聖女の帰還

 ちょうどそのころ、クリムヒルト・フォン・バウムスは住み慣れた20階層のログハウスでゴロゴロしていた。


 —— 16歳7ヶ月のクリムヒルトとしてはもう十分働いた。満足である。


        *

 

 ダンジョン・ティンブクトゥは世界有数のダンジョンとなった。

 今やその名を知らぬものはいない。


 先日、とうとう訪れる冒険者数がダンジョン・オラトリオを抜いた。

 名実ともに世界一である。


        *

 

 『世界のカメヤマ』はポーションだけではない。


 工場から生産される各種耐性マントや通信、テレンビなどの様々な魔道具、武具、アパレルから食料品などなど、『世界のカメヤマ』の商品はどれも高品質でありながら手頃な値段をキープ。


 しかも、ブランド商品には一品一品全て、絵が動く魔法を付与された小さな『世界のカメヤマ』ロゴが貼られていて偽物はすぐばれる。


 安心・安全・安定の証だ。



 同じ31階層に建てたカメヤマ第2工場は、第1工場の5倍の広さを誇る。

 まだフル稼働はさせていないが、それでも第1工場と合わせ、ポーション生産ラインは30万本/日を生み出している。


 『胃袋』の技術が上がったため、ポーションの効用が大幅に増した。

 お値段は抑えつつ、ポーションの高品質化を日々図っているのだ。


 こうして、『世界のカメヤマ』は今や世界有数の総合ブランドに成長していた。


        *


 もともと冒険者のための貴重なポーションであったが、値段もこなれ入手しやすくなったことで病院や一般家庭にも万能薬エリクサーとして広がりはじめた。


 ポーション水も安く大量に生産できるようになった。

 

 財団法人『邪悪でない聖女』が巨万の無償支援を行って進められている「井戸水の代わりにポーション水を飲もう」キャンペーンは、それまで疫病が流行りがちであった農村の衛生環境を一新した。


 —— 疫病やケガで簡単に人が亡くなっていたこの世界が、今大きく変わりつつある。


        *


 世界中に展開されている『ティンブクトゥ』の名を冠した高級リゾート・ホテル総合ブランドもクリムの配下だ。


 もともと冒険者の宿泊施設としてスタートしたが、口うるさい冒険者たちの無理難題とも思える数々の要望に答えているうちに、サービスの質が超一級となっていた。


 ダンジョン・ティンブクトゥだけのサービスのつもりだったが、国王に請われてリゾート地 アタニにホテルを建てたところ評判が評判を呼び、いつの間にか世界中に展開するまでに成長してしまった。


        *

 

 『聖女の宅急便』は狭いダンジョンから飛び出し、ラスト・ワンマイルを埋める革命的なサービスとして文字通り世界の物流を変えた。


 ダンジョンに作ったアイテム交換所から端を発した『サマルカンド・ブルー何でも売るお店』がいつしか『百貨店』と呼ばれるようになった。


 『聖女の宅急便』サービスと組み合わせることで注文1本でどこにでもなんでもすぐに届けるサービスも生まれた。

 このサービスはダンジョン・ティンブクトゥの昔の面影から『密林(アマゾン)』と命名した。


 大きな都市の市場で物をまとめて買いつけ何日もかけて村まで運んで売るような行商形式から、小売された商品をわずか1日、2日で各人の家まで届けてくれるように、世界は大きく変化したのだ。

 —— これはミヨマイル君が行商人時代に思い描いていた夢でもあった。


        *


 『バンク』は王国を飛び出し、今や世界に拡がっていた。


 世界中でカード窓口は百万拠点を数え、カードの発行枚数は世界人口の7割を突破、カード読み取り魔道具がない店がないほどだ。


 国の予算も現金や小切手で管理する時代から『バンク』に預けて管理してもらう時代になった。


 総資産は王国や帝国よりも多く、もはや世界中のお金を一手に引き受けているといっても過言ではなかった。


 そしてついに、王国は金本位制から『バンク』通貨本位制への移行を発表したことを皮切りに、他の諸国も雪崩を打ったように『バンク』通貨本位制となった。


 残る帝国はまだ金本位制をかろうじて維持しているものの、帝国民が全員カードを所持し、国の予算も『バンク』が管理するようになっている以上、実質的には『バンク』通貨本位制と言っても差し支えない。


 世界中が『バンク』というひとつの仮想通貨で経済を共有しているようなものだ。


 ミヨマイル君がクリムにあの日うそぶいた言葉が現実となった。


 —— 『バンク』は世界の『金庫』ではなく、世界の『価値』となったのだ。

 

        *


 『邪悪な聖女』財閥はこれらの莫大な資金を元手に、次々に意欲的な投資を行っている。


 クリムたちの目測が誤り、失敗する事業もあるが、彼らはその失敗を糧にさらに大きなスケールで夢を描き、いつしかリベンジを果たす。

 失敗が失敗ではなく、成功へのいしずえとなるのだ。


 このような組織は非常に強固である。



 —— 結果的に、雪だるま式にその規模が拡大していた。

 


        ◇◆◇◆◇



 ———— もう十分だ!!!!!


 究極の面倒くさがり屋の私は、私がいなくても仕事が回るように、日々自動化や仕組みづくりに励んでいた。


 これはという人物を見つけては丸ごと仕事を任せることで、ゴロゴロした生活をしながらガッポガッポお金が溜まっていくシステムを完成させる。


 そこに至るまでの道のりは、大変だったものの、今となっては楽しかった思い出でもある。


 そしてついに、『不労収入』という悪魔のささやきのような素敵な言葉がいよいよ現実のものになってきたのだ。


 もう働きたくない ——!


 今週は表舞台には一歩も出ないとみんなにも宣言し、こうしてログハウスの中で幸せな時間を満喫していた。


 ただし、お金があっても自分の性格は変わらないもので、これといった贅沢をするわけでもなく、相変わらずログハウスで自堕落なのんびり生活を送るだけだが。


 ミヨマイル君がさみしげにしていることは知っていたが、ごろごろしたい欲求は誰にも止められない基本的な人権だ!


        *


 ——そろそろ実家も許してくれるかな?


 父上に勘当された4年前からまだ一度も帰っていない。

 私にも意地があったから。


 『もう十分じゃろう。おぬしももう帰りたい気持ち一杯なくせに』

 

 うるさいな——、灼熱竜も。

 

 『わたしも王都が恋しいの——』


 ひいおばあちゃん(日記)も背中を押す。


 『私もみんなに会いたいわ——。お父様、お母様、お兄様は元気かしら。ルーネはさみしがってないかな。マクゴナガルは老いてないかしら』


 と、オルタクリム。


 そう言われれば、私は数か月しかみんなと一緒にいられなかったのにこんなに懐かしいくらいなんだから、彼女は万感の思いだろうな。ちょっと反省。

 

 「—— よし、帰りましょう。 聖女の帰還よ」


 私はちょっとセンチになりかけた表情を隠し、にやっと笑ってみた。

 —— 私の心が読めるみんなには筒抜けだが。




———————————————————

次話、最終回『オハナシハツヅク』


あと、残り1話となりました。

いままでお付き合いくださって、どうもありがとうございます!

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