ギャル妹の耳かき

 また別の日。

 今日も泊まりに来ていた制服姿の妹が、こたつに入っていたのに急に顔を上げる。


「ん。耳痒い。お兄ちゃん、綿棒ちょうだい。耳掃除したい」


 普段どおりの気だるげで抑揚のない声だ。

 兄は綿棒ってどこだっけな……、と首を傾げる。


「は~? 綿棒もすぐ出てこないの、この家は。そんなことある? 買ってはある? それどこ? どこに仕舞ったの? ここかもしれない? あーもう。どこよ~。こん中? ん~? ある? ほんとに? いや、めっちゃ物あるな。もっと整理しなよ、ほんと」


 妹は訝し気な声を出しながら、ごそごそと収納ボックスを漁る。

 しばらくごそごそしていたら、「あった」と声が聞こえてきた。


「やっと見つかった。なにこれ、新品じゃん。開けるよ。あー、耳かゆい……、あー……、やっと落ち着いた。気持ちいい~」


 妹は心地よさそうに自分の耳掃除をしていたが、すぐに眉を顰めた。


「にしてもお兄ちゃん、綿棒がすぐ出てこないってどういうことよ。これも新品だしさ。……まさかと思うけど、お兄ちゃん。あんまり耳掃除しないとか?」


 本気で嫌そうにしている妹に、兄は躊躇しながらも頷く。

 すると、彼女は強く眉を顰めた。


「うわ、最悪……。不潔だよ、不潔。耳掃除くらいしなよ、本当……。なんか泊まるの嫌になってきたな~……、こんなお兄ちゃんの家。帰ろうかな。あん? あーはいはい、すんませんね。わかりました。うるさいなあ、もう……。あ、そういうことなら……」


 妹は気を取り直したように顔を上げると、綿棒を手の中で転がし始める。


「そんなら、あたしが耳掃除してあげるよ。今日の宿代はそれでいい? いいでしょ。はい、決めた。あたしが決めた。どっちにしろ、掃除してないお兄ちゃんって気持ち悪いし。あーはいはい、うるせー。でもこれはあたしが正しいよ。さ、耳掃除したげるから。来て」


 妹はその場に正座したかと思うと、スカートの上から膝をぽんぽん、と叩いた。

 兄が躊躇っていると、「早く」と催促しながら、もう一度、ぽんぽん、と叩く。


「膝に頭乗せろって言ってんの。わかるでしょ、普通。そりゃそうでしょ、これが一番やりやすいんだから。は? 膝枕? うわ、キモ。妹に膝枕とか言わないでくんない。いや、まぁそう言うかもしれんけどさ。兄妹でそんなこと気にする? え、なに、恥ずかしくて頭乗せられないとか? そんなキモイこと言わないでほしいんだけど」


 妹が抑揚のない声で延々と否定してくるので、兄もため息を吐く。

 恥ずかしいわけではなく、なんだか気まずかっただけだ。


「はいはい、じゃあさっさと頭を載せる。ん。はいはい。それでよろしい。あ、待ってスカートの上にタオル乗せるから。いや、そりゃそうでしょ。顔の脂とかスカートに付けたくないし。それともスカートまくる? 太ももの上でいいなら、それでもいいけど……。いや、それ結局肌に脂つくな。嫌だわ。タオルちょうだい。ちょっと待って、敷くから。はい、この上になら頭乗せていいよ」


 兄が頭を乗せると、妹は早速耳を覗き込んできた。


「はい、お耳を見せてねー……。んー……? 思ったより汚れてないな……。いや、お兄ちゃんのことだからバカみたいに汚いのかなって。や、だって掃除してなかったんでしょ。汚いと思うじゃん。不潔。あー、はいはい、うるせー。わかったから。まぁいいや、汚れてはいるから、掃除していくよ」


 そう言いながら、妹は綿棒に手を伸ばそうとする。

 しかし、その前に手がぴたりと止まった。


「あー、待った。その前に……、マッサージしたげる。耳のマッサージ。知らない? なんかあたしも詳しくはないんだけどさ。耳のマッサージって気持ちいいんらしいんだよね。動画で観たことある。ちょっとやってみたい。え? いいじゃん、別に。実験台実験台。それくらいいいでしょ。あー、はいはい。まぁでも、結局いいんでしょ。やるからね」


