アルバート・ホワイトはロンドンで開業した
僕がアルバート・ホワイトという医者と出会ったのは、高校に入って最初の夏休みが終わる頃だった。
ブバスティスの土産物屋で一つしかない置物に同時に手を伸ばしたのがきっかけだ。バステト神と言えばエジプト座りをしているものと相場が決まっているのだが、一つだけが香箱を作っていたそれを、彼は譲ってくれた。下手な恋愛小説めいた話だが、それだけなら知り合ったというほどではなく、正しく出会ったと言うべきだろう。
翌日、エジプト考古学博物館で黄金の棺のあたりをうろついていたところで再会した。僕は先方の顔など覚えていなかったのだが先方がこちらを見つけた。というより、付き添いの叔父が着ていた和服を見つけた。叔父は「あっちぃ、洋服にしようかなぁ」とも言っていたが、今日は博物館だから涼しいだろうと和服を貫いたのが好判断となった。有名観光地に(叔父の)目立つ服装とはいえ、この時点ではまだ偶然であったと思う。
その翌日、ギザの三大ピラミッドで三度彼に出会った。これはもしや運命か、とは双方で意見の一致したところだ。何かしら簡単な会話をしつつ、たまたまスフィンクスの下にあるあり得べからざるものに話が及び、そこで意気投合して大いに盛り上がった。オカルトの話題については一般的でない単語が多く、互いに十分理解できたとは言い難いが、異国の同好の士として連絡先を交換する程度には親しくなった。例のエジプト航路で行方不明になった男の話は、正直すっかり忘れていたのだが、思い返せばこの時に聞いたのだと思う。
次の日に僕は帰国、彼はナイル川クルーズに参加したはずで、それ以来彼とは会ってはいない。ただ香箱バステトのお礼にラッキーキャットを贈ったり、互いの国の怪異や伝承についての情報を交換したりして、連絡を取り合ってはいた。
引き締まった容姿と穏やかな物腰の英国紳士はイギリスのオカルトファンにはアルバ・ブランと言った方が通りがいいかもしれない。本人も(場合によっては)ペンネームの方が有名かもしれないと言っていたし、その名前で書いた小説も頂いた。
遙かな未来、人類が凋落した時代の、シティを宇宙人に占拠され郊外は魔物が跋扈するロンドンの若者達を描いた「黄昏のロンドン」シリーズは一部に根強い人気があるという。
これに僕が教えた日本の話が役に立ったとかで、“アルバ・ブラン”のファンクラブ、という名目の実質友人知人の集まり、では僕、
以前にもらった彼の手紙によれば、「大いなる霧」が現れた可能性が高いらしい。それが再召喚される条件は三つ。
まず第一に、召喚の呪文を知っていること。覚えていなくても理解できなくても、聞いたことがあるか見たことがあればいい。
第二に、「大いなる霧」に見られていること。こちらは見ていなくてもいい。そしてこの二つは順番を問わない。つまり「霧」に見られた後で呪文を知ってもいい。
そして第三に、満月で霧の出た夜に、この二つの条件を満たした者のところに「大いなる霧」は勝手に訪れるとのことだ。
確かにロンドンは霧が有名だ。日程的にも満月の夜が含まれている。だが折角ホワイト氏が丁寧に警告をくれ、例の本にもわざわざ封をして寄越したのだ。僕が「大いなる霧」に出くわす可能性は限りなく低いと言っていいだろう。
ただ、ロンドン在住の若き開業医にして小説家であるアルバート・ホワイト氏が、僕宛の手紙を最後に行方が知れなくなったことは、確かな事実である。失踪する前の夜に甲高い叫び声のようなものを聞いたという証言もあるようだが、こちらは定かではない。
廃村の霧 潤田子虎 @UltharNeko
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