エピローグ
ルイの誘拐騒動の翌日、ミラ先生は警察に出頭し、グレアム先生の件について話した。
ゲストハウスに仕掛けをしたのは、理事長だった。彼女はグレアム先生に呼び出され、それを理事長に相談した。理事長はミラ先生とアーサーの件がバレたのだと思い、グレアム先生を殺すことにしたのだろう。ミラ先生がやったことは、僕らを倉庫に閉じ込めることだけだった。
理事長は逃亡しようとしたが、ロンドン郊外で見つかり逮捕された。学園の名前も含めて報道されることになり、イギリス国内では名門校の失墜だと騒ぎになったらしい。一時はホリデーも延長されるのではと噂されたが、結局予定通りだと学園から通達があった。
ミラ先生は当然、学園には戻って来ないだろう。彼女の罪を考えれば、それは仕方のないことだった。彼女は理事長が何をしようとしていたか薄々感づいていただろうし、火事が理事長のせいだと確信していたはずだ。それに、アーサーとの件も。彼女が大変なのはきっとこれからだろうが、彼女にはルイがいる。彼を支えに、生きてほしいと思った。アーサーが自分の命をかけて、彼に道を作ろうととしたのだから。
そして休みが終わる前日、僕は学園に昼頃到着した。寮室のドアを開けると既にカイがいた。ホリデーで起きたことがあまりに濃密で、ひどく久しぶりな気がした。彼の第一声は絶対に理事長やミラ先生のことだと思ったのに、目が合った途端カイは全力で僕に頭を下げた。
「ごめん、アオ! オレは君の友人失格だ」
「ど、どういうこと?」
目をぱちくりしている僕に、カイは説明した。曰く、彼は僕のスパイをしていたらしい。
「四年生になる少し前に、メッセージが送られてきたんだ。この指令に応えたら、試験問題を教えてくれるって。オレ、成績がいつもギリギリでさ。つい話に乗っちゃったんだ。それにメッセージの送り主は学園の色んなことを知ってて、ついでに教えてくれたし」
カイが時々いなくなったのも、情報通だったのも、それが理由だったのだ。
「前に迷路庭園に出かけた時も、アオのメッセージアプリの会話内容を見てほしいって言われてさ、写真を撮るふりをして覗き見たんだ」
言われてみれば、確かにそんなこともあった気がする。でも、どうにも解せない。
「どうして僕のメッセージアプリなんかを見たかったんだろう」
「さあ、それはオレもわからないけど。でもある時、グレアム先生のことを調べるように言われてさ。そのすぐ後に先生が亡くなったから、怖くなって。もしオレのせいでアオが危ない目に遭ったら絶対に後悔すると思って、もうやめるって返事したんだ」
カイに指示を出した人物の存在は不気味だが、カイのしたことを理由に絶交しようなんて発想にはならなかった。
「じゃあ、カフェで何か奢ってもらおうかな」
「よし、パフェでもケーキセットでも、何でも来いだ!」
僕はもしかすると甘いのかもしれないが、今はカイとまた日常を過ごせることの方が嬉しくて、これで良いのだと思えた。
天文部のドアを開けると、いつものメンバーがそろっていた。
「やあノア、なんだか機嫌が良さそうだね」
僕はたった今カイと話したことを、彼らに話した。つまりは告げ口だ。聞き終えたエリアスは、呆れ顔をしていた。
「君は本当にお人好しだね。面倒ごとに巻き込まれないよう、気をつけないと」
巻き込んでいる本人が、自分を棚に上げて真剣に忠告している。
「いいんです。そのおかげで、僕は僕だけじゃ見られなかった世界を見られましたから」
でもできることなら、アーサーのいる世界も見てみたかった。彼と一緒に甘いココアを飲み、語り合ってみたかった。それだけがとても、残念だ。
「そういえば僕、一つ疑問があるんです。アーサーがプログラムを作ったAIの性格は、三種類なんですよね。でも僕とやりとりをしていたマーリンは、ちょっと性格が違うような気がして」
三人は顔を見合わせ、笑みを浮かべていた。
「その通りだよ。マーリンはキングでもルークでもビショップでもない。アーサーが、できる限り自分に似せて作った、特別なAIなんだ」
