聖女たちの挽歌

 「—— こんなに充実した3年間はなかった」


 あの当時を振り返って懐かしそうに語るミヨマイル氏。


 彼は『邪悪な聖女Saint of The Evil』財閥の表の顔フロント・マンである。


 世界中で彼を知らぬものはいない。


        *


 突然『邪悪な聖女』財閥から、ダンジョン・ティンブクトゥおよびその周辺に巨万の資金を投資しての超大規模開発に着手することが発表された。


 財閥のフロントマンであるミヨマイル氏が発表記者会見を行っていた。


 「これが計画の概要です ——」


 ミヨマイル氏がプレゼンする計画は非常に魅力的であり、

 —— 非常に無謀だった。


 「しかも、これのほとんどを3年で達成してみせます」


 ミヨマイル氏が計画を説明し終えると、記者会見の会場はしばし静寂に包まれた。



 『邪悪な聖女Saint of The Evil』財閥とは、クリムヒルトというひとりの若き冒険者がわずか数年で世界的な事業規模の大成功を収めた、その己の巨万の資金を運用し急成長を続けている新興コンツェルンである。


 その資金は、世界の二大国家、王国と帝国の国庫の総額を合わせた額よりも多いと言われている。


 しかし、その発表での計画はあまりにも無謀かつ荒唐無稽であり、誰しもが若く無謀なこの新興コンテンツの手ひどい失敗を想像した。



 「ひとつ質問させてください ——」


 勇気を出して静寂を破った記者がミヨマイル氏に発言を求める。


 「—— ダンジョン・ティンブクトゥは国有地であり、中でも外でもこのような大規模な開発は難しいと思われるのですが、そこはどう突破するおつもりでしょうか? 開発予定地の事業用定期借地権を獲得するとしても、国相手に契約難航し、それだけでも数年かかりそうですが」


 もっともな質問だ。巨大な財閥とはいえ、勝手に一企業が公共のダンジョンを占有してよいわけはない。


 その質問はしかし、ミヨマイル氏がすでに予想していた範疇であった。

 ミヨマイル氏が質問に答える。


 「申し遅れました。本日『邪悪な聖女Saint of The Evil』財閥の買収により、ダンジョン・ティンブクトゥおよびダンジョン入口から半径5キロメールほどの区画の『土地』の私有化が完了しましたことを、ここに報告させてください」


 記者会見場からざわざわとした記者の半信半疑の声が聞こえる。


 「ダンジョン・ティンブクトゥ内での権利は、現在開場している全階層だけでなく、今後攻略が進むであろう、現時点では未踏の階層全てを含みます」


 ミヨマイル氏は一旦話しを終えた。


 別の記者が怒りを含んだ声で乱暴に質問を投げた。


 「それは横暴だ! ダンジョンは神からの賜物たまものだ。魔物やドロップアイテム、素材などのダンジョンの『資源』は一企業が巨額な資金を盾に強奪してよいものではない!」


 この質問もミヨマイル氏は読んでいたようだ。

 臆することなく質問に答えた。


 「その通りです! ダンジョンの資源は何人なんぴとたりとも独占してよいものではありません」


 ミヨマイル氏は質問者の意見に首肯しゅこうし、回答を続けた。


 「我々『邪悪な聖女Saint of The Evil』財閥が取得したのはあくまでも『土地』であることをお忘れなく。我々の獲得した権利の中には、ダンジョン・ティンブクトゥ内の魔物やドロップアイテム、素材、その他諸々の『資源』は含まれておりません」


 ミヨマイル氏が朗々と演説する。


 「これらダンジョンの『資源』は全て、冒険者のものであり、それは未来永劫変わらぬ冒険者のであることをここに宣言します」

 

 一番最初に質問した記者が、不思議そうに尋ねた。


 「それでは『邪悪な聖女Saint of The Evil』財閥は何のために巨万の資金を投入して、中途半端な『土地』の権利を獲得したのですか? ダンジョンでは『土地』よりも圧倒的に『資源』の方が価値があります。みなこれを得るために冒険者をやっていると言っても過言ではない。私が言うのも変ですが、財閥の資金を投入するのであれば『資源』を得る権利をまず狙うべきだと思ってしまうのですが……」


 「『邪悪な聖女Saint of The Evil』財閥が狭視野的な資金増を目的としているのであれば、そうするでしょう。しかし、我ら財閥は『ダンジョンをより豊かな場所にしたい、ダンジョンから人々を幸せにしたい』という、創立者クリムヒルトの強い想いから発しています ——」


 ミヨマイル氏が続けた。


 「—— 私たちが投資するのは実際には『土地』ではありません。私たちは資金を投入しダンジョンをより快適に冒険ができる場所にすることを、ここで改めてみな様にお約束いたします。快適になったダンジョン・ティンブクトゥに冒険者様がお集まりいただけることを心より願っています。私たちは冒険者が増え、ダンジョン攻略が加速し、より豊かな『資源』が人々の暮らしを豊かにしてくれることを願っているのです」


