ギャル妹の爪切りとハンドマッサージ
また別の日。
妹はこたつのテーブルに顎を乗せて、ぐでーっとしていた。
気だるげにローテンションで声を掛けてくる。
「お兄ちゃん、お腹空いた。何か作って。それか買ってきて。はあ? 何も思わないの? 妹がこんなお腹空かせてるのに? はー、やだやだ。いや、あたしは出ないよ。こたつから出ません。下、何も履いてないんだって。もー寒くて寒くて」
「いや、関係ないの。オシャレ。だって、スカート短いほうがかわいいし。そりゃ我慢できなくなったらジャージとか履くけどさ。やっぱ生足っしょ。そういうのじゃないって、キモイなー。自分がアガるからしてるだけ。あー、さむさむ」
「なに? スカートめくれてる? あぁほんとだ。いや、別にお兄ちゃんに見られても何とも思わないし。というか指摘とかしないでくんない? 普通にキモイんだけど。お兄ちゃんだって別に妹の下着見えてても何も思わないでしょ。は? 汚い? だれの下着が汚いじゃコラ。よりによってお兄ちゃんに言われたくないわ。はいはい、うるせー。わかったよ、これでいい? あーもー、うるせー。こんなところ来るんじゃなかった」
「あたしだって好きで来てるんじゃないっつーの。タダだから来てるの。じゃなかったら来ないよ。あー、はいはい。いや前も言ったけど、ご飯は無理だって。この爪だから。かわいいっしょ。うん、前と違うやつ。あ、そこはかわいいって言うんだ。変なところで素直だよね」
「ていうか、お兄ちゃんの爪のほうが問題じゃないの。めっちゃ長いじゃん。その爪の長さってどうなの? 不潔だよ、不潔。そりゃそうでしょ。良い印象抱かんよ。女はその辺よく見てるよ。まぁ別にお兄ちゃんが会社でキモがられてても関係ないけどさ。あっそ。はいはい。あぁもう、うるさいなあ」
面倒くさそうに妹が言うと、のそのそとこたつから這い出して来る。
「わかったわかった。じゃあ今回は、前のマッサージみたいに爪切ったげるよ。そ。爪切り。それが今回の宿代ってことでいい? いや、いいってことにする。あたしが決めた。で、お兄ちゃん。爪切りどこ?」
妹は兄が指差した小物入れに目を向けると、そこをごそごそと漁り出す。
「ここ? はあ。ないんだけど。いや、いろいろ詰めすぎでしょ。なんだこれ。マジで整理整頓しなよ。部屋も散らかってるしさ。はあ? あたしの部屋は関係ないでしょ。はいはい、うるせー。わかりましたよ。あぁもう、爪切りどこ? あ、あった。よし、じゃあお兄ちゃん。そこ座って」
指示されたとおりに兄が座ると、その前に妹がすとんと腰を下ろす。
無遠慮に手を取って、じろじろと目を向けた。
「んー……、お兄ちゃんの手、なんかやたらと指長いな。生意気。ほら、あたしの指短いから。なんで兄妹なのにこんな違うかね。まぁいいや。それじゃ、爪切ってくよ。別にこだわりとかないよね。適当に切るよ」
妹は返事を待たずに、指の一本を持ち上げ、ぱちん、と爪を切り始める。
しかし、案外丁寧に、細かく小さく、ぱちん、ぱちん、と切っていく。
「ん? いや、そりゃそうでしょ。深爪とかしたら悪いじゃん。いくらお兄ちゃんの爪だからって、そこは適当にはやらんよ。うん。はは、まぁ自分の爪ならもっと丁寧に切るけどさ。あぁ、お兄ちゃんは適当に切ってそう。よくないよ。ちゃんと切りな」
「はい。右手はこれで綺麗になったね。次、左手。貸して。ん。素直でよろしい。あー、はいはい。さ、切ってくよ。別に右手と同じ感じでいいよね? うん。あ、切り方が綺麗? はは、そりゃよかった。あー、そう? そんな喜んでもらえるとは思ってなかったわ。はは。はいはい、わかったって。喜びすぎでしょ」
