テンションの低いギャル妹のマッサージ
西織
ギャル妹の肩叩き
ぴんぽーん、とインターフォンの音が響く。
トントントン、と足音のあと、扉ががちゃりと音を立てて開いた。
すると、玄関の前に立っていた少女が気だるげに口を開く。
「ちょっとぉ。インターフォン鳴ってから、出てくるの時間掛かりすぎでしょ。さーむいんだからさ。もっと気ぃ遣ってくんない? かわいい妹が風邪引いたらどうすんの?」
「は? かわいいでしょ。いーや、かわいい。あー、はいはい、うるさいな。いいから、ちょっとどいて。お邪魔しまーす」
外に立っていた少女は、キャリーケースの取っ手を部屋主に渡し、さっさと入ろうとする。
部屋主である男はつい文句を言った。
「は~? だから行くって言ったじゃん。一晩泊まるって。うん。あぁ、なんか言ってたね。来るな~、とか、やめろ~、とか。いや、お兄ちゃんの意思なんて関係ないし。あたしが泊まるって言ったら泊まんの。兄が東京に住んでるのに、ホテル探す意味ある? どこもホテル代たっかいんだもん。それならここで我慢するよ」
悪びれもせず、少女はダウナーなテンションでそう述べていく。
キャラメル色のカーディガンを着込んでいるものの、冬だと言うのに胸元のボタンは外れていて、そこにリボンがゆるくつけられている。
スカートもギリギリまで短く、生足を晒していた。
耳にはピアスがついているし、メイクもばっちり、爪もネイルで華やかにしてある。ほかのアクセサリーもてんこもり。
だれがどう見てもギャルという派手な格好。
男は思わず、苦言を呈してしまう。
「あん? あー、制服なのはそのまま来たから。今日金曜日だよ。下校したあと、ロッカーに預けてたキャリーケース回収して、そのまま東京着て、ライブ行って今ここ。だから制服なの」
「は~? うるさいなあ。スカート短いとかホントキモいんだけど。見ないでくださ~い。別にいいじゃん、だれにも迷惑かけてないんだから。だってこっちのほうがかわいいんだもん。あー、はいはい、うるせ~」
妹は男の言葉に耳を貸さず、さっさと部屋に入っていく。
あー、さぶさぶ、と言いながら部屋の中心にあるこたつに、早速足を入れる。
「お兄ちゃんの部屋、相変わらず野暮ったいっつーか、ぱっとしないよねえ。ここで一晩過ごすのかぁ。まぁタダだから我慢するけどさ。どうせ客用布団とかないんでしょ? あたしベッド使っていい? お兄ちゃん、こたつでいいでしょ。え~? 妹をこたつで寝かせるの? それでいいの、兄として。うん。はいはい、そうだよね。はいはーい。うっさいなぁ、ほんと」
文句を交わしながらも、兄は同じようにこたつに入る。
そして、彼女に向かって今度は要求を突き付けた。
「はあ? なに、泊めてやってるんだから、って。恩着せがましいな。お礼でも言えばいいの? ありがとね。これでいい? 違う? あぁ、家事手伝えって? えぇ、お兄ちゃんの部屋の掃除とかすんの? やだよ、汚い」
「あぁ、ご飯の用意? あ~。まぁやってあげてもいいんだけど。ほら、見てよこの爪。かわいいっしょ。あ、そこは素直に受け入れるんだ。かわいいよね。ありがと。うん。そう。この爪だからさ、ご飯とか無理無理。出前取ろ、出前。だってお兄ちゃん、稼いでるじゃん。いいでしょ。なに、高校生から金取ろうっての? 随分と貧しくなったねえ、心が」
こたつの机に顎を乗せたまま、気だるげに答える妹に、兄はもう何も言う気がなくなる。
それで少しは申し訳ないという気持ちが湧いたのか、おもむろにこう言い出した。
「あ~、じゃあわかった。お兄ちゃんって仕事忙しいでしょ。身体も疲れてるんじゃない? うん。休みないって言ってたでしょ。そうそう。だからさ、あたしが肩叩いてあげるよ」
「ほら、あたしよくお母さんとかお父さんに肩叩きしてあげて、お小遣いもらってたから。自信あるよ。まぁ本当はお金取りたいけど、宿代ってことで勘弁してあげるよ。あーはいはい、うるさいなあ。それで? どうするの、肩叩き。いるの、いらないの」
「はいはい。やってほしいなら、素直にやってください、って言えないのかね~。あー、はいはい、うるせ~。ほら、じゃあちょっと後ろいくからね」
ごそごそとこたつから抜け出し、妹は兄の後ろに回る。その途中で声を上げた。
「うーわ、寒~。お兄ちゃん、暖房の温度あげてよ。寒いって。あ~? こちとら生足晒してんだって。うるさいな、今足出さなくていつ出すんだよ。そ。出せるときに出しとくの。お兄ちゃん、ジャージとかないの? あ、これ履いていい? 駄目? もう履いちゃった。なに、脱いだほうがいいの? 妹にまた素足晒せって? こんな寒いのに? はいはい、おっけ~」
ごそごそとしたあと、すとん、と兄の後ろに腰を下ろす。
そのまま、肩に手を置いた。
