竜狩り奇譚:【第十六話】アーメッドの悪評と飛び立つ者と降りる者

 コラリーはサイモンに回復の奇跡を使った後、自分の足にも回復の奇跡を使った。

 サイモンの怪我をそのままにしておけなかったし、竜を解体をするにしても痛む足をそのままにしておくわけにもいかない。

 治療の後で、竜の解体に入る。

 ただギョームは大怪我をしているにも拘らず治療を相変わらず拒否しているし、確かにひどい怪我なのにピンピンしているようにコラリーには見えた。

 コラリーは竜殺しの槍を竜の頭部から引き抜き、まずは腹を割る。

 竜を解体するにしても、竜殺しの槍を使わなければまともに解体することもできない。

 ギョームには申し訳ないが先に肝臓を取り出し布で大事に包む。

 その後で、胸を開き、竜の心臓をさらけ出す。

 肋骨の処理に手間取りはしたがなんとか胸も開くことができた。

 さすがに心臓ももう動いてはいない。

 それを見たギョームは兜を取ると、竜の胸に顔を突っ込んだ。

 そして、竜の心臓に直接噛みつく。

「ギョーム様!? な、なにを?」

 ギョームからの返事はない。ギョームは一心不乱に竜の心臓に喰らいついている。

 しばらくしたのち、無理やり人からすれば飲み込むのにも大きな竜の心臓を無理やり飲み込んだギョームが、その竜の血で染まった顔を振り返る。

 その目はすでに人間のものではなかった。

「ギョーム様…… なのですか?」

 恐る恐るコラリーが聞くと、

「ああ、ワシはワシじゃ。これから見ることを王に伝えよ。あやつも知っていることではあるがな」

 ギョームはいつものようにめんどくさそうにそう言った。

「なにを…… おっしゃって?」

「見ればわかる」

 カラン、と音とたてて何かが床に落ちる。

 それは竜の鱗だった。ギョームに突き刺さっていた竜の鱗が次々に抜け落ちていく。

 次に、メキメキと音がして、バジッと何かがはじける音がする。

 それがギョームの着ていた鎧の留め具だったことに気づくには、コラリーもサイモンも少し時間がかかった。

 ギョームが唸り、そして四つん這いになる。

 そのまま鎧がはじけ飛ぶ。

 ギョームの体から鱗が生え始め、巨大化していく。

 首が伸び、背中から翼が生え、尻から尻尾が生え、全身が棘のような凶悪な鱗でおおわれていく。

 口がせり出し、牙が生え、舌が燃え、鼻からは硫黄臭い息を吐き、頭からは角が生えた。

 それらの特徴は、コラリーもよく知っている。

 まさしく竜だ。

 一時の間をおいてギョームはその姿を竜へと変えた。

 しかも、先ほど倒した竜よりも一回りも二回りも大きく立派な竜だ。

「ふむ…… やっともどれたわい」

 竜はその大きな口でそうしゃべった。確かにギョームの声だが、その声は低く地鳴りのように響く。

「ギョーム様なのですか?」

 と、コラリーは聞きつつも、竜が喋れたことに驚き、それ以上にギョームが竜となったことに驚く。

「ワシはワシと言ったはずじゃぞ? 三百年ぶりの我が体じゃ、ああ、懐かしいのぉ」

 そう言って竜の口角が少し上がったように見えた。

 笑っているのだろうが、コラリーからすればそれは恐怖でしかない。

「いったい何が?」

「まあ、少しくらいは話してやろう、流石にこのまま去ってしまうのは酷じゃろうしな」

 竜は、いや、ギョームはその場にくつろぐ様に座り込む。

「は、はい」

 と、コラリーも返事をして床に腰を下ろした。

 たまりにたまった疲労もあるが、この状況下で立っていられる気がしなかったからだ。

「まあ、簡単に言うとじゃ、三百年前、そこの竜、元は人間の子供じゃったか、そいつに体を貸してやったのじゃ」

 ギョームは死んでいる竜を見ながらそう言った。

「体を貸す……?」

「ワシも人間の暮らしに興味があったのでな。まあ、その結果がアーメッドの悪評よ。人間のことを何も知らぬ竜が人間の恰好をして人間のフリをしていれば、そんな悪評も流れよう」

