5
母親のことと事故のこと。
老人の中で解消されない二つが混ざって、どうしていいのかわからなくなって、それで夜な夜な化けて出てるのかもしれない、と考えた私は、とりあえずスマホで片っ端からそれっぽい事故調べまくったの。
母親はもういないし、どうしようもないけど、せめて事故のことだけでも解決出来たらこの老人も納得してくれるんじゃないかって。
調べてるときにたまたま見つけたのがさっきの投稿。ゴト、リ、じゃなくてコト、リ、って音がベランダからして、っていう投稿があってね、そっちに事故のことがちらりと書いてあったよ。場所も知ってる人なら特定できそうな所まで書かれてたから、それをとっかかりにして調べたら、案の定。ひき逃げ犯、半年くらい前に捕まってたよ」
男が神妙な顔をしている。
なにか思うところがあるのかもしれないけれど、興味がないのでスルーした。
「でね、それ教えてあげたんだ。犯人とっくに捕まってるよ、よかったねって。老人ははっとして、少し目の焦点が合ったように見えた。でも、それだけ。いい加減眠くてさ。真夜中にスマホで何時間も調べものするのって本当に体力使うの。もうさ、限界だったんだよね、いろいろと。だから思わず言っちゃったんだ。あんたのお母さんはもういないし私はお母さんにはなれないけど、少なくとも私はあんたのことあんたのお母さんよりは大切にすることができるよ、って。老人が私の話聞いてるの分かったから、勢いのまま私はまくし立てた。
もういいじゃん、お母さんとか。もしあんたが私のこと尊重して大切にしてくれるんだったら、私もあんたのこと大切にするし尊重する。どうする? 私のこと尊重する気が少しでもあるなら、私のこと夜中に起こさないで。安眠させて。ゆっくり寝かせて。
老人の目を見て言ったらわかってくれたみたいで、老人は一つ頷いて消えちゃった。本当にいなくなったのか不安で、ベランダに出て確認してみたら、老人がいた所に古びた赤い指輪が落ちていた。……これなんだけどね」
右手をひらりとさせて、中指にはめた指輪を見せる。
男は無言で指輪を見て、私を見た。
「困っている、わけではなさそうですね」
「うん。実はさ、最近、ストーカーに引っ越し先バレちゃって。また粘着され始めてうんざりしてたんだけど、ある日を境にピタッと止んだの。たぶんこいつがストーカーだろうなって人と共通の知り合いにそれとなく聞いてみたんだけどさ、そいつ老人の霊に憑りつかれたとか言ってるらしく、今、引きこもり状態らしいよ。だから、ある意味この指輪のおかげで毎晩安眠できてるまである」
「それはよかったですね。でもその話、なぜ僕に?」
「伝えてほしいって頼まれたんだ。『お兄ちゃん、私に翼をくれてありがとう』だって。なんのことかわかる?」
「さあて」
男はにこにこと笑いながら、テーブルの上で人差し指と親指を動かしている。
どうせなら私も、老人じゃなくて小鳥が見えたらよかったのに。
これ見よがしに私には見えない私の小鳥と戯れる男を、精一杯睨みつけてやった。
ゴト リ 洞貝 渉 @horagai
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