 兄がため息で答えると、妹は鞄を「よっ……と……」と引き寄せる。

 がさがさと鞄を漁り始めた。


「耳をマッサージするのって、オイルとかクリームとか使うらしいんだけど……。そんなの持ってないしなあ。あ、ハンドクリームでいいや。お兄ちゃん、ハンドクリームでいい? やだ? あー、そうなの。まぁいいじゃん。ハンドクリーム使うね。あーうるせーうるせー、使うったら使う」


 結局拒否権がない。再びため息をこぼすと、ぱかん、とハンドクリームの蓋の蓋が開いた。

 手に付けたらしく、しゅるしゅると擦りあわせる音が聞こえてくる。


「じゃあお兄ちゃん、マッサージしていくから。まー、痛かったら言って。ちょっと力加減とかわからんしね。えー、まずは全体をほみほぐしていきます。こー……、もみもみっと……。こんな感じでいいのかな」


 妹は親指と人差し指で耳を挟み、少しずつ揉んでいく。


「どう、お兄ちゃん。これ、気持ちいい? あ、気持ちいいんだ。へー……。キモ。わはは、ごめんごめん。気持ちいいならよかったよ。こんな感じでいいのかな……。力加減はどう? 痛くない? あぁ、ちょうどいいんだ。へぇー……」


 全体を揉んでいく中で、妹が抑揚のない声で話を続ける。


「なんか耳にもツボがいっぱいあるらしいんだよね。全身のツボが耳にもあるとか何とか。逆さまの胎児に例えられるらしいよ。よくわかんねーって思ったけど、わかる人はわかるのかな。まぁ気持ちいいなら、何でもいっか」


「これはどう? 耳たぶをぐーっと引っ張るの。気持ちいい? あ、そっか。よかった。もうちょっと引っ張ってみるね。あ、痛かったら言ってね。ぐー……。こんなもん? こんなもんか。あぁ気持ちいいんだ。そりゃまぁ、よかった」


「耳が熱くなってきた? あぁ確かに。あれじゃない? 血流がよくなってるんだよ、きっと。耳ってあんまり血管通っていないイメージあるけど、やっぱマッサージしてると熱くなるんだ。ふうん。こことか、どう? きもちい? ふふ、そっか」


 しばらくそう言いながらマッサージを続けていたが、耳は小さい。

 ほどほどのところで、彼女は綿棒を取り出した。


「さて。それじゃ次は本番、耳掃除ね。あぁお兄ちゃん、動かないでよ、危ないから。最悪、ぶすっといっちゃうかもだから。あはは、嘘だって。まぁそうならないようにするから、お兄ちゃんも動かないでよ。じゃ、入れていきまーす……、あ、痛かったら言って」


 ゆっくりと耳の中に、綿棒が入っていく。

 カリカリカリ……、と控えめな音とともに、ぞくっとした気持ちよさが沸き上がった。


「え、なに? 大丈夫? 気持ちいい? あ、そう。びっくりした。へえ、気持ちいいんだ。まぁなんか聞くよね、耳掃除してもらうと気持ちいいって。さすがにあたしはやってもらったことないからなあ。まぁ気持ちいいならいんじゃない。大人しくしててよ。動いたら本当に危ないんだから」


「あー……、まぁまぁ。汚れは確かにあるかなー……。奥のほうとかね。まーまー、これはしょうがないんじゃない? 汚いけど、まぁ掃除したげるよ。感謝してよね。はーはー、うるさいなあ……。いちいち……。いいから、もう。はいはーい」


 妹は耳に近いからか、完全に囁き声になっていた。

 それと同時に、カリカリ……、という音がずっと響いている。


「ん。こんなもんかな。綺麗になったよ。それじゃ最後は……」


 彼女は耳に顔を近付けたかと思うと、ふー……、と息を吹きかける。

 しかも、何度も何度も。

 思わず、身体がビクッとしてしまう。


「わはは、ビクッとした。キモ。いやだって、汚れが気になったから。吹いて飛ばそうと思って。いいじゃん、別に。はいはい、わかりましたっと……。あ、そうだ。これもやったげよう」


「指をね、耳の中に入れるの。そうそう。今、入ってるよ。この状態で、指をとんとん、って叩くの。どう? うん、なんかマッサージなんだって。とんとん、って。気持ちい? へえ~、気持ちいいんだ。じゃあちょっと長くやったげるよ。はい、とんとん……。うんうん。気持ちいいなら、いんじゃない? そうね。あー、確かに不思議かも……、どういう気持ちよさなんだろうね、これ」