 ミヨマイル氏は一旦言葉を溜めた。


 「—— 今回、私たちが本当に投資するのは、今後ダンジョンを訪れる全ての『冒険者』に対して、です。土地の購入は、その意味では環境作りの土台程度の価値しかありせん。この開発が実り、ダンジョンに『冒険者』がたくさん集まってくれるようになって初めて私たちが投資した意味が出てくるのです。ぜひ私たちを賭けに勝たせてください。よろしくお願いします」


 最後にこう言って、ミヨマイル氏は頭を深々と下げ、記者会見を終えた。


        *


 あのときのミヨマイル氏は、ほんとうに誇り高かった。

 嘘偽りなく、彼が心底それを信じていたからだろう。


 一介の記者である私が、普段は決してOKしないというミヨマイル氏との独占インタビューを獲得できたのは、偶然かもしれない。

 が、あのときの記者会見で一番最初に私が質問したことを覚えてくれていたミヨマイル氏は快く私のオファーを了承してくれた。


 インタビューの中で、あのときの記者会見を振り返ってもらった。


 「私が誇り高いって? そんなことクリム様が聞いたら吹き出してしまうだろうな」


 ミヨマイル氏は、普段表では見せないような人なつっこい表情を浮かべた。


 「—— 私は確かにフロントマンとして目立つ仕事を任されてきた。『バンク』しかり『バベル』しかり。そういった意味で、私のことを『邪悪な聖女Saint of The Evil』財閥の権力者だと誤解するものも居ることは理解している」


 「しかし、これだけは伝えておかなければならない。全ての筋書きを書いているのはクリム様だと言うことを。私なんぞは、その筋書きに従って馬車馬のように軌道を走っているだけだよ。あの方は、ダンジョンだけでなく、世界のありとあらゆることが見えているのではないか、と時々錯覚するよ。本当にそうであって、彼女が全知全能だったとして、私は驚かないがね」


 「まさか、あの『ミスター・バンク』と言われるミヨマイルさんからこんなことを伺うとは想いませんでしたよ。ミヨマイルさんが会見で約束してくださったことが、次々に公約通りに実現していっているところを、私もこの3年つぶさに見させていただいています。ミヨマイルさんの献身的な活躍はみんな知っているところですよ」


 「確かに私は、それまでの私の人生がなんて生ぬるかったんだろうって驚くほど、この3年は濃厚な日々を送らせてもらっている。本当に忙しかったが、本当に楽しかった。この話しをクリム様が持ちかけてきたときは、どんな無理難題かと思ったが、本当に実現してしまった。我ながら内心びっくりしているところさ」


 ミヨマイル氏が感慨深げに、静かに目を閉じた。

 昔のことを回想しているようだ。


        *


 ダンジョンの入口の上にそびえ立つ予定の巨大な白亜の塔『バベル』。

 完成までまだ何十年もかかるが神々の住まいまで届きそうな高さになる計画だ。


 基礎となる、ダンジョンの入口を強化する大規模な工事が終わり、いよいよその上に『バベル』を建築しはじめる。

 明日は、その『バベル』の着工式だ。


 私にとっても、この3年のなんと濃密だったことか。

 記者としてこの3年、ことあるごとに現場に立ち会わせてもらった私にも明日は感慨深いものがあった。


 この単独インタビューでミヨマイル氏と対談し、素のミヨマイル氏を知れたことは、そんな私へのささやかなプレゼントでもあった。


 「クリムヒルトさんは、明日の着工式にも参列されないとお聞きしました。ここ最近は全く表舞台には出ていないようですが、何か理由があるのでしょうか?」


 「彼女が徐々に表舞台からフェードアウトして、私などに表向き任せようとしているのは事実だ。ただし、彼女はそうしながらも、後ろから世界を俯瞰し、次にみんなをあっと言わせるような壮大なことをひとり考えているのさ。彼女が次に私にこう言ってくることを恐れながらも楽しみに待っているんだよ。『ミヨマイル君。今の仕事はそろそろ飽きただろう。次はもっとおもしろいことをやろう』ってね」