さす、さす、と感触を確かめるように妹の手が肩に触れていく。
「うーわ、肩かった。なにこれ、石? お兄ちゃん、どういう生活してんの? 働きすぎじゃないの、これ。お父さんよりヤバいんだけど。うん。若いのにこれはいかんでしょ。ん~、しょうがないな。気合入れるか」
妹はカーディガンの袖をまくったあと、「よし」と声を上げる。
しかし、その気合の声とは不釣り合いなほど、ぽん、ぽん、と軽い力で肩を叩かれた。
「それじゃ、肩を叩いていくから。痛かったら言って。うん。え、力弱い? いや、最初はこんくらいのほうがいいんだって。ここでしっかり力入れて叩いたら、お兄ちゃんの肩がどうかしちゃうよ。そ。最初はゆっくりゆっくり、徐々に力入れていくんだよ。常識でしょ?」
声のテンションは低いままだが、手の動きは止まらない。
彼女が言うように、徐々に力と速度が上がっていく。
ぽん、ぽん、と間延びしていた音は、ぽんぽんぽん、と間隔が狭くなり、力も入るようになる。
「はい、とんとん。まだこれくらいの力だったら、痛くはないでしょ。うん。そうそう。まぁそうだね、かなり凝ってるかな~。お兄ちゃん、普段から運動しないでしょ。うん、知ってる。実家にいるときからそうだったし。仕事しかしてないんじゃないの。だから、こんなふうに石みたいになるんだよ」
「たまにはストレッチとかして、ちゃんと身体をほぐしてあげな。そうじゃないと、ずっと肩はカチカチなままだよ。ほら、こことかひどいでしょ。うん。いや、そうじゃなくて。普段からしろってこと。んー、まあねえ。で、どう? あたしの肩叩き。気持ちいいでしょ? よくなってきた? ほうらね」
「あんまり力は入れないつもりだけど、もし強すぎたら言って。今はちょうどいいでしょ。あぁ、もうちょっと強いほうがいい? ……これくらい? ん、これくらいか。おっけ。……あーあー、気持ちよさそうな声出しちゃって。はあ~? うるさいなあ、別にいいでしょ。お父さんたちだって喜んでるんだし」
「ん。だいぶほぐれてきた。ほら、わかる? あんなに硬かったのに、今は、ほら。とんとーんって。弾むようになってるでしょ。ん。あぁ、肩が熱い? 痒くなってきた……、あぁそれはあれだよ。血流がよくなってんの」
「ほら、お兄ちゃんの肩って硬かったけど、それ以上にめっちゃ冷えてたんだよね。寒いから、じゃなくて、血が巡ってないんだよ。だからそこをマッサージしてあげて、血流を良くしてあげたら、ほらね。これだけあったかい」
「ん。もうちょっとしてあげる。気持ちいいんでしょ? うん。いいよ。大丈夫。あはは、だからいいって。そ。気にせずにそのままでいて。うん。眠かったら寝てもいいよ。そうだね。あぁ、ここで気持ちいい? じゃあもっとやってあげよう……」
妹の声は、弾むような肩を叩く音とともに、なぜだか優しく、しっとりした声色になっていく。後半はほとんど囁き声だった。
それに身を任せていると、こたつの温かさと気持ちよさ、そして血流がよくなったことによってぽかぽかしてきて、うつらうつらしてくる。
その間にも、とんとんとん、と肩を叩く音は続いている。
「この辺もだいぶほぐれてきたかな~。お兄ちゃん、ここ気持ちいい? うん? あぁ寝惚けてんの? しょうがないな。まぁいんだけどさ。もうちょっとだけやってあげるよ。ま、お世話になってるのは本当だしね。あ、起きた。寝てない? いや別にいいよ、そこは否定しなくても。寝てな。うん。……うん。うん? うんうん、はいはい。わかりましたよ」
「あぁ、ここはちょっと痛いかも。どう? 痛い? ん。おっけ、力弱める。これくらいならどう? ちょうどいい? よかった。はいはい。ここね。ん。これでどう? いい? おっけ~……。はは、うっさいなあ。わかったってば」
しばらく夢現の間、妹に身を任せていたが、「よし」という声が聞こえて、意識が浮かび上がってくる。
すると、妹はこちらの肩をもみもみしながら、さらに口を開いた。
「今度は、叩打法ってのをやったげる。知ってる? 美容院のマッサージでさ、最後にパコンパコンって叩かれるやつあるじゃん。あれ気持ちいいんだよね。あ~、そんな難しくないし、大丈夫だよ。やってみるから、気持ちよくなかったら言ってよ。そんときやめるから」
言うや否や、妹は肩に高速チョップをするように、トトトトト……、と叩き始めた。
確かにこれは、床屋でやってもらった記憶がある。
これが思った以上に気持ちが良かった。
「あ、ほら。気持ちいいっしょ? これあたしも好きなんだよね。でも、美容室でこれいっぱいやってください、とは言いづらいからさ。毎回物足りないな~、って思ってんだよね。なに? お兄ちゃんはいっぱいやってほしいの? しょうがないなあ。まぁ気持ちいいもんね。長くやったげるよ。一個貸しね。そりゃそうでしょ、これは宿代超えでしょ。そんだけ気持ちよさそうな顔してるんだから。なんか買ってもらおうかな~」