兄が喜ぶ姿に、妹は少しだけ顔をほころばせる。
その間も、ぱちん、ぱちん、と規則的に爪を切る音が響いていた。
「ん。左手もこんなもんかなー。長さ、ちょうどいい? これでいいよね。長かったら言ってよ。大丈夫? あいよ。あぁ待って待って。終わりじゃないって。やすりがけしないと。そこまでやって爪切りでしょ。これで終わるなんて、化粧水だけ付けて乳液つけないようなもんだよ。あ、お兄ちゃんにはわかんないか。はいはい、うるせー。ほら、やったげるから。いいって。いいから。こんな中途半端で終わるほうが気持ち悪いって」
そう言うや否や、妹は指を一本持ち上げる。
その爪の先、表面にやすりを当てて、左右に動かし始める。
途端にわずかな振動とともに、乾いたような音が不規則に浮かんだ。
サリサリサリサリサリ……。
サリサリ、サリサリ、サリサリサリ……。
サッ、サッ、サッ、サッ、サッ……。
サァッ……、サァッ……、サァッ……。
妹は丁寧に丁寧に、一本ずつやすりがけをしていく。
「長さももちろんだけどさ、こういうところも女は見てるよ。短くても、表面が汚かったら意味ないじゃん。そうそう。だからこれはマストっつーか、義務っつーか。は? あぁいいよ、別に。あたしがやるって言ったんだから」
「なに? あぁうん、そう。あたしだって毎回やってるよ。そりゃそうでしょ。当たり前。逆にお兄ちゃんがやらないのが信じられないわ。ていうか、爪も定期的に切ったほうがいいんじゃないの? そ。あぁ、そう、料理するならなおのことでしょ。爪が長くてどうすんの。はいはい、わかりました。あーもう。そうだってば。ん。わかればよろしい。じゃ、素直に任せててよ。うん」
「はい、左手終わり。今度は右手を出して。はい、おてて出しましょうねー。はいはい。わかったって。うるせーなー……。ん。じゃあこっちも磨いていくからね。あ、トイレとかだいじょぶ? ん。おっけ」
「んー……。こんなもんでいいか。は? あぁ、うん。ていうか、あんまじっと見るのやめてくんない? いや、恥ずかしいとかじゃなくてさ。やりにくいじゃん。別に爪割ろうってわけじゃないんだから。ほら、見て? 綺麗でしょ。うん。そ。あたしがやったの。わかったなら、大人しくしとく。え、見てて面白い? 嘘でしょ。キモ。あはは、冗談だって。んー……、まぁ、そういうことなら。見てもいいよ。うん」
そうやってしばらく爪を磨いていたが、最後の指を終えると、「はい、おしまーい」と気の抜けた声を出す。
「よし、綺麗になった。満足。そ、いいでしょ? それがわかったなら、お兄ちゃんも今度からちゃんとやすりがけまでしな~。あたしがやったげるのは今回だけだからね。そりゃそうでしょ、なに言ってんだ。ん。そ。わかったなら、今度からちゃんとするように」
ふう、と息を吐いた妹だったが、何かに気付いたように再び兄の手を握る。
「……ていうかさ、ずっと気になってたんだけど。お兄ちゃんの手、やけに荒れてない? うん。なんで? あ、何もやってないから? こんな真冬に? ハンドクリームもつけずに? バカじゃないの。そりゃ荒れるわ。何も気にせんね、お兄ちゃんは本当に」
はあ、と再びため息を吐くと、妹は自身のバッグを漁り出す。
「しょうがないな、特別サービス。あたしがハンドマッサージをしたげる。ハンドクリームならあるし、そのついでに。どうせお兄ちゃん、手も疲れてるんでしょ? 社畜だもんね、わかってるよ。そ、ハンドマッサージ。あたしが行ってるネイルサロンがさ、ハンドケアとマッサージをしてくれるんだよね。これが気持ち良くてさ。お兄ちゃんにもやったげる。いや、初めて。まぁ実験台とも言うね。うるせーなー、いいじゃん別に。なに、やってほしいの、やってほしくないの?」
