第42話 共鳴率:ユイトの特別な能力

 今日もしっかりエニグマを討伐して、三番隊第二班の任務はつつがなく終了した。各々帰り支度をしているときに、おもむろにライトが班長のヨキに尋ねた。


「どうしたら、もっと強くなれるッスか?」

「なんだ?改まって」


 面食らったようなヨキだが、後輩が成長しようとする姿勢は素晴らしい。彼は腕を組みながら、ライトに助言する。


「そりゃ、日々の鍛錬。あとは魔晶石をちゃんと奇石に与えて、奇石自体を強くしてやることだろう」

「……」


 それを聞いて、ライトはがっかりした表情をした。彼は気持ちが顔に出やすい。

 ライトを見て、思わずヨキは笑ってしまった。


「おいおい、まさか強くなる裏技でも聞きたかったのか?そんな一朝一夕に強くなれる方法なんてないぞ。地道に努力するしかない」

「そりゃぁ、そうッスけど…」


 そんな彼らの間に、ひょこりとユマが顔を出す。


「裏技じゃないですけれど、強くなるヒントくらいは分かるかもしれません」

「えっ!?それは何ッスか?」


 ユマの発言に、ライトは表情を輝かせた。


「皆さんは『共鳴率』って言葉、聞いたことありますか?」

「きょーめー?」


 首をひねるライト。横で話を聞いていたユイトも小首をかしげた。そんな単語、前の世界線でも聞いたことはない。


「なんだ?その共鳴率というのは?」

「ヨキさん。これは、研究開発班の方で近年提唱された新しい概念なのです。奇石と奇石使いの精神的なつながりを評価するものだそうで…。僕も詳しくは知りませんが、奇石本来の力を発揮できるかどうかは、この共鳴率にかかっているのだとか」

「ふぅん。研究開発班がそんなことを。というか、そんな部署もあったってこと、今思い出したぞ」

「普段は僕らとつながりがありませんからね」

「それにしても、お前はよくそんなことを知っていたな」

「実は知り合いが研究開発班にいるんですよ」


 そんなヨキとユマの会話に、ライトが割って入った。


「あ、あの!ユマさん!そのキョーメーリツってのは、どうやったら分かるんッスか?」

「研究開発班に行けば、専用の機器で測定してもらえるようですよ?試しに行って測ってもらいます?」

「はいっ!」

「では、ユイトくんも是非一緒に」


 急にユマに誘われて、ユイトは目をパチパチ瞬いた。



 結局、ユイトもユマに連れられて、研究開発班に赴くことになった。


【チッ。面倒くせぇな】

「そう言わずに。付き合いも大事だよ」


 ユイトはソウをなだめつつ、


「まぁ、ボクも興味はあるし。君たちのことを知れる良い機会かもしれない」


――と、付け足す。

 前の世界線でユイトは、研究開発班の存在を知ってはいたものの、関わることはなかった。共鳴率についても知らない。だから、それがどんなものか興味があった。


 研究開発班は守護者の関連施設が集まるウヌア大聖堂の南側の、西の端に在った。ユマに案内され、その一室に入っていくと、部屋の中はいかにも雰囲気を醸し出している。

 フラスコやビーカーを始めとしたガラス製の研究器具。顕微鏡と、奇石かどうか判別するための屈折計、その他ユイトにはよく分からない機械がずらりと並んでいる。


 室内には白衣姿の三十路くらいの男がいて、一人でせわしなく働いていた。仕事に集中しているのか、こちらに気付く様子はない。

 そんな彼に苦笑しつつ、ユマが声かけた。


「やぁ、ケイシさん。ご無沙汰しています」

「……えっ」


 ワンテンポ遅れて、ケイシと呼ばれた男がこちらを振り返る。少しズレた眼鏡越しに、彼はユマの姿を見た。


「あっ、ユマさんじゃないですか。こちらこそお久しぶりです。何か、私に御用ですか?」

「実は我々の共鳴率を測定していただきたくて」

「共鳴率を!?」


 途端にケイシは満面の笑みを浮かべた。はたから見ても分かるくらい浮足立った様子である。


「ぜひ、ぜひ!嬉しいなぁ。わざわざ、共鳴率を測りに来てくれるなんて!」


 突然、饒舌になったケイシは聞いてもいないのに、一人でぺらぺらと話し始めた。


「どういうわけか、共鳴率って各隊員の人たちに浸透しないんですよね。なんかね、絆とかいうと嘘くさいものに捉えられちゃうみたいで。デタラメなんかじゃ決してないんですよ!科学的な根拠に基づいていて、きちんと論文にまでなっているんですから。ほら、うちってクロム主席研究員がいなくなってから、どうも目立たなくなっちゃったでしょう?そのせいもあると思うんですよねぇ。あの人、とても優秀でしたから。どうして辞めちゃったんだろうなぁ」


 よくもまぁ、早口でこれだけ喋れるものだと、ユイトやライト、ヨキは面食らった。ケイシの知り合いだというユマだけが「彼って研究の話になると、いつもこうなんです」と困り顔をしている。