 ギョームはそう言って小さく息を何度も吐き出した。

 恐らく笑っているんだろうが、その生暖かいどころか、肌が焼けるような熱い息を受けるコラリーとサイモンは生きた心地がしない。

「え? もしかしてアーメッドの噂は……」

「ワシ本人のものじゃ。まあ、噂に尾ひれがついたものも多いがの。割と本当の話も多いぞ」

「ギョームさんが竜……」

 サイモンは今更ながらに実感してきたのか、竜の姿をまじまじと見ながらそんなことを呟いた。

「まあ、そんなところじゃ。こやつも火山からでなければこんなことにはならんかったし、ワシももう少し人間で遊びまわっていられたのじゃがな」

 竜から聞こえるその響くような声はなぜか少し哀愁を漂わせていた。

「いったい何が……」

 ただコラリーでも理解することができずにただただ混乱している。

「まあ、深くは聞くな。そう言う約束だったのじゃよ」

 そう言うギョームの声はどこか優しくも聞こえる。

「心臓を他の者にとられるとまずいからですか?」

 コラリーがそう問うと、

「まあ、それもあるがの。なにせこいつは竜としては未熟な奴じゃからな」

 そう答えが帰って来た。

「これで未熟? なのですか?」

 ギリギリの戦いに思えた。

 どこか一つ間違っていたら負けていたのはこちらのはずだった。

 なのに、あの竜が未熟だったとはコラリーには信じられない話だ。

「ワシがお前らと戦えば、傷一つ付けられない自信はあるぞ」

 そう言って竜は口角をまた上げた。

 だが、そんなことよりもコラリーにとってはとても重要で気になることに気づく。

「ハッ、では、この肝臓は!?」

 元が人間と言うことであるならば、この肝臓では、という考えがコラリーの頭に過る。

 とはいえ、目の前の竜、ギョーム相手に今更戦いを仕掛けても絶対に勝てない、そうコラリーにも確信ができる。

 先ほどまで戦っていた竜など、この目の前に鎮座している竜に比べれば、確かに未熟であると。

「安心せい、竜は竜じゃ、貴腐病はそれを一口でも喰えば確実に治る」

「そ、そうですか……」

 ギョームの言葉にコラリーも安心する。

「では、ワシはクソ山へと帰る。サンドワーム共を駆逐せねばならんしの……」

 竜なので表情はわからないが、めんどくさそうな表情を浮かべている人間の時のギョームの顔が竜と重なったようにコラリーには思えた。

「王は、陛下はこのことをご存知なのですね?」

 コラリーが確認すると、

「ああ、あやつとも長い付き合いじゃったしな。まあ、よろしく伝えておいてくれ」

「わ、わかりました」

「では、さらばじゃ、願わくはワシの前に現れてくれるなよ。その槍はくれてやる、大事に使うがいい」

 そう言った後ギョームは、いや、竜は振り返りもせずに塔から飛び立っていった。

 コラリーとサイモンはしばらく呆然とした後、カディジャとサービが目覚めるのを待った。


「だとしてもへんじゃないですか? その話だとギョームさんが奥さんとクソ山に竜退治にいった話がわけわからなくありません?」

 カディジャとサービが目を覚ました後、サービの神域魔術により全員の治療を完了させ、その間にギョームのことを話した。

 そして、それに対するカディジャからの返答がさっきの言葉だ。

 たしかにカディジャの言葉ももっともだが、ギョームがどこまで本当のことを語っていたかなどコラリー達には知る由もない。

「ふむ、ギョーム殿が竜だったとは信じられませんぞ。けど、あの御仁の気配は確かに人を逸脱してましたしな」

 サービも半信半疑だが、コラリーやサイモンの話を信じるほかない。

 実際にはじけ飛んだギョームの鎧を見れば、それが外側からでなく内側からはじけ飛んでいることがわかる。

「今はともかくこの塔を降りて、王都に戻りましょう。王に報告せねばなりません」


 一行はサイアグラスの町で一泊した後、王都を目指していた。

「結局、ギョームさんの話はどこまでが本当だったんですかね?」

 カディジャはまだ納得できていないのか、まだそんなことを口にしている。

「ギョーム様は竜だった。それだけは本当です。私とサイモン様が証人です。ギョーム様の話では恐らく陛下も……」

 ただコラリーも自分の眼で見ていたとはいえ、今では全て夢だったのでは、とも思える。

 人が竜になり、竜が人になる。そんな話を聞いたことはない。

「まあ、我々は目的を果たしたことは事実ですぞ」

 サービは既に割りきっているのか、その足取りは軽い。

 コラリー同様に速く王都へ行き、その願いを確定させたいと思っている。