「はいはい、じゃあ黙って言うとおりにする。はい、じゃあ手を出して。右手から」
兄が手を差し出すと、妹はぱこん、と気の抜けた音を立てながら、ハンドクリームの蓋を開ける。
それを一掬いすると、兄の手にゆっくり置いた。
すぐにそれを馴染ませるように、まんべんなく塗り付けていく。
肌同士が擦れる、シュルシュルシュル……、という音が響いた。
「あー、あー、肌カッサカサ。こんだけ荒れる前に、ちゃんとケアしたほうがいいよ。人から見られたとき恥ずかしいじゃん。そーそー。あたし? あたしはめっちゃしてるよ。当たり前でしょ。お兄ちゃんといっしょにしないでくんない」
「こうやって、手の全体にクリームを馴染ませて……。ん? 気持ちいい? そっか。まぁわかるよ。人にクリーム塗ってもらうのってなんか気持ちいいからね。まぁでも、お兄ちゃんのことだから、他人にやってもらったことないっしょ。あはは、怒んなって。わかってるわかってる。はいはい、やっていくよ~」
「全体に馴染ませたあとは、指にもしっかりと馴染ませるよ。一本一本、丁寧にね~……。この指の間もね。くすぐったい? 我慢して。ちょっとの間だから。それに、指も大事なんだって。ほら、ここなんて危ないよ。手のひらは当然として、こうして指の一本までちゃんと塗ること。今度から自分でそうしな。ん。わかればよろしい」
しばらくクリームを塗り込んでいたが、それほど時間はかからない。
すぐに塗り終わるかと思いきや、妹はなおも手を握っていた。
「んー。ついでにハンドマッサージもしていくからね。知らない? ハンドマッサージ。そりゃ手だって凝るよ。お兄ちゃん、パソコンとかスマホとかよく使うでしょ。手に負担掛かってるんだから、そりゃ疲れるでしょうよ。そうそう。ま、いいからいいから。じっくりゆっくり、揉んでいくよ。あぁ、もし痛かったら言ってね」
妹はそう言いながら、自身の親指で兄の手のひらをぐっ、ぐっ、と押していく。
ハンドクリームで滑りがよくなっているはずだが、思った以上に力強い指圧だった。
「まずは、手のひらをこうして大きく、ほぐしていくからねー……。痛くない? あ、爪が当たって痛い? わはは、それは勘弁。我慢して。できるだけ当てないようにするから。こうして、ぐっ、ぐっ、とねー……。気持ちいい?」
妹は手のひらを中心から外側にかけて、ぐっと押して行く。
それが不思議と気持ちよかった。
「あ、気持ちいい? よかった。そうだよね、これだけでも気持ちいいよね。わかるよ。うん、うん……。おっけ、しっかりやってあげよう。ほら、お兄ちゃん。ここがゴリゴリ鳴ってるのがわかる? ほら、ゴリゴリ。痛い? 痛いよね。そ、これが手が疲れてるってこと」
妹が手のひらを押すと、妙にゴリゴリとしたものがあるのを感じる。
そこが鈍い痛みを発していた。
「老廃物が溜まってんだねー。このゴリゴリとした奴がなくなると、スッキリすると思うよ。お兄ちゃん、不健康だし、やたらと手を使ってそうだし。疲れたな~、って思ったときは、自分でもマッサージしてあげな。うん。もう痛くない? あぁ、ちょっと痛いか。おっけ、力弱めるよ。こんくらいでどう? 気持ちいい? あいあい」
「そりゃあたしだって、勉強やらスマホで指使うからさ。疲れるって。だからこうして、自分でもマッサージしてあげてんの。ハンドクリーム塗るついでにさ。は? 勉強? してるっつーの、うるさいなあ。はいはい、いいからお説教は。大人しくマッサージ受けとく」
