オハナシハツヅク

 と言っても、転移魔法が使える私には、場所が分かっているところに行くのは拍子抜けするほどあっけない。


 もう、王都の私のお屋敷の前に立っていた。


 「—— クリムヒルトお嬢様」


 セバスチャンだ。

 一番面倒くさそうなのに最初に会ってしまった(失礼)。


 「何度お嬢様の後を追って、こっそりお嬢様の後ろをつけて、お嬢様の部屋に忍び込んでお嬢様の暮らしを見守りたかったことか……」


 お前、それストーカーの中でもやばい部類のやつだからな。見つけ次第絶対に息の根を止めたくなるパターンのやつだからな。


 それでも、セバスチャンの泣きそうになりながらもホッとした表情で笑っている姿にうるっと来てしまった。


 「—— ただいま、セバスチャン。みんないる?」


 「はい、みなさんおそろいです。早くお顔を見せてあげてください」


 セバスチャンはハンカチで目尻を抑えると、玄関の門を開けてうやうやしくお辞儀をした。


 「おかえりなさいませ、クリムヒルトお嬢様」


        *


 園庭に入ると、マクゴナガルが4年前と全く変わらぬ雰囲気で掃除をしていた。


 マクゴナガルのメイド服はちょっとだけくたびれてきていたようにも思えた。

 私がメンテナンスをサボってしまったせいだ。


 私が近づくのに気付いたのか、ホウキの手を止めて振り向く。


 「—— お嬢様」


 大きく見開く目。


 その瞬間マクゴナガルはズカズカ私に近づくなり、大きな声で怒鳴った。


 「いつまでのんびり散歩してたんですか、この放蕩お嬢様は! 旦那様が本気で勘当するわけないでしょう!」


 懐かしい怒り声だ。思わず涙があふれる。


 「ごめんなさいマクゴナガル。ただいま」


 「おかえりなさいませ、お嬢様。 みんなお待ちかねですよ」


 —— マクゴナガルも泣いていた。



       ◇◆◇◆◇



 お父様、お母様、お兄様が家族用のリビングで待っていた。

 セバスチャンがすぐ知らせたようだ。


 「—— お父様、お母様、お兄様。クリムヒルトが戻りました。ご心配かけてどうもすみませんでした」


 きっと怒られるんだろうなと覚悟しながら頭を下げる。


 「—— おかえり、クリム」


 と、お兄様。やさしい声だ。


 「すっかり大人になってしまったわね、わたしのクリム」


 お母様も目が真っ赤だ。


 「……」

  —— お父様は無言だ。


 「……」

  —— まだ無言だ。


 「……」

 

 いやいや、そろそろなんか言って!

 この沈黙つらいから——


 「—— よく帰ってきた……。みんなお前の帰りを待っていたぞ、 もちろん私もだ……、とお父様はおっしゃっているわ」


 お母様止めて! 腹話術じゃないんだから!

 そこはお父様の肉声が聞きたかったわ——


 「—— クリムヒルト」

 重々しい父の声。


 「—— はい」

 私がしずかに返す。


 「クリムヒルト……」


 「はい……」


 「クリムヒルト————!」


  もおええんじゃ————!



 でも、気持ちは十分伝わってきた。


 心配かけてごめんなさい。


 —— そして、ただいま。私の家族。

 


       ◇◆◇◆◇



 久しぶりに私の部屋に戻った。


 家を飛び出した日と全く変わらず、しかしよく見るとほこり一つない部屋。今日まで毎日丁寧に掃除されているようだ。



 ドアをノックする音が聞こえた。


 「クリムヒルトお嬢様。私でございます。ルーネです」


 ドアを開ける。懐かしいルーネの顔。


 「ル—————ネ!」


 思わずルーネに飛びつく。



 ルーネに話したいことがたくさんあった。


 どんな逆境になっても「この話しを後で面白おかしくルーネに聞かせてやろう」と思っただけで勇気が湧いたものだ。


 でも、ルーネの顔を見た今は声が全く出ない。


 「ルーネ〜!」


 わんわん泣いてしまった。

 そんな私に、ルーネは肩を抱き、背中をさすり、頭をなでてくれた。ずっとなでてくれた。


 —— 4年間の重しが融けて、流れていった。


 ようやく、顔を上げて言った。


 「ただいま! ルーネ」


 「おかえりなさい、クリムヒルトお嬢様」



 にっこり笑った。



       ◇◆◇◆◇



 夕食まであともう少し。


 ひとりになった私は、スライムとして自我が芽生えてからのこの歳月を振り返った。


 灼熱竜を食っているところで自我が芽生え人生らしき人生がようやくスタートしたと思ったら、スライムの里からも勇者パーティーからも追い出されて死んで、この世界に転生して……


 —— なんか波乱万丈だったな。


 灼熱竜やオルタクリム(頭の中)、ひいおばあちゃん(日記)と出会ってまもなく5年半。


 それからも、学校生活やダンジョン・ティンブクトゥで正に怒涛の日々。


 自分一人ではとてもじゃないけど生きていけなかった。


 私の近くにみんながいつもいてくれたお陰で、なんとかここまで来れた。



 「いつもありがとうね」


 彼らに言ったことのない気恥ずかしい言葉を思わずつぶやいた。


 『……』


 気恥ずかしく感じているのか、返事がない。


 「もう、私も恥ずかしいんだからね。ひとりで言わせないで——」


 私は思わず声を出す。

 