 

 妹は穴の中に指を入れて、何度もとんとんと叩く。

 それがなぜだか妙に心地よかった。

 しばらく、そのマッサージを続けたあと、妹は頭に手を置く。


「はい、次は反対側の耳。くるっと回って。そ。その場でいいから。そう、くるん、って回って。そうそう。あ、スカートに顔を押し付けるんじゃないよ。あぁもう、くすぐったいって。はいはい。じゃ、お次はこっちの耳のマッサージからねー……」


 彼女は早速、ハンドクリームをしゅるしゅる言わせ始める。

 今度は手慣れた様子で、耳のマッサージを始めた。


「ん。ちょっとコツ掴めてきたかも。だーいじょうぶ。気持ちよくするから。ほら、気持ちいいでしょ?」


 耳にハンドクリームを塗った指でマッサージされ、その音が浮かぶ。


「よし、素直でよろしい。全体をやさしく揉んでいけばいい感じかな~……、あんまり力入れてもしょうがないところだしね。それで、こう、耳を引っ張ったりする感じ……。ここ、気持ちいい? ん。コツ掴めてきたわ。こんな感じでやっくよ。痛かったら言って」


「あ、あとはこうやって……。そう、手のひらできゅうっと押し潰す、みたいな。ストレッチみたいな感じかな。これも気持ちよくない? あぁ、そ? ならよかった。お、もうあったかくなってきたよ、耳。血流よくなってきたな~。お兄ちゃんも気持ちよさそうな顔してんもんね。はは、キモ。あーはいはい、ごめんて」


 しばらくマッサージを続けたあと、妹は綿棒を取り出す。


「はい、じゃあこっちも耳掃除していきまーす……。あー……。こっちもそこそこ汚れてんね。ん。だいじょぶ。ちゃんと綺麗にするから。よし、綿棒いれてくよー……、痛かったら言って……、あ、痛い? ごめん。ん、もうちょっと慎重にいくわ……。これでどう? 気持ちい? よかった」


 綿棒が耳を擦る音が続く。

 彼女の囁き声とともに、耳垢が綺麗に取られて行った。


「こっちもこんな感じかなー……。ん。綺麗になったね。ん-……、大丈夫大丈夫。良い感じ。そんじゃ、さっきみたいに……、ふー……」


 再び、彼女は耳の穴に息を吹きかけてきた。

 二回目だし、覚悟をしていたとはいえ、それでも身体が震えてしまう。


「はは、また震えてる。キモ。はいはい、わかったって。うるさいなー……、もう……。でもこれも気持ちいいんでしょ? あー、気持ちいいんだ。キモ。あはは、ごめんって」


「お詫びじゃないけど、またさっきのやったげるよ。指入れてトントンってやつ。あれなんか気に入ってなかった? あぁやっぱり? じゃあこっちも長くやってあげよう。じゃ、まずは指を穴の中にしっかりと入れて……、はい、とんとん……」


 先ほどと同じように、指に穴が入っていき、妹が振動を与える。

 とんとん、とんとん、と規則正しい振動が続いた。


「とんとん……っと……、本当に気持ちよさそうにしてるねえ……。これが一番気に入ったのの? ふうん……。まぁいいけど。気持ちいいんならそれでいいんじゃない? そーそー。はは、お兄ちゃん寝そうな顔してる。寝るのは勘弁してよー、あたしの膝なんだから。さすがに足痺れそうだわ。結構長い時間やってたしねー……」


 そう言いながらも、とんとん、とんとん、という振動は続けてくれる。

 けれど、妹の忠告は意味を為さなかった。

 その気持ちよさに、兄は妹の膝枕の上で寝息を立て始めてしまったのだ。


「ねぇ、お兄ちゃん。お兄ちゃん? 聴いてる? ……あ、寝やがったなこいつ。寝るなって言っておいたのに……。あー、まぁいいか。膝くらい貸したるよ、もう。そんかわり、また何か奢ってもらわらないとなー。なんせ膝枕だし。高くつくよー、これは。ま、今は何も考えずに眠ってりゃいーよ。あーあ、幸せそうな顔しちゃって……、はい、おやすみー」



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テンションの低いギャル妹のマッサージ 西織 @tofu000

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