「コラリーさんはラトリエル辺境伯の所へ来てくれるんですよね?」

 カディジャも答えの出ない話にやっと飽きたのか、思い出したようにそんなことを言ってきた。

 ただコラリーは少し苦笑して見せる。

 そろそろ、黙っていたことを話してやらねばならない

「あっ、ああ…… その件なのですが、私はたぶんラトリエル辺境伯のお眼鏡にかないませんよ」

「またそんなこと言って!」

 カディジャの見立てでは、コラリーはかなりの美人である。

 それに剣の腕が立ち、さらに魔術まで扱えるのだ。

 強者が好きなラトリエル辺境伯の眼鏡に叶うに決まっている、とカディジャは考えている。

「カディジャ様は知らないんですか? ラトリエル辺境伯は、その…… 男色家で有名な方なのですが……」

「え? ラトリエル様が? ボクそんなこと知りませんよ?」

 カディジャは本当に知らなかったのか、驚いた顔を見せた。

「拙僧は噂で聞いたことがありますぞ?」

 サービが知っているのは、布教のために各地の領主のことを調べているからだ。

 ラトリエル辺境伯の噂が本当なのか、その噂の審議まではわからない。

「恐らくですが、サイモン様を連れて行ったほうが喜ばれますよ? そもそも、あのラトリエル辺境伯がこの年まで独身であったことのほうが不思議じゃありませんか?」

「え? 私? ですか? 私は普通に女性が好きなのですか?」

 急に話にでたサイモンがそのようなことを言う。

 どの言葉を聞いた全員が驚いた表情を見せる。

「え? サイモンさん、その格好で女性が好きなんですか? ボクはてっきり……」

 そう言って、カディジャは信じられないといった感じでサイモンを凝視する。

「まあ、約束なので足を運ぶのはいいですけれども…… それに弟の病気が治るのであれば、私もどこかへ嫁がなければならないですし、それでラトリエル辺境伯が偽装結婚を望むというのであれば私は構わないですが」

 弟の病気が治るのであれば、コラリーとしては家に残ることは逆に好ましくなくなる。

 弟が助からないのであれば、マッソン家の存続のために、今決まっている婚約を破棄してマッソン家に残り婿を取らなければならなかった。

 だが、弟が助かるというのであれば、コラリーがマッソン家に残るとなると今度は跡目争いに担ぎ出されかねない。

 ならば、それを防ぐためにどこかへと嫁ぐしかない。

 コラリーも弟がマッソン家を継いでくれるならそれでいいと考えているし、そのために竜退治をして見せたのだ。

 とはいえ、三十も上の相手はコラリーも流石に嫌だ。出来ることなら婚約破棄をしたかったのも事実だ。

 なら、偽装結婚でラトリエル辺境伯に嫁いだほうがまだましである。

 それに、マッソン家としても辺境伯とのつながりができることは今後、大きな利益となる。

 恐らく近いうちに北の国ディンガルドと戦争になるかもしれないのだから。

 で、あるならばマッソン家としては武勲を立てる格好の機会になるのだから。

「なら、私もご一緒していいですか?」

 ふいにサイモンがそんなことを言い出した。 

「あら、サイモンさん、そのつもりなんですか?」

 驚いた眼でカディジャはサイモンを見るが、カディジャの主が喜ぶであるのであれば喜ばしいことだ。

「いえ、サイアグラスの父さんの館はすでにもの家の空でしたし。恐らく私の願いを知っていて逃げ出したのでしょう。探し出すにしても何の手掛かりもないので行く当てもないのですよ」

 竜を倒し、フィリップの館へ行ったサイモンが見たものは、もぬけの殻となった館だけだった。

 恐らく竜討伐を知ったフィリップが即座に行動に出たのだろう。

 なら、銀の槍など用意しなければいいのだろうが、そこは親心というやつだ。それに竜が邪魔だったのも事実だ。

 ただサイモンたちが本当に倒せるかどうかはフィリップにもわからなかったのだろう。

「まあ、ラトリエル辺境伯が喜ぶっていうのであれば、ボクはかまわないけど」

 カディジャはそう言って嬉しそうにほほ笑んだ。

「取りあえず王都によってからです。そこで竜の肝臓を家臣に渡さねばなりませんし」

 そういうコラリーの足取りも軽い。

 コラリーが抱えていた問題もすべて解決したのだから。


 一行は王都を目指す。

 奇妙な竜狩りの話は一旦ここで終わりを告げる。

 ただ竜はまだ生きている。

 つまりこの奇妙な話はまだ続く、のかもしれない。

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