 『我はもうそろそろ行かねばならぬらしい…… ついつい楽しくてこの世界に長くとどまり続けてしまったが、我は異郷のモノ。おぬしは定めがあってこの世界に転生したが、我はおぬしにくっついてこの世界に来てしまっただけだからの……』


 灼熱竜の、か細い声。


 「え⁉ 何を言ってるの? 竜さんと私は一心同体なのに!」


 『そう言ってもらえて幸せじゃ。我はおぬしに喰われてよかった……』



 『私ももう消えるみたい……』


 オルタクリムも言う。びっくりしすぎて顔を抑える私。


 『この世界でもう思い残したこと全部経験できちゃった。ありがとね』


 「そんな! 私を置いていかないで——」



 『わたしのかわいいかわいいひ孫や。泣くでない。お前はもう十分強くなった。わたしらがいなくてももう立派に生きていけるだろう。お前はわたしの宝じゃわい。 もちろん、昔のクリムヒルトもじゃがな』


 おばあちゃんが私とオルタクリムに最後の挨拶をした。



 『『『ありがとうクリム……』』』


 

 それきり、頭の中からも日記からも声がしなくなった。


 —— 私は泣き続けた。

 


       ◇◆◇◆◇



 夕食の時間になった。


 腫れぼったい目をしながら重たい足取りでダイニングに行くと、メイドさん、料理人さん、使用人さんがずらりと待っていた。


 今日は私の冒険譚が聞きたくて、お父様に直談判して一緒に食事を取る許可をもらったらしい。


 料理長のベンが腕によりをかけた料理が久しぶりに食べられる。私は少しうれしくなった。


 お父様もお母様もお兄様も興味津々な目をしている。



 「それで最初は、コペンへーグンの町に行って、職を探そうとしたのよ——。運良く見つかったギルドがとんでもないブラックでね——」


 私の話しは夕食が終わっても尽きなかった。


 温かい、雰囲気のよいリビングに拠点が移され、ソファーやロッキングチェアや床で思い思いにみんなくつろぐ。

 紅茶が出され、クッキーをつまみながら、私の物語を楽しみに待つ。


 「で、20階層目にとうとうログハウスを作ったの。ログハウスはここみたいにくつろげるようにいろいろ工夫してね……」


 みんな楽しそうに聞いてくれた。



 いよいよ長かったクリムヒルト・サーガも最終章まできた。


 「で、とうとう寂しくなって、今日帰ってきたってわけ。みんな私のこと心配してくれててありがとうね!本当にごめんなさい」


 私はみんなに素直に頭を下げる。


 「もういいんですよ。お嬢様が無事だっただけで十分です」


 マクゴナガルがみなを代表しているかのように言った。みんなうなずく。



 帰ってきてよかった。


 私は、灼熱竜とオルタクリムとひいおばあちゃんのいない夜の寂しさと、我が家に4年ぶりに帰ってきた安堵感で、疲れて眠れなくなってぐるぐるいろんなことを考えて、、、いつしか眠ってしまっていた。



       ◇◆◇◆◇



 翌朝。


 「それでこれからどうするつもりだ? もう帰ってきていいんだぞ」


 お父様。勘当したつもりでもなかったのに家出して4年も留守にしていた放蕩娘をもう逃さない気配。


 「はい、その点につきましては私に考えがありまして。実はですね……」



 もう面倒くさくなった私は、この家とダンジョン・ティンブクトゥの20階層目の私のログハウスを繋ぐ転移門を作ってしまったのだ。


 「これで家にいながらのんびりダンジョン生活を送ることができます!」


 にやっと笑う私。


        *

 

 週末はダンジョン・ティンブクトゥ観光だ。


 みんな恐る恐る転移門をくぐる。


 その先にはログハウスの玄関、そしてその先には20階層目の景色が広がっていた。


 「うわ———っ!」


 感嘆の声が上がる。


 ダンジョン地下の遥か20階層目だと聞いていても、湖と山に囲まれたその風光明媚な光景からは想像がつかない。



 そこからの怒涛のダンジョンツアーが開始された。


 『オアシス』やダンジョンリゾート、カメヤマ工場、地上に戻り建築中の都市やバンク本店の巨大なゴシック調の社屋、白亜の塔『バベル』を見たみんなは最後に言った。


 「「「「「こんな生活間違ってる〜!!!」」」」」

 


 こうして、とある辺境の地で落ちこぼれスライムだった俺がパーティーを追い出され、異世界最強聖女に転生し、のんびりダンジョン生活をも無双する、すてきな人生が、今、始まったのである。



———————————————————

長い話しに、最後までお付き合いくださって、ありがとうございました。

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とある辺境の地で落ちこぼれスライムだった俺がパーティーを追い出され、異世界最強・悪役・新米聖女に転生し、のんびりダンジョン生活をも無双するのは間違っているのだろうか 八田さく @hachida_saku

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