「そうそう、手も疲れてくるんだって。こんだけ早い動きをやってるわけだからさ。お兄ちゃんは気持ちいいだろうけどね。良い妹を持ったねえ、こんなふうに労わってくれるんだから。あー、そりゃ泊めてもらってるけど。はいはい、わかりましたよ。うるせーなー。これでいいんでしょ。はい、気持ちいい? はいはい」
しばらく、肩をパタパタとマッサージしてくれていたが、今度はパコンパコン、と間抜けな音が響き始める。
振り返ると、妹の手はチョップから拳に変わっていた。両手を重ね合わせて、それで肩を叩いている。
「今度はこれ。手を軽く重ねて、それで叩いていくの。これもまた違った気持ちよさがあるでしょ? 音もなんかいいよね。ぱこん、ぱこん、ってさ。これもあんまり長くやってくれないんだよね~。気持ちいいのに。ね、お兄ちゃんも気持ちいいでしょ。普通のマッサージ屋さんに行ったら、いっぱいやってくれるのかなぁ。お兄ちゃん、いっしょに行かない? うん。そう。は? そりゃそうでしょ。お金出してくれないなら、いっしょになんて行かないよ。なに言ってんの? 何が悲しくてタダで兄と外出しなきゃいけないの」
「お、気持ちいい? 素直でよろしい。今度は頭にもやっていくよ。そ、頭。頭を叩くの。まぁまぁ。こっちも気持ちいいから。あーもー、うるさいな。やっていくよ。……ほら、気持ちいいでしょ?」
ぱこんぱこん、と頭まで叩かれていく。
しかしこれが、彼女の言うとおり気持ちが良かった。
「ほうら、気持ちいい。だから言ったっしょー。文句言わずに、黙ってマッサージ受けてればいいんだって。なーんでそこで疑うかな。はいはい、わかってますよ。でも、気持ちいい? うん。それならよろしい。ま、しばらく味わってていいよ」
彼女はぱこんぱこん、とマッサージしてくれていたが、今度は頭の指を這わせる。
感触を確かめるように、頭を指で包んでいた。
「んー。お兄ちゃん、頭もかったいなあ。まぁそうだろうと思ったけどさ。こっちもちょっとだけ叩いてあげよっか。マッサージだよ。指先で頭を刺激してくの。トトトン、って叩いてさ。あぁそうそう。わかってるじゃん。ん。いいよ、やったげる。じゃあちょっと、待っててねー……」
妹はその場に座り直したようで、んんっ、咳払いの音も聞こえる。
そのあと、彼女の指先が兄の頭を叩き始めた。
彼女が言ったように、トトトン、とリズムよく、十本の指が頭を刺激していく。
抑揚のない声で、妹が問いかけてくる。
「どう? 気持ちい? そうでしょ、気持ちいいでしょ。こう全体をね、刺激していくの。そうすると血流がよくなって、頭皮もやわらかくなるんだから。ほんとだよ。これはお父さんが言ってた。お父さん、禿げないようにこうしてマッサージしてるんだって。気持ちいいから、あたしもやってもらった。お兄ちゃんもマッサージしたほうがいんじゃない。遺伝って強いらしいし、お兄ちゃんも禿げちゃうかもよ? はは、怒ってやんの。わかったわかった、今はマッサージに集中するって。はいはい、うるせー」
「ん。痛いところとか、痒いところとかない? うん。あ、ここ? 掻いてあげよう。痒いの取れた? おっけ。はいはい、どういたしまして。ねー、これ気持ちいいよね。わたしもハマっちゃった。お兄ちゃんもハマった? まぁそんだけ気持ちよさそうな顔してんもんね。わかるよ。そーそー。はいはい、してあげるから。わかったって、もう」
しばらくマッサージしてくれたあと、妹は肩をぽんぽん、と叩く。
どうやら、マッサージは終わりらしい。
「はい、おしまい。気持ちよかったでしょ? ん。おっけー。今夜の宿代くらいにはなった? はあ? なにそれ。はいはい、わかりましたよ。でも、布団はあたしがもらうからね。え、なにそれ。……ふうん。そんなこと言うんだ」
「わかったわかった。じゃあお兄ちゃん、いっしょに寝る? だってそういうことでしょ。いや、あたしは嫌だよ。普通に。何が悲しくて兄と布団いっしょにしなくちゃいかんのよ。でもお兄ちゃんがわがまま言うから。え? だから言ってるじゃん。嫌だけど、まぁ我慢できないわけじゃないから。あー、はいはい。わかったよ。はいはい、はいはい。ありがとうございます~。これでいい? じゃあ布団もらうからね。あぁもううるさいなあ」
「ん? マッサージ気持ちよかった? あぁ、まぁそうだね。ん、いいよ。気が向いたらね。またやったげるよ。あーあ、随分と兄想いの妹になっちゃったなあ」
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