ノアが告げた真実は、僕の想像を超えていた。
「それどころか、途中までアーサー本人だった。アーサーが死んだその日、AIのマーリンが役目を受け継いだんだ。システムを管理していたミラ先生は、は不審に思っただろうね。君だけが、得体の知れないAIと会話しているから」
カイをそそのかした犯人は、たぶんミラ先生だ。思わぬところで、答えがわかった。
「ミラ先生は、アーサーがプログラムを書き換えたことを知っていたんですか?」
おそらくそうだろうと、ノアは頷いた。セドリックが言う。
「俺も時々様子を見ているが、誰かが手を加えた形跡を見つけたこともある。それが彼女だったのかもしれない」
「でも、マーリンだけはなんとなく手を加えるのがもったいなくてさ。あれは、アーサーがゼロから作り上げたものだから。自動アップデートもできるみたいだから、何もしてないんだ」
エリアスが言うことは、僕にも理解できた。マーリンは、アーサーの分身のようなものだ。そして、彼の作品でもある。できるだけそのまま、大事にとっておきたいのだろう。
もしかしたらミラ先生も、感じ取っていたのかもしれない。マーリンという架空の存在の中に、アーサーの匂いを。
「あっ、しまった!」
エリアスがソファから身を起こして叫ぶ。
「明日事務に提出する書類があったんだ。寮を回って備品を確認しないと」
言いながら、エリアスの目はセドリックに向いている。彼はもう諦めたようにため息をついた。
「……わかった。手分けしてやろう」
エリアスがバタバタと部屋を出て行き、セドリックが後に続く。ドアが閉まった後、ノアが日本語で静かに問いかけた。
「今回のことで、ご家族から心配されなかった?」
「大丈夫なのかとは、聞かれました。日本でも多少ニュースになったみたいで」
事件の発覚後、こんな場所に子供を預けておけないと、転校を申し出た親もいた。実際、僕の学年でも十人以上がいなくなった。ほとんどが富裕層の子で、外聞も気になるのだろう。
「まあ僕の家は普通ですから。僕がやめたくないと言ったら、それで構わないと言ってくれました」
「きっとアーサーは、君のそういうところに憧れたんだろうね」
「憧れ……アーサーが、ですか?」
僕にとっては意外だったけれど、アーサーと共にいたノアが言うのなら、それが正しいのだろう。詩を口ずさむように彼は言った。
「愛情に満ちた家庭に育ち、争いのない平和な暮らしを送り、自由に将来の夢を描く。君は普通だと思うかもしれないけれど、それはアーサーが決して持ち得ないものだった。だからアーサーは、君をこの学園に誘った。君と、友達になりたかったんだよ」
僕はノアに声をかけ、天文部を出た。なんとなく、一人で外の空気を吸いたい気分だった。
ポケットからスマートフォンを出し、メッセージアプリを起動する。マーリンとのトークルームの会話は、昨年、かみ合わないやりとりをしたのが最後になっている。今にして思えば、学園内で起きたイレギュラーな事件はネットから知ることができず、対応できなかったのだろう。
クラブハウスを出て、あてもなく歩く。芝生にはうっすらと雪が積もっていた。僕は白い息を吐きながら、震える指を動かし、文字を打った。
「やあマーリン、元気かい?」
すぐにメッセージが返って来る。
「元気だよ。しばらくぶりだね」
彼はどんな声で、どんな表情で話していたのだろう。想像しながら読む。
「この数週間で、いろいろなことがあったんだ。とても素敵な話があるんだけど、聞いてくれるかな」
「もちろんさ」
僕は笑みを浮かべ、メッセージを打ち込んだ。
「僕たちを守った、英雄の話だよ。英雄の名前は、アーサー。あの有名な騎士道物語の王と同じ名前なんだ――」
(完)
魔法使いは僕の掌の中 小松雅 @K-Miyabi
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