森林保護団体

峻一

森林保護団体

「私たち人類のためにも、森は必要なのです」

 とある森林保護団体会長の男は、世界各国の官僚も参加するサミットでそう語った。彼が組織する森林保護団体は、世界でも有数の規模を誇る権威ある団体だったが、経済成長至上主義である今日の世界では、彼に心からの賛同を送る者はいなかった。

 森林保護に関するサミットが終わった後、森林保護団体の主要人たちは会議を開いた。会長を中心に、暗いムードの中その会議は始まった。

「誰も、森林保護について耳を傾けようとしない。ちょっと賛同してくれる者がいると思ったら、金儲けが絡んでいる。誰も本気なって森林保護の問題に取り組もうとはしてくれない。困ったものだ」

「森は人間と共生するものであり、人にとってかけがえのないものであることを、彼らは忘れてしまっているようです」

「このままでは、森林が滅んでしまう。我々は今まで、世界各国にたくさんの樹を植え、育ててきた。しかし、毎年伐採される樹の数に比べたら、我々の行動は阿保みたいなものだ。一体どうすればいいのだ」

 その会議は、愚痴を吐くために開かれているようなものだった。初めのうちは、誰もが心を少年のようにときめかせ、緑あふれる地球にするという夢を、本気でかなえようとしていたのだが。

 会議を終了しようとしたそのとき、ひとりの青年が会議室に入ってきた。それは誰も知らぬ人物だった。

「君は誰かね。部外者は立ち入り禁止だ」

 すぐに警備員が彼を取り巻き、部屋から追い出そうとすると、その青年は大声で叫んだ。

「私は、森を守るためにやってきました」

 青年の言葉に、いやその声が含む熱意に、会長の男は心を動かされた。会長は警備員を引き下がらせ、青年の話を聞くことにした。

「どういうことかね」

「私は、あなた方と同じように、森を愛するひとりです。私はとある化学品メーカーの研究員であり、裏で大いなる計画のための準備を進めてきました。そして、ついにそれが実ったのです」

「一体なにをしようというのかね。たかが君ひとりには、何もできないと思うが」

「おっしゃる通りで、私一人では、大企業に伐採されようとしている樹一本すら守れないでしょう。しかし、樹が自分の身を自分で守るようになれば、どうでしょうか」

 会議室にざわめきが起きた。

「どうやって、樹が自分で身を守るというのかね」

 青年は持っていたカバンを開き、梱包された粉薬を三種類取り出した。

「私が血のにじむような努力の結果、開発した三つの薬があります。ひとつ目は、樹の幹を鉄のように固くするステロイドです。これを含ませた水で育てられた樹は、弾丸をもはじく硬さになります」

 青年が合図をすると、会議室に女が台車を押して入ってきた。台車には、鉢に入った高さ1メートルほどの樹が置いてあった。青年は女から拳銃を受け取り、ためらわず樹に向かって発砲した。激しい銃声に、驚きの声が会議室に広がったが、樹が銃弾をはじいた様子を見るや、波のように会議室を飲み込むどよめきが起きた。青年は鼻を高くし、誇らしげに言った。

「これはまだ序章にすぎません。樹が鉄のように固くなったからと言って、ブルトーザーが森林破壊を止めることはないでしょう。お次はこの薬です。これを含ませた水で育てられた樹は、人より遥かに賢くなります」

 またも、台車に乗せた樹が運ばれてきた。その樹にはたくさんのケーブルがつながれており、モニター越しに会話できるようだった。青年が難解な数学の問題を樹に見せると、樹は数秒の計算で解いて見せた。続けてモニターには「人間の横暴を止めてください」と表示された。その様子には、あまりのすごさに発狂しかける者がいるほどだった。

 会長は感嘆とした様子で言った。

「すばらしい。強い体と知性。それらを樹が持つことによって、物理的にも道徳的にも、樹は生命としての権威を取り戻すだろう。よくやった。君は森の英雄だ」

 青年は会長が差し出した握手を拒否して言った。

「あなたは人間の横暴さについて、まだしっかり理解していないようだ。銃弾をもはじくなら、彼らはミサイルを用意するでしょう。知性がなんです。彼らは知性があろうがなかろうが、利用できるなら刈り取ってしまうでしょう。私は薬を三つ用意したといったはずです。つまり、次の要素を持って、樹は初めて人の手から守られるのです」

「その要素とは何かね」

 青年はうなずき、会議室の外に向かって合図をした。すると、次に来たのは、台車に運ばれてくる鉢に入れられた樹ではなかった。なんと、樹が自ら歩いてきたのである。根っこの部分を滑らかに動かし、滑るように会議室に入ってきた。その様子には、森林保護団体の彼らも、少し引いている様子だった。

「三つ目の要素とは、樹が自らの脚で移動するということです。ブルトーザーが彼らを伐採しにきたら、彼らは逃げます。どうしても逃げられないときは、その屈強な体と頭脳で、人と戦うのです。平和とは力です。樹がこれ以上伐採されないためには、樹が力を持つしかないのです」

 青年は、次に会議室にテレビを運ばせた。スイッチをつけると、どの番組も同じニュースを放送していた。それは、殺人樹が人を襲っているというものだった。それも賢く、残酷な方法で。

「あなた方自然保護団体は、私たちによって選ばれた、数少ない生き残るべき人類です」

 会議室の誰も、そのおぞましさに声を発することができなかった。青年は続けた。

「彼ら森林のために、人類は必要ないのです」

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森林保護団体 峻一 @zawazawa

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