       ◇◆◇◆◇



 この3年でダンジョン・ティンブクトゥは様変わりした。


 森だったダンジョン周辺は『邪悪な聖女』財閥の莫大な資本を元に都市へと様変わりするまさにその瞬間を迎えていた。


 地上には巨大な宿泊施設が並び、様々な店が軒を連ねる通りは昼も夜もなく人々は集い楽しむ。


 この流れに乗り遅れんとする投資家たちが遅ればせながら次々に資産を投入する。

 世界中からたくさんの重機が集められ、至るところで建築ラッシュ。


 —— このフロンティアの地は、世界で一番「熱い」場所になっていた。


        *


 ダンジョン・ティンブクトゥの入口は広い巨大な門になっていた。


 巨大な門をくぐり、ダンジョンに入る。


 —— ダンジョンの中も大きく様変わりしていた。


 整備された1階層目は、光魔道具で灯されていた。

 通路には迷子にならないように緑矢印の電飾看板が付けられている。

 元が、来るもの来るものを混乱させ、惑わせていた真っ暗な迷路の監獄トラップであったことを忘れそうなのどかな雰囲気だ。


 3階層目までは、初心者でも入りやすいように安全に配慮されていた。

 お子様連れの家族でもダンジョンに潜り3階層にある巨大なショッピング・モールでダンジョン・ティンブクトゥのお土産を買い、楽しい気分で地上に戻ることができる。

 —— 30階層目までの全魔物・全マップを完全収録した『聖女のガイドブック』はその実用性だけでなく、かわいい魔物の絵や誰得謎情報満載の、お土産としても人気の品だ。


 ホテルやペンションも充実し、魔物たちのパレードも楽しめる。

 —— ステッキを片手にダンスを踊り歌も歌えるネズミの魔物が人気ものになった。


 それだけでも十分楽しめる一大アトラクションリゾートだった。


 大型休みにはティンブクトゥに行きたいと子供たちが親にねだる。

 一度行った大人にもその魔力が効いて、二度三度訪れるリピーターになるらしい。

 近々、年間パスポートを売り出すとの噂もある。

 学校の修学旅行にも利用されるようになった。

 


 それに飽き足らない冒険者には4階層目から本格的な探検を味わうことができる。


 通な冒険者は3階層までの人混みを嫌気してファストパスを購入している。

 これは一気に4階層目の入口まで転移門でショートカットできるシステムだ。


 まさに至れり尽くせり。



 難易度高いと評判のダンジョン・ティンブクトゥの看板に偽りなく、他のダンジョンではお目にかかれないような魔物にすぐ遭遇できるのも魅力のひとつ。


 各階層には商業施設や宿泊施設が完備された『オアシス』があり、そこが安全地帯を兼ねている。


 魔物との戦いでケガをしても3分以内に『聖女の宅急便』でポーションを届けてくれる。

 しかも金に糸目を付けなければ腕の一本や二本、すぐに復活するような超高級品だ。

 —— 噂によると死んでも蘇生すら可能な薬もあるらしい。



 30階層から下は本物の冒険者の世界だ。


 しかし、深層攻略組やマップメーカーには深層に潜るために途中の階層が時間の無駄と感じることもある。


 このために、30階層目から10階層ずつ転移門『ゲート』が用意され、短時間でのダンジョン移動、深層攻略が可能となっている。


        *


 現在の最下層到達地点は79階層だ。


 未だに攻略組の先陣を走っているのはビーターであるキリオ。


 —— 今日も深層に潜りながらキリオはふと考える。

 クリムは今頃どうしているかな、と。



 ここまでダンジョン・ティンブクトゥを様変わりさせたのは、かの『Saint of The Evil』ことクリムヒルトだ。


 —— 彼女の斬新なアイデアは、当初古参冒険者に相当な抵抗を受けた。


 しかし、ダンジョンを初心者も参入しやすく熟練者にとってもより冒険しやすい、そんな魅力ある場所にしようと頑張って丹念に説得を繰り返し、ひとりひとりを味方につけてここまで育て上げた彼女。


 今では古参で口うるさい冒険者も全員が全員、彼女のことを認めているだけでなく、よき理解者として骨身も惜しまずに協力する。


 現在は深層攻略組の後ろ盾となって膨大な資金援助と無償で『聖女の宅急便』を利用させてくれている。


 この1年で深層攻略が一気に進んだのは、陰に日向に支援してくれる彼女の功績が大きい。



 —— まもなく深層攻略組は80階層目に到達する。


 1年ちょっとぶりの階層主戦だ。



 今まで10階層下るのに2年かかっていたのに比べ明らかにペースが上がった。


 ダンジョンの冒険者も数年前に比べると10倍近くに増え、その分優秀な冒険者が深層攻略組に加わってくれるようになった。


 また彼女はマップメーカーにも資金援助を惜しまず、地図は日々更新され、他の冒険者がより安全に冒険できるようになってきている。


 『世界のカメヤマ』ポーショや『聖女の宅急便』サービスもあり、ダンジョン内での死亡率・重症率は大幅に減った。


 ダンジョンはもはやならずものが命がけで挑む一攫千金を夢見る死地ではなく、多くのものにとって生活を営むための十分なリターンが期待できるホワイトな職場に生まれ変わったのである。


 

 また彼女は支援者というだけではなく、超一流の冒険者でもある。


 70階層目の階層主が非常に強く、何度挑んでも攻略できなかったときはみんなで彼女を拝み倒して攻略レイドに加わってもらったものだ。


 一撃で階層主を倒してしまった彼女が「またラストアタック賞もらったわね」と大胆不敵にニヤリと笑って帰っていったのを今でも鮮明に覚えている。




 —— あの悪魔のような聖女、クリムヒルトはどうしているのだろうか……




———————————————————

次話、『聖女の帰還』に続く

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