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「翌日の夜、寝ているとまたあの音がする。無視していると、オカアサン。アケテ。イタイ。コワイ。ドウシテ。ゴメンナサイ。がエンドレスで聞こえてきて、結局私は根負けして起きた。でも、あの時私の中にあった感情は恐怖とかじゃないよ。二日連続で夜中に叩き起こされて、正直めちゃくちゃキレてた。昨日は確かに怖いって思ってたけど、こう毎晩しつこいと怖いよりうざいが勝った。こっちはストーカー被害でずっと気を張ってて、引っ越しもすごく大変で、ようやく安心して眠れると思った矢先だったから、もう、ふざけんなって、ね」

「……もしかして、ふざけんなって、言ったんですか?」

「言った。ふざけんな、何がお母さんだ、何がごめんだ、ごめんで済めば警察要らねーんだよって、カーテン越しではあるけれど、一気にまくし立ててやった。そしたら、声がピタリと止んだ。でもゴト、リって音はまだしてた。だからさらに言ったんだ。開けてやってもいいけど、ここにあんたのお母さんはいないし、痛いとか怖いとかが解決するわけじゃない。いい年してるんだから、いい加減母親頼みじゃなくて、少しは自力でどうにかしろ、ってね。音はまだしていた。だいぶ音量が小さくなってたけど、まだ止まない。だからさらに言ったんだ。助けが要るならもっと具体的にどうしてほしいのか言わないとわからないだろ、って。

 そしたらさ、完全に音がしなくなったんだ。だから、思い切ってベランダのカーテンを開けてみた。

 ベランダには昨日の老人がいた。でも、なんか昨日とは雰囲気が違ってて。相変わらずどこを見ているのかわからない目だったけれど、昨日ほど狂気じみたものはなくなってた。で、老人は言うんだ。ぽつりぽつりとではあったけど、子どもの頃お母さんからネグレクトやDVを受けていたこととか。酷いことさんざんされたみたいで、私だったら家飛び出して絶縁するな、と思いながら聞いてた。


 でもその老人はなんだか逆に依存しちゃったっぽくて。何とかして自分を受け入れてもらおうと躍起になって頑張って、頑張って、人生をお母さんの言う通りにすることに捧げて。で、金と時間ばかり吸い上げられて気付いたら愛されることもなく母親は亡くなってしまい、自身も年老いて、どうしていいのかわからなくなって。最後は深夜に徘徊中、車にはねられたんだって。ひき逃げされて、犯人が捕まったのかどうかもわからない、と。話を聞いて、あああのゴト、リって音、たぶん事故の時の、体が地面に叩きつけられる音だったんだなって思った。

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