「とにもかくにも、隊員の人たちが共鳴率に興味を持ってくれて嬉しいです。ぜひぜひ、測定していってください。こちらのサンプルにもなりますし」


 そんなことを言いながら、ゴソゴソとケイシは機材の準備を始めた。

 一見、ただの水晶玉に見えるソレが共鳴率測定用の機械だと言う。


 占い師が使うような大きな水晶玉には細い管がいくつか接続され、その一つは隣にある秤の盤面に似た形状の装置につながっていた。盤面上には針が一本ある他に、1から100までの数字が描かれている。

 

 ケイシの説明では、奇石使いが水晶玉に手をかざすと、秤で物の重さを測るときのように盤面上の針が動き、その共鳴率を指し示してくれるらしい。

 さっそく、ユマが共鳴率を測定すると、針は56の数値でピタリと止まった。つまり、ユマの共鳴率が56%であることを表している。


「ちなみに、平均的な守護者の共鳴率は40%前後と言われています。副隊長と隊長格で70~80%程。ですので、ユマさんの共鳴率は中々高い値ですよ」


 それから、ヨキとライトも共鳴率を測定した。ヨキが60%、ライトが47%だった。 

 その結果を目にして、ライトは平均より上だと胸を撫でおろしつつも、他の二人に比べて共鳴率が低いことを気にしているようだ。


「あの…共鳴率ってどうやって上げるンッスか?」

「う~ん。これまでのデータから、子供のころ契約した奇石とは共鳴率が高くなる傾向にありますね。また、共鳴率の高さには遺伝学的な要素があると指摘されています。例えば、親の共鳴率が高い場合、その子供たちも共鳴率が高いことが多い――というわけですね」

「じゃあ、俺が今から共鳴率を上げる方法は…」


 ライトの質問に対して、ケイシは眉を下げた。


「それは今のところよく分かっていないんです。共鳴率は奇石と契約者の精神的な繋がりを表したものですから、奇石を思いやることが大事……なんていう意見もありますが……」

「そうなんですか。それは残念です。僕としても、共鳴率を上げる方法が分かれば嬉しいのですが…、結局は才能なんですかね」


 ユマの口にする『才能』という言葉。それがズシンとライトに圧し掛かってきた。




「それじゃあ、最後はあなたですね」


 そう言って、ケイシはユイトを促した。


「あの…、ボクの奇石は二つあるのですが……どうすれば?」


 ユイトは右手のチチュと、左手のソウをケイシに見せた。彼は「問題ない」と頷く。


「その場合は、より計測機の水晶玉に距離が近い奇石との共鳴率が結果に出ます。つまり、あなたが右手で水晶玉に触れれば右手の奇石、左手で触れれば左手の奇石との共鳴率が表示されますよ」

「なるほど」


 すると、ソウが声を上げた。


【俺は嫌だぞ。そんな訳の分からない機械で測定されるのは】


 きっぱりと拒否の姿勢をとるソウ。ユイトとしては、相棒たちの機嫌を損ねてまで共鳴率を知りたいわけではない。だから、ソウに無理強いするつもりはなかった。

 ユイトは己の右手――チチュの方に視線を移す。


「チチュは良い?」


 そうやって伺うと、チチュはピカっと明るく瞬いた。チチュの方は、測定されても全く問題ないようだ。

 そんなユイトとチチュのやり取りを、ケイシは興味深そうに眺めていた。


「まるで、奇石と意思疎通ができているようですね」

「ユイトくんは少し変わった子なんです。とても奇石に愛着を持っていて、名前を付けているんですよ」

「ほぉほぉ。これは期待できるかも」


 ユマの説明を聞いて、ケイシは嬉しそうな顔をする。


「あの…ボクは右手だけの測定でお願いします」

「え~?せっかくだから、左手の方も測定して欲しいのですが…」

「すみません。右手だけで」


 そう言って、ユイトは右手を水晶玉に載せた。

 別段、なんてことはない。普通の水晶玉だ。これだけで共鳴率が分かるのかと、ユイトは不思議に思った。

 そして、表示された結果は……


「えっ……91%!?」


 ケイシは目を見開いて、絶句する。

 それからしばらくフリーズした後、あたふたと慌て始めた。


「計測機の異常?壊れた?いや……機械は正常だ…」


 それから信じられないというような表情でユイトを見つめ、興奮気味に話す。


「すごいっ!素晴らしい!!こんな数値、見たのは初めてです!隊長格でも84%が最高値なのにっ!それが91%!?驚異的な数字ですよっ!」

「は、はぁ…」

「これだけの数値なら、そりゃあもう!意のままに奇石を操れるんでしょうね!あなたにとって、奇石ってどういう感じでなんですか?まさか、本当に意思疎通ができるとか?」

「えっと……チチュに関して言えば、言葉のやり取りはできないものの、なんとなく考えていることが分かるというか……」

「ほぅほぅほぅ!!」


 目をらんらんと輝かせ、ケイシは矢継ぎ早に質問する。ユイトはそれに若干顔を引きつらせながら答えている。


――そんな二人の様子をライトは見ていた。


 不意に、ライトの口の中に鉄の味が広がった。

 それでようやく、彼は気付く。無意識のうちに、己が唇を強く噛んでいたことを。


 才能、とライトは小さく呟いた。



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奇石使いのやり直し   猫野早良 @Sashiya

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