彼女は面倒そうな口調になりながらも、丁寧にマッサージを続けていた。
ぐ、ぐ、というわずかな音が浮かんでいる。
「あ、お兄ちゃん。ここ知ってる? 合谷っていうツボ。万能のツボって言われてるんだってさ。ここ押したげるよ。ぐー……。あ、痛い? でも気持ちいいでしょ? うん。そうそう。きゅうっとした痛みがあるよね。うん。あぁそう、痛気持ちいい? は、キモ。嘘嘘、冗談だって。押していくよ。はい、きゅー」
そうやって指圧していた手が、今度は兄の指に移動していく。
「ほら、指もマッサージしたげるから。やっぱ指がね、疲れるんだわ。はい、手をひっくり返して……。で、指。一本一本、丁寧にねー……。血が上手く流れるように……、っと。指の間もしっかりねー……。ん。痛い? だいじょぶ? 気持ちいい? おっけ。ね、指も気持ちいいでしょ。顔見りゃわかるよ。そーそー。だから言ったじゃん。疲れてるんだって」
そう言いながら、妹は兄の指をつまみ、ぐっと力を入れたり、くりくりくり、と揺らしたり。
それがやけに心地よかった。
妹の声は静かで囁くようで、それがまた眠気を誘う。
しばらくマッサージしたあと、ゆっくりと妹は右手を下ろした。
「はい、じゃあ次は左手。持ち上げるよ。ん。こっちも同じようにマッサージしていくからね。さっきと同じく、ハンドクリームを……」
再び、しゅるしゅるしゅる、という肌が擦れる音が聞こえてくる。
左手にも、じっくりとハンドクリームが塗り込まれていった。
「うわ。こうやって触ると、手の温度がぜんぜん違う。お兄ちゃん、気付いてる? 右手、やけにぽかぽかしてるでしょ。でも左手は冷え冷え。なんでかわかる? 右手はマッサージしてあげたから、血行がよくなってんの。痒い? そ。それも、血行がよくなった証拠」
そう言いながら、ぐっ、ぐっ、と指圧し始める。
「血行を良くすることで、こうして老廃物も流れていくわけ。ここ、まだ痛いでしょ。うん。痛い。そうだろね、ゴリゴリ言ってんだもん。これをほぐしていくわけ。そうそう。はいはい、任せて。痛かったらちゃんと言ってね」
「おっけー、だいぶほぐれてきたね。今度はまた指をやっていくからね~。一本一本……、うん。指のマッサージ、きもちい? うん。やっぱ疲れてるんじゃない? 少しは休ませてあげれば。うん。そ。別にいいって。なにそれ。わかったわかった。じゃあそうなったら、マッサージしてあげるからさ」
「この指をくりくり~ってするやつ、気持ちよくない? だよね。あたしも好き。そんなら長めにやってあげよう。はは、気持ちよさそ。そうやっていつも素直ならいいのにねえ。は? あたしは素直でしょ。何言ってんの? はいはい、うるせー」
「ん。だいぶほぐれてきたし、ぽかぽかになった。ほら、手ぇ握ってみて。ぜんぜん違うでしょ。よかったよかった。うん。軽くなったし、爪も綺麗だし、完璧だね。妹に感謝してよね、本当」
そう言いながら、マッサージを終えた妹は、「あー疲れた」と言いながら、こたつの中に戻ってしまった。
再び、テーブルに顔を置いたかと思うと、気だるげに言う。
「いっぱい働いたから、あたしはもう動けませーん。お兄ちゃん、ご飯よろしく。配達で。何を食べさせてくれるのかな~、妹がこんなに頑張ったんだからな~。期待してるよ、お兄ちゃん」
「お、いいじゃん。じゃあ早速注文してよ。今日は豪勢にしてもらわないとね~。は? はいはい、うるさいなあ」
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