの削除申請でも来るんじゃないかと思っていたが、よほどゴタついているのかその気配もない。願わくばそのままスルーしていて欲しい。なぜならば……
「えーというわけで次。わたし的にはこれが本命、チャンネルの収益化が通りました―」
〈いぇあぁぁぁぁぁ!!!!!〉
〈うおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!〉
〈ドンドンドンドンドン!!!!!〉
〈パフパフパフ―!!!!!!〉
〈良かったね♡♡♡♡〉
〈めでたい!!!!!!〉
身も蓋もない言い方をすれば、金のなる木だからである。貯蓄はあるが、一方でそれが増えるに越したことはない。勿論、無理はしない範囲で。
「ありがとうねぇ。てわけで今後も趣味も兼ねてダンジョンには潜っていくつもり。つもり、なんだけど……」
祝福の言葉を笑って受け取りつつ、しかし本人的には多過ぎるとすら思っている視聴者数の表示を眺めながら、メイは配信チャンネルとしての今後の方針を口にする。
「ぶっちゃけそんな深いところには潜らないから、飽きちゃったらごめんねー」
〈え、そうなん?〉
〈そもそも前線攻略引退するって話でしたし〉
〈上・中層くらいでゆるーく配信したいって言ってたよな確か〉
〈正直もったいない気もする〉
〈えー深層タイムアタックとか見たかったんだけどなぁ〉
〈っていうか中層も別に緩くはないんすがね……〉
元々、メイは配信をクラン脱退後の趣味 兼 一応の収入源として考えており。刺激を求めるリスナーたちには悪いが、今でもその方針は変わっていない。なので今後のメイの活動に飽いてしまったら、遠慮なく去ってくれて構わない。そんな気持ちを言外に含ませて、言葉を続ける。
「どっちかというと初心者向け?みたいな……駆け出し
〈初心者向けかぁ〉
〈叩き上げのS級
〈ダンジョン内で遭難したときの対処法とか〉
〈拳一つでモンスターを滅殺する方法とか〉
〈味方に毒を盛られても生き延びる方法とか〉
〈ツンデレデレモンスターを手懐ける方法とか〉
〈初心者向けとは……?〉
「あっはは。とりあえず現時点でできるアドバイスは……水はたくさん持っていっとけってことくらいかな」
残念がる者、楽しみにする者、種々の反応を流し見つつ、メイは小さく笑う。なんだかんだと言っても、ダンハブ民どものことは嫌いではない。マジで性格は終わってるとも思っているが。兎角、去る者を追いはしないが、見てくれる人がいるのならそれは喜ぶべきことだ。もにょもにょと寝ぼけるマリを撫で続けながらそんなふうに思い、しかしそれはそれとして言うべきことは言ったのだからと、これまた何の未練もなく配信の締めに入る。明日でも明後日でも、いくらでも続きはできるのだから。
「はーい。というわけで早いけど、今日は近況報告の配信だしこの辺りで」
次はまたダンジョンの中で会おうねぇ〜、と、緊張感の欠片もない気怠げな声音で言うメイ。終わりの挨拶などは特になく、マリから離した右手をカメラへ向かっててきとーに振るのみ。深淵層での配信時と何ら変わりないその様子にリスナーたちも各々てきとーな別れの挨拶を告げ、ゆるーい空気のまま配信は終わる。浮遊カメラも機能を停止し、入れ替わりにマリが──指の触れる感触が消えたことで──、意識を浮上させゆっくりと身じろぎしていた。
「──さてさて。今日はもうやることもないし……昼間っから酒でも飲みますかねぇ」
半ば独り言のようなそれを聞いたマリは、っ!!と一瞬で完全覚醒し、ジュババババッ!!と恐ろしく機敏に冷蔵庫の方へと転がっていった。身を伸ばしてドアを開け、安い缶チューハイを引っ掴んでメイの元へ。背もたれの後ろから這い上がるようにソファに戻……り切らないうちから、ほら飲め早く飲めとばかりに缶を差し出す。
「くくっ……ありがと、マリ」
隣に身を置き、わくわくそわそわとメイの様子を覗うマリ。この家での生活を経て、彼女はもう知っている。これを飲むとメイは機嫌が良くなり、積極的になり、そして種々の体液が常以上の色香を纏うのだと。対するメイは笑いながら、片手で器用にプルタブを開け、最初の一口を勢い良く胃に流し込んだ。その背丈体型のせいで傍目には二十歳未満飲酒の絵面だが、多田良メイは二十二歳の合法超絶美女である。
「っぷはぁ。こればっかりは、ダンジョンには持ち込めないからねー」
まだ日も高いうちから、誰に気兼ねすることもない自宅で、マリと二人でだらけながら酒を飲む。最近知った素朴な幸せを噛み締めながら、明らかに
「そういや、わたしたちのチャンネルの名前決めないとだねぇ」
設立時にとりあえず付けた仮称のままというのも味気ない。何か良い感じの案はないものかと、首を捻って考える。
「んー…………………………『嵐を呼ぶメイマリちゃんねる』。どう?」
よく分かんないけどダサい気がする。
そんな気持ちでマリはメイの太ももをぺちぺちと叩き、ダメ出しを食らったメイはえーっと不満げに口を尖らせる。チューハイで少し湿ったその唇がマリの
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これにて完結となります。お読み頂きありがとうございました!
もしよろしければコメント、☆などなど頂けると嬉しいです!また、この世界線でのメイとマリのお話は完結しましたが、拙作「ダウナーさんとツンデレデレさん ~あらゆる世界線でいちゃつく二人~」にて色んな世界線・関係性での二人の様子などを書いていますので、もしご興味ありましたらぜひそちらも覗いてみて下さい!
最後にもう一度、最後までお読み頂きありがとうございました!
ダウナーダイバー×テンタクル 〜逆恨みでダンジョン深淵層に落とされ隻腕になったS級探索者さん、ツンデレデレ触手ちゃんと出会いなんやかんや頑張る。あと配信とかもする〜 にゃー @nyannnyannnyann
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