海を見出すガラス人形
長月瓦礫
海を見出すガラス人形
俺の家に沙代里さんがやってきた。
沙代里さんは祖母が幼い頃から大事にしていたガラス製の人形だ。
綺麗に巻かれた長い金髪、宝石のような目、躍動感のある青いドレス、申し訳程度の関節部分、人形というより置き物に近い。
関節部分はキシキシと気味の悪い音を立て、かろうじて動かすことができる。
ガラス製のドールは観賞用として売り出されており、温室育ちのお嬢様以上に扱いが難しいのである。
いつも「沙代里さん」と呼んで可愛がっているのをよく見ていたから、祖母と一緒に天国へ旅立つもんだと思っていた。
両親からも「沙代里さん」は祖母にとって大切な家族だから傷一つつけるなとかなり厳しく言われた。
ペットの代わりみたいなもんだと思っていたから、特に気にも留めなかった。
「沙代里さん」はいつもタンスの上にあるイスから俺たちを眺めていた。
世界にたった一つだけの特注の椅子に座っていた。
コツコツ貯めた貯金で作ってもらったらしい。
第二の孫といっても過言ではない沙代里さん、祖母の大切な人形がなぜ俺の家に来たのか。祖母曰く、「沙代里さん」が俺のところに来たいと言っていたのだ。
正直、何を言っているのかよく分からない。
ガラス製の人形、「沙代里さん」に気に入られる部分はないように思える。
俺は外で遊ぶほうが好きだったし、ヒーロー番組に出てくる変形ロボや怪獣のフィギュアばかり集めていたから、祖母とは趣味がまったく合わない。
おままごとでもやれば喜んでくれたのかもしれないが、俺はまったく興味がなかった。
たたかいごっこに巻き込まなかったのは両親から大切にしろときつく言われていたからで、別に何か思惑があったわけではない。
いくら想像しても戦隊ヒーローや怪獣が沙代里さんに勝つ姿が想像できなかったのは確かだが、あまり関係ないように思える。
まあ、「沙代里さん」が言うなら仕方がない。
祖母の言うことに逆らう気にはなれなかった。
それにしても、じっくり見ると全体的にかなり汚れている。あれだけ可愛がっていたから手入れもされているかとばかり思っていた。
とりあえず、食器洗剤で洗ってタオルでふいた。
その後は日の当たる場所において、そのまま眠ってしまった。
その夜、俺は夢を見た。
海で溺れていて、水面に向かおうともがいていた。
けど、どれだけ泳いでも水面にたどりつかない。
足が何かに引っ張られているみたいに、下へ下へと沈んでいく。
下のほうを見ると、足の先には沙代里さんがいた。
ガラス製の透明な手が俺の足を掴んでいる。
重く冷たい手が俺を引っ張っている。
あの顔はまちがいなく沙代里さんだ。
海の底で俺の足を引っ張った。
祖母も同じものを見ていたのだろうか。
俺は慌てて起き上がった。
足首には痛みが残り、くっきりと手の跡が残っている。
すぐに立ち上がって沙代里さんを元の位置に戻した。
次の日、電車の窓から海が見えた。
どうして忘れていたんだ。
遮るものがすべてなくなり、海が一面に見える瞬間がある。
俺はこの海で溺れていたのだろうか。
祖母は何も言っていなかった。
夢のことも海のことも俺は何も知らない。
何も聞いていない。
俺の足は自然と海の駅に降りていた。
普段は通りすがるだけで、何も考えたことがなかった。
改札を抜けると、沙代里さんとよく似たガラス人形が置かれてあった。
短い金髪に青い服、透明な手足の男の人形だ。
駅の近くにある海底遺跡から発掘された、正体不明の人形だ。
遺跡には言語が彫られ、精巧な絵が描かれていた。
人類が生まれるよりもずっと前に現れた地球外生命体だ。
このガラス製の人形は彼らが残した遺物であると伝えられている。
もう一体の人形を見つけたものは連絡してほしいと書かれてあった。
俺はその人形をカバンに入れて、電車に乗った。
沙代里さんと今すぐに会わせなければならないと思ったのだ。
帰宅してすぐに沙代里さんの横に並べた瞬間、窓を突き破り、濁流が流れ込んだ。
二体の人形の姿をすぐに見失ってしまった。
あっというまに部屋は水浸しになり、俺は部屋の外へ押し出された。
気づけば、俺は青い海にいた。夢で見た、あの海だ。
海の底から透明な手足が伸びて、引きずり込もうとしている。
沙代里さんともう一体の人形だ。
どれだけ必死にもがいても、水面に上がれない。
手足は岩のように重く、海藻のようにまとわりついて離れない。
ぐんぐんと引っ張って、俺はそのまま沈んでしまった。
海を見出すガラス人形 長月瓦礫 @debrisbottle00
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます